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Discussion & Conclusion

 ヒューマノイドの完成形というのは、一言で言ってしまえばヒトである。

 小難しく言葉を重ねるのなら、ヒトという概念に漸近し収束する事が目標だ。ただし、ただしである。そのヒューマノイドはヒトとなってはならない。ヒトという集合に入ってはならない。そして入らないながらも、ヒトと言う集合に排他されながらも、ヒトに限りなく近付かなければならないのだ。

 つまり、それはどういう事か。

 答は簡単だ。目標を達成するヒューマノイドはヒトをその構成要素に含んではならない。ただその一点を遵守じゅんしゅし、完成する事が求められている。

 古くより想像の産物として考えられてきたヒト細胞の培養ばいようは当然の様に成功し、無機物と有機物を接続インタフェースする手段も確立された。これにより、体部位を欠損した患者に対して、患者自身の幹細胞から成長させた欠損部位を患部と癒着ゆちゃくさせる事で、機能を補綴ほてつする事が可能になった。

 そうした技術を用い、培養細胞からヒューマノイドを作製した方が楽に目標へと到達出来るのではないか。そう結論付け、実行に移そうとした研究者も勿論存在した。だが、存在したが実行される事は無かった。理由は大きく二つ。一つは培養細胞を用いて生み出された細胞群が、『生物』として活動する事を倫理面より禁止していた為である。所謂いわゆる、クローン人間の禁止である。技術が如何に発達しようが、技術を暴走させない様倫理が抑止力として立ちはだかっているのだ。そして、二つ目の理由として、ヒューマノイドの意義が挙げられる。ヒューマノイドという言葉はそのものずばり、人間もどきである。そう、ヒトではないのだ。ヒトというものが構成要素に入るのであれば、それはサイバネティック・オーガニズム、つまりサイボーグになってしまう。

 研究者達はこうした二つの――無視しようとすれば無視出来る程度の――理由を決して忘れる事無く、遵守する事を誇りに思って研究に明け暮れていた。

 そうして生まれたのが――世の研究よりも何歩も先に行ってしまってはいるが――ノエットだった。


「そうした経緯は私も存じております。私の基本フレームにもセンサ類にも、生体部品は使用されておりません。ですが、そうした事が目標とどういう関係に?」


 私の稚拙なヒューマノイド誕生秘話を粛々と聞いていたノエットは、不思議そうに首を傾ける。

 小首を傾げた拍子にさらりと肩から流れ落ちる緑の黒髪も、理知的な光を湛える輝く双眸そうぼうも、すっと通った鼻筋も、見るも鮮やかな紅唇こうしんも、万事が万事ツクリモノであるとは、誰が信じられるだろう。既に見飽きている筈の私であっても、未だに彼女の各パーツが生体部品でない事実を信じ切れていない。先程触れ合った指も手も、肌理きめ細やかなほっそりとしたものでしかなかった。


「篤望様?」


「ああ! すまない。ここまでの話は前置きだ。まぁ、前置きの方は確りと話せるし、殆ど疑い無い様な事だし。so far so goodなんだけどね。ここから先が本題だ。本題ゆえに間違いがあるかもしれないが、正答が無い以上、私の解答を踏み台にするなり参考にするなりして考察するのが妥当だと思う」


 これが私の正直な気持ちだ。

 唯一正答をたずさえていたであろう先生は既に居ない。残されたモノを頼りに正答へと漸近させる他に、私の様な凡人が先生の答へと近づける事は無い。ひらめきや勘に自信を持てる段階は当の昔に消え去った。


「いえ、それでも私は篤望様を信頼しております。篤望様が導き出された答が正答だと確信しております」


「ありがとう。では、本題に入るんだけれど」


 と、話を進める前に私のズボンのポケットが振動する。

 ひとつノエットに断りをいれ、呼び出しに応える。発信元は私の親しい女友達であった。恐らく、今度の休日に一緒に出かける件についての話だろう。さっさと話を切り上げて、ノエットとのディスカッションに戻らなければならない。

