20 瑞希
いつもありがとうございます。
もう少しでクライマックスです。
どうぞお付き合いください!
「体の具合はどう?」
誰もいない教室に二人で向かい合わせに座り、亨は聞く。
余命一か月を切った瑞希の体が、具合がいいなんてことは絶対に無い以上、この質問は今まで怖くてすることができなかった。が、勇気を出して口にして、未花の顔を見ると、未花は無邪気な大きな目をくりくりさせて、にっこり微笑む。
「良くないよ。毎日凄く痛いの。瑞希ちゃんがいなかったら、とても耐えられない。私だけなら、学校へ来て亨君に会うことなんて、とても無理だよ」
そうか、と亨も苦笑する。が、残りの命が少ないからこそ、やれることがあるのも事実だ。
「じゃあ、今一番したいこと、ある?できることなら何でも俺が協力するよ」
「本当?!」
未花は目を見開いて、亨を見つめた。
体の調子は本当に悪いけれど、今なら少し動ける。
「じゃあね、温泉に行きたい!昔連れて行ってくれた、亨君の故郷の山の見える町の綺麗な温泉!!」
「いいよ。いつ行く?」
「今から!!」
「今か…今は三時だから、大丈夫かな」
返事をしながら、距離と時間を考える。
ここから故郷の町までは、高速道路を使えば一時間くらいだ。一時間くらい温泉に入るとしても、今からでも十分往復できそうだ。
「いいよ。じゃあ、すぐに出発しよう」
「ありがとう、亨君!!」
未花は嬉しそうに顔を綻ばせると、亨の手を取り、ぶんぶんと振った。
学校の近くのコンビニでタオルを調達して、二人は亨の故郷へと向かった。
住宅地からしばらくすると山と田んぼばかりの景色になり、草蒸れの匂いのする風が心地よい。
亨の運転する車の助手席に座りながら、未花はその横顔を眺めた。
懐かしいな。大学生になって亨君が車を買って貰った時も、こうやってドライブに連れて行ってくれたっけ。
「亨君」
ふと話しかけると、優しい笑顔が未花を見る。
「どうしたの?」
学生時代と何も変わらない、温かいお日様のような笑顔に、未花は幸せを噛み締める。
「昔と変わらないね。かっこいいよ」
「そんなわけないよ。俺はもう三十七歳のオジサンだよ」
突然未花に褒められて、亨は年甲斐もなく耳まで真っ赤になった。
「そ、そういう未花ちゃんこそ…変わらないね」
まあ、昔出会った時が十六歳だったから、十五歳の今の姿が変わらないのは当然かもしれない。
「そう?ありがとう」
未花は微笑むと、亨の頬にちゅっ、とキスをした。
亨は驚いて目を見開くと、何事も無かったかのように平静を保つふりをして、運転に集中する。
静まれ、静まれ…俺!!
呪文のように心の中で繰り返しながら、亨は何とか温泉の駐車場に車を停めた。
一人部屋に残された弘人は、美祈の飲んだカップを片付ける。
この日のために準備しておいたお揃いの白いカップには、ほんのり赤いリップの後が付いていた。
小さな流し台で洗い物をしながら、美祈が残した僅かな痕跡を見て、ふっと寂しそうに微笑む。
ずっと知っていた。美祈が戻って来ることも、美祈と再会するためには、教師になる道しかないことも。
そして、美祈は過酷な人生を生き抜くために、未花という妹と体の持ち主である瑞希と、三姉妹で一つの体を共有しなければならないことも。
生きて無事会えますようにと、ずっと弘人は祈ってきた。
そして、やっと十五年の年月を経て、美祈に会うことができた。
案の定過酷な人生を生き抜いてきたお陰で、美祈がいる瑞希の体は癌に侵されていたけれど、それでも痛みに強い瑞希のお陰で、こうして二人きりで会うこともできた。
でも、俺の負けだ。
瑞希の体が存在できるのは、あと数日。
それまでに自分のものにできれば、弘人の勝ち。亨のものになったら、負けだ。
さっき母親からの電話で、亨の名前を聞いた時、瑞希の体はあっという間に美祈から未花に変わってしまった。気を効かせた瑞希が、何とか美祈に少しの間だけ戻してくれたものの、それが瑞希という体の三人が出した答えなのだ。
仕方ない、と弘人は思う。
もし未花が亨と結ばれたら、そしたら消えよう、と弘人は最初から決めていた。
いつもありがとうございます。
これからもどうぞよろしくお願い致します。