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彼女の消えた、春。  作者: 日下真佑
17/23

16消したい記憶

いつもありがとうございます。

今日はちょっぴり性的描写を含みます。遠まわしな表現ですが。

どうぞご了承ください。

「先生、待ってください!」

病気の少女とは思えない力でぐいっと引っ張られて、無防備だった亨は不覚にもよろける。が、すぐに体勢を立て直すと、険しい顔で瑞希を睨んだ。

「何するんだよ。忙しいって言ってるだろう?」

しかし逆ギレする亨に怯むことなく、瑞希は腕を掴んだまま鋭い目で見つめる。

「これ以上、未花を傷つけないでください。私の中に未花がいること、知ってるんですよね?」

未花という名前に、顔色が強張る。

「…関係ないだろう?瑞希さんには」

「関係なくないから、こうして話をしてるんです。私の中には、未花以外にも美祈って子もいるんです。このまま先生が未花に冷たい態度を続けるなら、未花は消えてしまうかもね」

亨がどきっとして目を見開くのを、瑞希は見逃さなかった。

「では、失礼します。明日からもよろしくお願いします。()()()()

そう言うと、瑞希は母の待つファーストフードへ戻って行った。

亨は呆然と立ち尽くしたまま、やり場のない気持ちを必死で抑える。

未花は大事だ。今だって愛している…でも、俺には未花を愛する資格は無い。何故なら俺は…未花と釣り合う男じゃないから。

 未花がいなくなってからの記憶を思い出して、歯を食いしばる。

消したい記憶…いくら事実とはいえ、こんな思いをしたかったわけじゃなかったのに。

 未花が消えて、卒業アルバムにも載っていないと知って愕然とした夜、亨は久しぶりに実家に帰った。未花の痕跡を確かめたくて、あのマンションへ…。しかしその帰省が、亨の運命を歪めることになるとは、思ってもみなかった。

夜、珍しく夕食を食べに実家へ行くと、そこに父はいなかった。いたのは母と親類の男。もう叔父とも呼びたくないその男の顔を見た時、亨は吐き気を催した。

「亨、おかえりなさい。早かったのね」

母は服を着ていなかった。上半身裸の叔父も亨を見ても悪びれることすらなく、堂々と下着姿の母を膝にのせてニヤけた顔で座っている。

昔から時々、叔父が母の元を訪れていることを知っていた。父の弟。真面目なサラリーマンの父とは対照的に、土地持ちの実家の金でのらりくらりと暮らしている。でも、時々手が付けられなくなるくらいヒステリックになる母が叔父と会うことで大人しくしていてくれるなら、それでいいと納得していた。

「今日は亨の好きな中華屋さんの出前取ったから、好きなもの食べていいわよ」

叔父の膝に乗ったままの母に言われてテーブルを見ると、確かに亨が子どもの頃から好きな中華屋さんの餃子やあんかけ焼きそば、チャーハンが食べきれない程並んでいた。餃子には既に箸がつけてあって、ビールの空き缶もたくさん転がっている。

亨は動揺する気持ちを必死で押し殺して、首を横に振った。

「いや…中学の友達から誘われてるし、外で食べるよ」

汚い二人をこれ以上見ないようにして、何とか家を出ようとする。が、珍しく酔っていた叔父は、そんな亨を冷やかすように呼び止めた。

「亨、たまには、親子三人で食事をするのもいいだろう?お前の本当の親父は、俺なんだから。就職祝いに本当の親父と一杯やるか?」

本当の親父って……俺の父親はやっぱり父さんじゃないのかよ?

顔立ちが似ていることから、薄々感じてはいたけれど、認めたくない現実の証拠を容赦なくつきつけられて、亨は怒りに震えた。すると母が、そんな亨を宥めるように、甘えた声で続ける。

「やだぁ、亨は知らないことになってるんだから、言っちゃだめでしょう?まあ、もう大人だからいいか。何ならこのまま私達と三人でそういうことしてもいいのよ?ね?亨っていい体してると思わない?美味しそうでしょう?リョウくん」

「そうだな、亨の初めてが母親ってのもそそるな」

そう言うと、叔父はニヤリと下卑た笑みを浮かべて、亨の腕を掴んだ。

「やめろ!クズ!!」

咄嗟に声を上げると、亨は叔父の腕を振り払い、左頬に思い切り拳を叩きこむ。

「ぐへぇっ!!このクソガキがぁ、何しやがる…!!」

「リョウくん、大丈夫?」

唇の端から血を流しながら呻く叔父に、母が抱き着く。しかし母はそんな叔父に興奮したらしく、唇の血をぺろぺろと舐めはじめた。

亨は怒りに震えたまま鞄を持って黙って靴を履いた。すると母はそんな亨を挑発するように不気味な微笑みを浮かべる。

「亨はちゃんと本当の父親が分かっていて幸せよね。りーくんなんか、誰の子か分からないんだから、リョウくんか、旦那か、それとも他の男か誰かしらね。うふふふ」

ガチャンと乱暴にドアを閉めて、外に出る。

俺は真面目な父さんの子じゃなかった。あの、気持ち悪いロン毛のクズの息子。しかも、弟の理人りひとなんて、誰が父親かも分からないって。

うちは滅茶苦茶だ。俺は汚れている。

明るい世界で優しい両親に守られている未花とは、違う。もっと闇の化け物みたいな人間の、汚い欲から生まれた子ども。

そう思うと、もう未花を探してはいけない気がした。

未花に再会して、結婚することになったら、未花もあの汚い母や叔父の餌食にされるかもしれない。俺が二十四時間張り付いて守りきれる保証なんて、無い。だって、俺は、仕事に行くから。俺が仕事に行っている間に、一日中ふらふらしている母や叔父が何をするか分かったものじゃない。

そう思うと、未花を思う気持ちに自然と蓋ができた。愛おしくて、大切で、かけがえのない存在だからこそ、もう関わってはいけないんだ。

未花ちゃん。

そっとその名を呟くと、亨は苦しくて辛くて、どうしようもない絶望の涙を静かに流した。














いつもお話を読んでくださいまして、ありがとうございます。

これからもよろしくお願い致します!

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