 案の定、電話先の彼女は楽しそうにイベントの予定を確認し始める。この場の状況や私の心的状況とあまりにも乖離かいりしているのではあるが、それを彼女に責めるのは酷だろう。


「ああ、分かっている。その時間には……って、何だ?」


 耳に当てていた携帯端末は急に大人しくなった。耳に騒がしく囁きかけていた彼女の声は今はもう聞こえない。携帯端末の表示画面を見てみれば、そこには電波障害のサインが瞬いてた。最近の電波事情は詳しく無いが、外出していた彼女が急に通信電波障害領域に入り込むとも思えない。すると、問題は端末かこちらの場にあるのだが。


「ノエット。此処って電波障害を起こす可能性はあるか?」


「……そう、ですね。稀にですが御座います。申し訳御座いません」


「否、原因が分かれば良いよ。話題も特に急ぐ事でもなかったから、問題は無い」


 端末に問題があるのはないと分かり安心する。

 ノエットは下げていた頭を上げ、私の方をじっと見ていた。何か私に不手際でもあっただろうか。


「篤望様。その、今の方は? 再度掛けなおさなくても宜しいのですか?」


「単なる悪友だからね、心配は要らない。さて、続きを話そう」


 途切れてしまったディスカッションを元の軌道に戻す。私の発言に対し、ノエットも納得した様で視線も口も何も語る事は無かった。


「今までの話は筐体ハードについてといっても良い。言及するまでも無いが、ヒトのファーストインプレッションは視覚に依っている。そして、そうした印象を持って相手と対峙するために、ファーストインプレッションによるバイアスが後々に致命的になる。だからこそ、ハードの問題は重要だった。如何に中身がヒトに近かろうと、筐体がヒトと乖離していれば、ヒトの様だとは思われないからね」


「ですから、今度はソフト面でのヒトへの漸近ですね」


「ああ、そうだ。ハードに関しては、ノエットが生まれる以前にもノエット級のヒトらしさを追求する事に成功していたんだ。だが、ソフトで『らしさ』を追求するまでには至っていなかった」


 ソフト面、詰まる所人工知能(AI)である。

 記憶の蓄積等は電子回路による再現が可能であった。しかし、それらを如何に引き出し、取り巻く環境に対して、非定常的ふきそくに変化する外界に対して、行動を起こすのかという点については様々な課題が残っていた。


「こうした問題に対しては、ある程度の共通認識が出来ていてね。所謂いわゆる学習理論というのがそれなんだ。ただ、そうした理論においても、あくまでも『教師役』が必要であったり、『価値基準』が必要になったり。ヒトの様に柔軟な対応をする事が難しいんだ。……そう、これは今以て現在形での問題なんだ。先生はそれを易々と超えたようだけれど」


 学習理論によって、自身を取り巻く環境が起こすイベント一つ一つに対して、細かく分類し対処法をしいて置く必要は無くなった。自身に起こったイベントを過去のそれと照らし合わせ、最適な行動を起こす事が可能になった。

 自分の言葉を早々に否定する訳では無いが、『教師役』や『価値基準』と言うものはヒトにだって必要なものであるから、『これらを必要としている事がヒトらしくない』のではない。問題となるのは、ヒトは『価値基準』を定常的おなじように保っている訳ではなく、非定常的ふきそくに変化させる事がある点や、同じ外界からのイベントに対しても同じ行動を起こす訳ではない点だ。


「ヒトは柔軟に物事を対処する。この言い方は酷くポジティブな捉え方だ。ネガティブに捉えるならば、再現性に乏しい。感情的、非論理的という言葉の方が分かりやすいかな。勿論、行動を起こした時の筋肉の活動具合なんかは再現性が良く、ある種最適な形をとっているのだけれども」


