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Methods? & Results

「色々と聞かせてくれるかな」


 正直な所、情報は錯綜していて、『情報』足りえていなかった。

 私は研究室でプログラム作成の片手間に、自作の検索ボットで取捨選択させた情報を流し読んでいた。この情報収集の所為で――幼き日の回想が脳内を席巻せっけんして――同僚に呆けた所を指摘されたのである。その私の不覚はさておき、世に流れる情報の多くは『茶別教授の死が心配停止による自然死である』という結論に毛を生やした程度のものだった。

 つまり、何も知らないも同然であった。

 そうとなれば、当事者たるノエットに聞くのが最善だろう。


「まずは、何からがいいか……」


 私を包みこむソファに身を委ね、ノエットと対面する。

 作り物染みた表情とはいえない彼女の表情。細胞分化の果てに現れるヒトの表情と作り物である表情がこれほどまでに漸近しているのならば、『作り物染みた表情』の行き場は何処なのだろう。


「そうだな、先生が亡くなっているのを確認した経緯を聞きたい」


「はい、篤望様」


 人間の様に彼女は感情を押さえ込んでいる様だった。




 彼女の話は理路整然としており、理路整然としているが為に報告書を読み聞かされている気がする。

 終始客観的な視点での語り口が、先生の死を非現実的なものであると錯覚させてくれるのだが。感傷的な気分に浸るのにはいささか早すぎるのではないか、と別視点の私が警鐘を鳴らしている。それは概ね正しい。

 

「つまり、ノエットが昨日の朝に先生を書斎で見つけた。特に荒らされた形跡も無く、外的要因による死というよりかは内的要因による死の可能性が高い状態。この家のセキュリティに表立った異常は無い。昨日の状況を端折ってしまえば、こういうことかな?」


「はい。主要素を抽出すれば、そうなります。ですが」


「最重要事項が抜けている」


「はい。先程も申しましたとおり、セキュリティには表立った異常はありませんでした。ただ、常とは異なる事態が発生しておりました。一昨日の晩、正確に申しまして十八時五分七秒……それ以上は些末ですので省きます。その後より、翌日の六時丁度までのセキュリティログが御座いません。また、ログに限らず、当該時刻の私のメモリも空の状態です」


「……セキュリティログよりも、ノエットのメモリが欠けている事の方が問題なんだがね」


「そう、でしょうか?」


「ああ。ノエットは自分の価値を再試算すべきだ」


 しかし、自分の価値を計れと言われても酷か。

 ヒトだから出来る事、ロボットだから出来る事と数ある仕事を分けるにしても、価値の試算には画一的な基準を取り辛く、ファジィな面もあるだろう。まだまだ、ロボットよりもヒトが行った方が無難な部類に入る。


「欠如しているメモリやログについては、復元出来ないかな? RAIDは当然組んでいるだろうし」


「いえ、そちらに関しましても、当然のように欠如していました。ですので、当該時間における当家の情報を復元する事は不可能です」


「そうか……」


 その事実は同時に、先生が何時亡くなったかという問題をも闇へ封じてしまう。

 現在の一般家庭はどうか知らないが、病院や刑務所で患者らに使用されているシステムが存在する。対象となっている人物にある加工がされた服を着させる事で、対象の生理的データを取得するというものである。ある加工といっても、各種センサとセンサへの電力供給ユニットを繊維の中に縫い込んだだけなのだが。こうしたシステムにより、対象の体温、心電図や発汗状態等をリアルタイムに取得可能である為、病院等では重宝されているとの事だ。

 そして、そのシステムは当然の様に、この家でも採用されている。恐らく先生の事であるから、自身のセンサ情報と自宅のほかのシステムとを連動させているのだろう。その恩恵を私も昨日味わった。

 しかし、こうしたシステムもシステムを支えるシステムがダウンしてしまえば、どうしようもない。先生の心電がフラットになった際に、システムが感知し病院へと連絡を寄越していれば、と思わなくも無い。茶別家のシステムを監視するシステムでもあれば、異常を感知する事も可能だったであろう。

