14 ふたりそして、ひとり
いつもありがとうございます。
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懐かしいなぁ、と美祈は嬉しかった。
弘人は昔一緒に住んでいた時と何も変わらない。運動をずっと続けているのか、185センチの大きな体はオジサンになってもたるむことなく、引き締まっている。気の利くところも、スマートなところも、優しい笑顔も何もかも、昔のままだ。
「ヒロ君、会いたかった。あの日からずっと、こうやってヒロ君と再会できる日を待っていたよ」
美祈が涙ぐみながら弘人を見る。すると弘人も恥ずかしそうに微笑みながら、美祈を見た。
「みのちゃん、やっと会えたね。待っていたよ」
そう言うと、美祈の綺麗な形の目から涙が零れる。
ずっとずっと会いたかった。
母の胎内に入り、もう一度妹の未花と共に瑞希として生まれて来て、弘人と過ごした街とは全然違う寒い地方で育った。それでも、いつか絶対に弘人に会えると信じていた。何故ならそれは、美祈がしなければならない、宿命だから。
「ヒロ君、私はもう病気で長くないの。でも、ヒロ君と一緒にいたい。ヒロ君私と一緒にいてくれる?」
すると弘人は、熱っぽい目で美祈を見つめて、力強く頷く。
「いるよ。最後の時までみのちゃんといて、一緒になろう」
えっ?一緒になるって、まさか?と美祈が目を見開いていると、弘人は美祈の体を正面から抱しめた。
「俺はこれでも教師だから、学校ではこういうことはできないけれど、この近くにいい場所があるんだ。隠れ家みたいなお店でね。そこなら中学生のみのちゃんが来ても不自然じゃないから。次の日曜日の朝、そこへ来てくれるかな?俺の家に案内するよ」
「ヒロ君」
美祈は弘人の背中に腕を回すと、愛おしそうに胸に顔を埋めた。弘人もそんな美祈の長い髪に顔を埋める。昔と同じ髪。柔らかくて、真っ直ぐで、ちょっぴり毛先が癖毛で。林田瑞希という少女の髪質が、入る人間によって変わることに、弘人は薄々気づいていた。美祈の時はこの髪。でも時々目がくりくりと大きくなると、髪は一瞬で緩いウエーブの猫毛になる。
多くの人は一つの体に一人の魂だけれど、時にはこういう例外がある。美祈はそういう不思議な子なのだと納得していた。
次の日曜日、瑞希は初めて化粧をした。とはいえまだ中学生なので、母の持っているパウダーを借りて、自分で買った色付きリップグロスを塗るくらいだけれど、美祈が入ると恐ろしく手つきが良くて驚いた。結局、母のアイシャドウからナチュラルなものを選んで瞼の上に薄く塗ると、美祈の目は更に色っぽくなった。
「ヒロ君」
昔みたいに髪を下ろし、大人びた紺色のワンピースを来てお店へ行くと、弘人が待っていた。学校で見るスーツやジャージと違って、同棲していた学生の頃の雰囲気そのままの、シンプルだけれどお洒落なシャツとパンツを合わせていて、美祈は思わずどきっとする。
「素敵、お洋服よく似合うね。かっこいいよ、ヒロ君」
「ありがとう。みのちゃんも昔と何も変わらないね。綺麗だよ」
弘人はそう言うと、さっと人目が無いのを確認して、美祈の腰を抱き寄せる。
ん…。
弘人の唇が美祈の唇にそっと重なる。ふわっとした温かい感触に、美祈は思わず声を漏らした。
それから、瑞希の体は夕方になると、美祈に変わるようになった。
学校の外で隠れるように待っていると、仕事を終えた弘人が定時で校舎から出て来る。
「お待たせ、みのちゃん」
弘人はそう言うと、中学の制服姿の美祈を車に乗せて、自分のアパートへ行った。母親には休みがちなので、勉強の補習をしてもらっていると嘘をついた。
中学校の学区の道路一本隔てた場所にある弘人のアパートに着くと、二人はまるで昔の続きをするみたいに、唇を重ねて抱き合った。
―いいな、美祈ちゃんは……。
瑞希の体の中で、ぽつんと俯く未花は、そんな幸せいっぱいの美祈を見てため息を漏らす。
亨君は…いつまでたっても教師だからと言って、近づいてくれない。それどころか、最近では他に気になる生徒でもできたのか、めっきり未花に冷たくなった。
今までは昼間に長い時間お話してくれたのに、それすら減りつつある。
やっぱり私があの未花だって、気づいていないんだよね。
仕方ないよね。今の私は林田瑞希って名前の体で、美祈ちゃんと瑞希ちゃんと三人でいるんだから。
「亨君、会いたいよ。昔みたいに、仲良くしたいよ…私のこと、思い出してよ……」
そう思うと、未花は瑞希の体に影響が出ないよう、こっそり声を殺して泣いた。
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