「……感情的、非論理的というのは具体的には」


「行動を起こす展開に飛躍がある事かな。有機的に結ばれているはずの行動同士が切り離されて、違う行動を起こしてしまう。例えば、押してはいけないと言われているボタンを見て、押してはいけないと指の運動を抑制しているにも拘らず、押してしまうとかね。論理的に正しい行動を積み重ねるのではなく、ある拍子にぽんと違う非論理的な行動へ移ってしまう事だ」


 そして、ここにヒトとヒューマノイドの完成形の違いが現れると愚考している。

 つまり、『人間性』を削ぎ落とすのか追及するのか。


「問題はこうした行動のランダムステップを人間性と捉えるのかどうか。私にはどうもこの『人間性』と言う言葉に理解が及ばない。だからこそ、完全なるヒトにも考えが及ばないんだけどね」


「分かりました。篤望様」


「そう?」


「私には記憶に御座いませんが、私がそうした飛躍した行動を取った事があり、それを以ってドクタは『至った』と表現なされた。そういう事で御座いましょう?」


「ああ」


 稚拙なディスカッションの末にこうした結論が導かれる。

 大抵ディスカッションというものは、次の議論を呼び、それによりディスカッションの内容の真偽が問われるのだが。生憎と真偽を問え、審議を的確に行える先生は居ない。何とも言えない、締まらない結論になってしまった。


「有難う御座いました」


 え、と私の口から何かが漏れた。無意識に閉じていた目をノエットへと向ける。可憐な微笑を浮かべ、ノエットが私を見ていた。


「単なるAIであり、ヒューマノイドである私にここまでフォロをして頂きました事、忙しい中ここまで来て下さった事、ドクタが亡くなりました今においても、変わらず私に接して下さる事、全てにおいて篤望様には感謝しております」


 彼女が私に深々と頭を下げる。

 そう言えば、と思う。余りにも早い思考は他人にとっては、論理がスキップした思考に捉えられるのであったな、と。彼女の洞察力は私にとってはヒトそのものに見えてしまう。私からして見れば、彼女は既に至っていたのだ。ヒトと変わらぬヒューマノイドに。




「本当に良いのか?」


「はい。いざという時には篤望様を頼れ、と言われていましたから」


 研究室へと戻る車中。ヒューマノイドな彼女は助手席に身を委ねていた。無論、あの家に居た時の様な小間使いの衣装を脱いでいた。彼女のトレードマークとなっていたそれを脱ぐと言われた時は少々驚いていたものだが、あの衣装に籠められていた主従の絆は既に無くなってしまったのだ。形骸化した衣装に意味は無いのかもしれない、私はそう感じ、無言で彼女の意に従った。

 私服の彼女は益々以ってヒト染みている。その彼女と二人、これからは住まいを同じにすることが先程決まった。研究室の教授からの依頼という形で先生宅に赴いた私であったが、実はもう一つ依頼されていることがあった。それは彼女の引き取り。蛇足であるが、教授に頼まれたアルゴリズムは既に確保している。


「篤望様こそ、宜しいのですか?」


「ああ。……まぁ隠す事ではないのだけれどもね、実は昨日先生からメールが届いてね」


「……どういう事ですか」


「何かあったからノエットを宜しく、という文面だったよ。恐らく、家のシステムが復旧した際に自動送信されたんだろう。ああ、今転送するよ。ノエットにも追伸があった筈だし」


 先生からのメールは事実であった。

 一日遅れで今朝方確認したメール群に先生のそれはあった。メールの文面を読み、急いで情報収集したが、時既に遅かった。


「『AIとは決して後悔しないもの』ですか……」


「私には今一分からない。それどういう意味か分かるのかい?」


「……ええ。私にしか分からない文言だと思います」


 そうか。

 ならば、私は聞いても理解は出来ないだろう。そう答え、私は眼をつぶる。


「これから末永く宜しくお願い致します」


「ああ、こちらこそ」

10/16 タイトルに脱字発見。修正

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