1真夏の転校生
いつもありがとうございます。
新しい連載を開始します。
中田亨と小坂井未花、天川弘人と山野美祈。
二人の高校生から社会人になるまでの不思議な恋の物語は、十年後の奇跡と数奇な運命のいたずらに…。どうぞお楽しみください!
高校二年生の夏、彼女は転校してきた。
何てことのない、ごく普通の高校。周りは家と田んぼばかりの、よくある郊外の街の外れにある、本当に可もなく不可もない生徒ばかりが通うそこに、何故か、一学期の終わる一週間前の半ば気の抜けた雰囲気の教室に、突然彼女は現れた。
正直、亨はびっくりした。
高校で転校ってだけでも珍しいのに、何故、こんな半端な時期に…せめて、二学期からとかなら、まだ分かるのに、余程の事情でもあるのかな?と、まじまじと担任と教卓の前に立つ少女を見る。
「今日からこのクラスに入ることになった、小坂井未花さんです。皆、仲良くするように。さあ、小坂井、挨拶して」
担任に促されて、少女こと小坂井未花は緊張した面持ちで、息を呑んだ。
「T県から転校してきました、小坂井未花です。分からないことばかりですが、よろしくお願いします」
ぱちぱちぱち、と一斉に拍手が起こる。
そんな温かい雰囲気のクラスメイト達を見て、少し安堵したらしく、未花は大きな目をいっぱいに見開いて、ぺこりと頭を下げた。
可愛い子だな、と亨は思った。背は中くらいだけど、華奢で小さな顔にはぱっちりした目と血色の良い小さな唇が映える、なかなかの美人だ。こんな、整った顔立ちの子は、未だかつて見たことが無い。そんなことを考えていると、未花の笑顔に射抜かれたみたいに、突然心臓がどくんと大きな音を立てたのに驚いて、はっとする。
いや、初めて会ったばかりなのに、それはあまりにも軽率だろう?
いきなり、かわいい転校生に一目惚れとか、絶対にベタだし、ありえない。
どきどきする胸に必死に蓋をするように何度も言い聞かせながら、亨はこっそり深呼吸した。
落ち着け…俺はこの夏は志望校合格へ向けて、勉強を頑張らなければならないのに、こんな浮ついた気持ちになってどうする?こんなの一瞬の気の迷いだ。
そう、俺はこのクラスの学級委員で、成績もずっと学年トップクラスで、教師という目標に向けて、何としても地元の国立の教育大学へ進学すると決めているのだから。
しっかりしろ、中田亨!こんなことで、子どもの頃からの夢を諦めて、いいとでも思っているのか?!
何度も、何度も自分に言い聞かせて、初めて感じた何とも言えない胸の高鳴りを、必死に押し殺す。
しかし、そんな亨の気持ちをよそに、追い打ちをかけるように、担任にフルネームを呼ばれた。
「中田亨、お前学級委員だし、家も隣みたいだから、小坂井のこと頼むぞ」
えっ?!マジかよ!!!
息が止まりそうな程驚きながら、亨はしどろもどろになりそうなのを何とか誤魔化して、へらへらと愛想笑いを浮かべたまま、わざと困ったように頷いた。
その日の放課後。俺は担任の命令で生まれて初めて部活をさぼることになった。
担任曰く、どうせ一回戦で負ける弱小卓球部なのだし、今日は転校初日だから、小坂井を家まで送ってやって、ついでに駅前で学校に必要なものを買うのを手伝ってやれとのことだ。
何て理不尽な、命令なんだ!弱小だろうが、何だろうが、俺は中学の頃からずっと、卓球を愛しているんだぞ、と言い返そうとして、恥ずかしくなって口を噤む。いやいや、中学から卓球部だけれど、卓球を愛しているって思ったことなんて、正直一度も無い。
ただ、親友が入ったから入部して、そして高校もその親友と一緒に進学したから、ノリで続けているだけだ。そんな俺に、何も反論する権利は無い。
「よろしく、中田君」
まるで幼い子みたいな舌足らずの可愛らしい声でお願いされて、亨は耳まで真っ赤になった。
「おい、魔が差して、手出すなよ?!」
とクラスメイトにからかわれながら、未花を促して、一緒にバス停へと向かう。到着した駅前行のバスの窓際に座ると、未花は当たり前のように亨の隣にちょこんと腰かけた。
お、おい!!いきなり隣に座るって…。空いているんだから、普通、後ろか横のシートだろう?
高校生とは思えない無垢な笑顔で微笑まれて、亨は今にも息が止まりそうだ。
「い、家は…どこなの?俺んちは、南原町のマンションの八階で、その…」
「何マンション?」
「ガーデンハイツって茶色の八階建てだけど」
「うふふ、私もそのマンションの八階だよ?何号室?」
「8013号室、小坂井さん家は?」
「8014号室だよ」
「マジで?!で、でも、南原町なら、うちの学校じゃなくて、北高の方が近いよね?レベルもうちと同じくらいなのに、何でうちの学校にしたの?正直、通学大変じゃない?」
そうだ。そもそも高校のある市の隣の市に住んでいるし、家の近くにはレベルが全く同じ県立の普通科の北高校がある。そこにすれば通学時間は自転車で十分かからないのに、隣町にあるうちの学校を選ぶと、通学時間は四倍になる。亨は嫌な同級生と一緒の学校に行きたくなくて、選ばなかったけれど、転校生の未花なら、問題ないのでは?とふと聞いてみる。すると未花は、
「だって、中田君がいないんだもん」
と屈託ない笑顔で平然と答えた。
へっ?!!
亨が面喰って、何も言えずにどぎまぎしていると、未花は追い打ちをかけるように、亨を見つめて言った。
「北高校じゃ、中田君がいないでしょ?私は、中田君に会うために、ここへ来たんだよ。なんてね。あ、もうすぐ駅でしょう?体育着とか買うの、教えてくれる?」
「あ、ああ。いいよ」
返事をしながら、亨は前を歩く小さな未花の背中を、穴が開くほど見つめながら、後ろをついて学用品店へと入って行った。
いつもありがとうございます。
これからも、よろしくお願い致します!