みずのいろ
水に顔をつけて中を覗いてみると、そこには世界がありました。
ありとあらゆるものがそこで生まれますが、それらはすぐに気泡となって儚くなってしまいます。
生まれて 消えて 生まれて 消えて 生まれて 消えて……。
何度も繰り返される明滅を。
わたしはそれらをじっと、ただ見つめ続けて。
わたしはそれが在り続けているのだと知りました。
密やかな事実を、この世界の秘密を知りました。
わたしは何だか嬉しくなってしまって、一人ほくそ笑みます。
これはまだ誰も知らないこと。
その日、わたしだけの秘密が生まれました。
わたしはそれから毎日、飽きることなくこの世界を眺め続けました。
そして少しずつ、手も入れ始めました。
初めは恐々と、慣れれば大胆に。
日の光を入れてみたり、木漏れ日をつくって揺らめく陰陽を楽しんだり。
星々を捕まえてきては、この世界に投げ入れて、
暗闇の中を泳がせては、闇を彩る灯りとしたり。
今日は何をして遊ぼうか。
いつものように世界を眺めていたある日。
わたしは暗く深い水底に、淡く弱々しい光が、新しく生まれていたことを知りました。
わたしは何だかそれが気になって。
それが大層大事に思えて。
儚く消えてしまわないように、傷ついて壊れてしまわないように、と。
その新しい……淡い光だけを
大事に守るように
それだけを見つめ続けるようになりました。
淡い光を壊そうとするものを壊しました。
淡い光の邪魔になるものも壊しました。
淡い光にとって居心地のいい環境を丁寧につくりあげ、世界を淡い光のための世界へと塗り替えて。
それを淡い光へと捧げました。
その甲斐あって、今では淡い光はこの世界で一番強く大きい輝きとなりました。
わたしはそれに大変満足して、人心地ついて改めてこの世界を眺めてみることにしました。
彩りのある世界が、今ではすっかりと消え失せて。
大きな光とそれよりも広大な闇が広がる世界がそこにはありました。
暗闇の中に薄っすらと、未だ辛うじて在る、弱く脆い光たちが
小さな気泡となってポコポコと立ち昇っては、闇へと溶けて消えていきます。
溶けてしまうと、闇はさらに広く濃く深まり、光はより一層輝きを増しました。
あの淡かった、今では一番強い輝きをもつ光がこちらを見つめてきます。
目があったそれは、わたしの顔をしておりました。
光の私が物欲しそうに、欲深くわたしに手を伸ばしてきて。
わたしへと、目一杯その巨体を伸ばしに伸ばして。
わたしへと、近づくごとに醜く無理やり歪むそれは。
わたしへと、近づくたびにもろもろと細部が崩れ落ちていくそれは。
かつて淡かった、大事だったものの成れの果て。
わたしが、そうあれと願って形づくったものの一つの結果。
大事だったものが、大事じゃなくなる瞬間は速いもの。
わたしはそっと光の顔に触れました。
途端にぶくぶくと光が一斉に粟立ち、極限まで膨張すると、
パァンと音を立てて光の顔がはじけました。
光に囚われていた無数の光たちが、はじけて開いた孔から
光の放流となって世界へと流れ出てゆき、泡沫となって儚く溶けて消えました。
あの淡い光だったものも、泡の中のどれかとなって、どこかで儚く消えたのでしょう。
泡沫が治まると、世界は元通り。
元のみずのいろへと戻りました。
わたしは無感動に水から顔を引き上げると、そのまま大空を眺めました。
朝へ向かう瑠璃色の空はみずのいろ。
その下に潜むわたしもまた、有限と無限を行き交う泡沫なる存在であると知りました。
知ったわたしの姿は掻き消えて、水に波紋だけが浮かびます。
それも時期に見えなくなって、後には静けさのみが残りました。