10 懐かしい記憶
二日程お休みしてしまい、すみません。
今日もどうぞお楽しみください!
「と言うわけで、来週の校外学習のこのクラスの引率は俺と副担任の甘川先生です。他のお客様の迷惑になるから、絶対に暴れないように」
亨がわざと怖い顔で生徒達を睨むのがおかしくて、弘人はくすっと小さく笑う。
奇しくも亨と弘人は同い年。同じ教師十五年目の中堅だ。
しかし、そんなことより、弘人が気になったのは、林田瑞希という女生徒だ。
瑞希はこの僅か一か月の間に、三つの顔を見せた。
一つはまるで無垢な少女のような顔。もう一つは、大人びた艶っぽい顔だ。普段は無表情で斜に構えたような尖った子なのに、時々、大人の弘人がどきっとするような色っぽい表情をする。
―まるで、みのちゃんみたいだな。
と、心の中で思い出して、急に切なくなる。何故なら、高校一年から同棲していた大切な彼女の美祈は、弘人が就職する日の前日、忽然と消えてしまったからだ。
前日の夜、美祈はいつものように弘人の隣に座りながら、甘えたように肩に顔を預けて言った。
「ヒロ君、もし私が消えちゃっても、悲しまないでね」
「えっ?!またその冗談?みのちゃんは絶対にそんなことにはならないから」
最近繰り返される、突拍子もない美祈の笑えない冗談を、必死で否定する。が、その言葉は翌日、ついに現実のものとなってしまった。
いよいよ明日から社会人と思って緊張して目が覚めた朝、美祈は本当に忽然と姿を消した。弘人は心臓が止まりそうな程驚いた。が、すぐにテーブルの上に置いてあった美祈の手紙を読んで、事情を知った。
どうやら美祈は、行かなければならない場所へ行ったらしい。
それはどこかは知らないけれど、大切な妹が待っているから、どうしても行かなければならないとのことだった。
きっといつか、ヒロ君に会いに行くね。だからそれまで、少しだけお別れ。突然、本当にごめんなさい。ヒロ君を悲しませたくないから、言いたくなかったの。ごめんね。またね。今までありがとうね。美祈
正直、最初はふざけんな、と怒りが止まらなかった。七年も一緒に暮らしていたくせに、黙っていなくなるとかどういうことだよ?と心から憤りを感じた。でも、次第に怒りは収まり、悲しくて仕方なくなった。就職を控えて緊張した心が、言い知れぬ悲しみにざわざわする。
どうしたらいいのだろう?みのちゃんとは、もう会えないのか?いや、きっといつか会いに行くと書いてあるんだから、会えるはずだ。でも、それが十年後、いや数十年後だったら…。
そんな虚しい思いに蓋をして、弘人は仕事に打ち込んだ。幸い、新しく覚えることが盛りだくさんだったことから、ちょうどよく気も紛れ、悲しみを誤魔化すことができた。
が、目の前にいる少女はそんな美祈の生き写しみたいに、そっくりな雰囲気で時々微笑む。
みのちゃん…いや、あの子はみのちゃんじゃない。林田瑞希さんだ。混同しないように、気をつけなくちゃ。
そんなことを考えながら、弘人は後ろから瑞希が窓の外を眺める姿を、こっそりスマホで撮影した。
瑞希には友達がいなかった。
昨年の暮れに転校してきて以来、この学校に友達という友達がいなかった。
一人で堂々としている瑞希に陰口をたたく生徒は数えきれなかったが、そんな冷たい視線も全く意に介することなく、瑞希は休み時間を大好きな読書に費やした。
何を読んでいるのだろう?興味津々で亨は背表紙にちらっと目をやると、どうやら冒険物を読んでいるようだった。普段のクールな雰囲気から一変、くるくると大きな目を輝かせて本を読む姿に、亨は言い知れぬ懐かしさを感じた。
―未花ちゃん。
社会人になる日、突如姿を消した最愛の彼女。
しかしそれから十五年、彼女から連絡が来たこともなければ、街で見かけたことも一度も無かった。
風の噂すら無い状況が辛すぎて、未花を思う気持ちを無理矢理忘れようと頑張って十五年過ごした。が、林田瑞希を初めて見た時、ふと未花との記憶が蘇って、苦しくなった。
いや、しっかりしろ!あの子は林田瑞希っていう子だ。クラスの生徒だ。だいたい未花ちゃんが生きていたら、俺と同じ三十七歳のなのに、あの子はまだ十五歳だ。
あの子は別人、あの子は別人と念仏のように自分に言い聞かせて、亨は不覚にも中学生の瑞希にときめいてしまった自分を、必死で押し殺した。
いつもありがとうございます。
これからもよろしくお願い致します!