 ただ、それらは全て過去の事象だ。

 フィードバックは未来にしかバック出来ない。


「ノエット。先生の死因は聞いているか?」


「いえ、詳しくは。どだい私はロボットですので、詳細を聞く権利もありはしません。ですが、ドクタの死をこれ以上騒ぐ事は無いようです」


「そうか」言葉が続かない。


 以前、何かの拍子に先生には身寄りが無いと聞かされた記憶がある。恐らく、中年の孤独死とでも処理されるのであろう。

 ならば、この家等の財産はどうなってしまうのか。

 そうした手続きは一体誰が行うのか。

 重要ではない疑問が頭の中を巡る。余計な思考が脳のリソースを喰う中で、『だからそうなのか』と自問自答する部分もあり、だがそれは後に置いておこうと順位付けをしておく。今重要な事はこれではない。重要な事は先生の亡くなられた要因であり、そして――随分と後回しになってしまったが――ノエットが『至った』と言われた事だ。


「そうであるならば、ノエット。先生は自然死ということなんだろうね。事実は兎も角」


「はい」


「ならば、私達が出来る事は無いのかな」


「……はい」若干の逡巡を交えて、彼女はかぶりを振った。


 何も探偵ごっこをしたい訳では無いが。恩師の死に何も報えなかったのは残念である。


「ではね、ノエット。君はもう一つ聞いておきたい事があるんだ。解るかな?」


「はい。私が『至った』と言われた事に関して、ですね」


 それに関しまして見せたい物があります、と彼女はソファよりすぅっと立ち上がる。そのまま、私の手を掴み、何処かへと連れて行く。

 彼女の手は柔らかく熱が篭っていた。




 林檎りんごの芯。

 端末を置く机だけが置かれた部屋、書斎は見事に身をえぐられた林檎の末路の印象を受ける。端末関連の物品を排除してしまえば、この空間には凸凹も無い。直方体の空間に、本当にただ机と端末だけが置かれている。

 先生が好んで篭っていた空間だ。

 主が居なくなっても、この空間に揺らぎは無い。


「これです」部屋の入り口に留まっていた私を置いて、ノエットは移動し机の上を指差す。


 彼女が指差す物は端末ではなかった。

 入り口からだと良く解らず、私も部屋に足を入れ、指された物体を凝視した。

 部屋の削ぎ落とされた鋭利さに沿うが如く、この空間はモノの存在にシビアである。雑に言えば、アナログよりもデジタルに近い。存在が許されているものは端末ぐらいなもので、机は端末にあやかっているに過ぎない。そんな中では当然、メモを置く所も無い。否、正確には無かったのだが。



――ノエット。

   君は至った。――


 書き慣れていない感がする字で、そう書かれたメモが一枚そこにあった。


「……これは先生が?」


「はい。サンプル数は少ないですが、ドクタの筆跡に酷似しています。特徴量抽出した結果をお伝えしましょうか?」


「否、いいよ」


 彼女が判断したならば、先生のモノなのだろう。これが先生から彼女へのラストメッセージとなる。

 『完全なる人間』を目指し孤独に戦いを挑んだ博士と博士をしたって完全へと努力するヒューマノイド。その二人の最後を締めくくるには、確かにおあつらえ向きなメッセージだ。二人にしか理解出来ないメッセージを抱いて博士の死を嘆くヒューマノイド、などと言えば物語の最後としては美しい。

 だが、現実は異なる。

 林檎ちしきの実を食べつくしたかとも思える先生のメッセージは往々にして一方通行だ。特別な絆で結ばれているだろう彼女であっても、メッセージの理解には至れない。not yet。その至れない悔しさが、彼女の泣き顔に表れていたのではないか、と考えるのはいささか感傷的に過ぎるか。


「……心覚えは?」


「ありません。ドクタの仰られた『完成』には程遠いと判断しております」


「だとすると、先生は……」


 先生はそこに至る為の方法を思いつき、その結果として自身は死に至り、彼女はそこへと至った。

 先生にしか思いつかない手法は先生の領域に至れない私達には理解が出来ず、それを手法・手段だとも思わない。また同時にその結果及び結果から考察される結論も先生にしか評価が出来ず、しかしその先生の評価に依れば彼女は至ったのではないか。

 何の脈絡も無く、そう思った。


「否、済まない。脈絡も無い事考えてた」


「ドクタは」恐らく気のせいだろうが、彼女の視線が強くなった気がした。


「ドクタは完成に至る事を望まれていました。完成とは何かを自問し、あらゆる観点から考察し、概念を踏み渡り、自答なされていたようです。生憎と私にはドクタの仰られた事が理解出来ませんでした。哲学故に万人の答があると、ドクタの答に固執する事は無いと慰めていただきましたが……」


 明確な答は存在しない。

 だが、ドクタは解答を持っていた。その解答に従い、ノエットを導き至った。


「その前に、確認したい事がある。先生の言う完成はあくまでもヒューマノイドとしての完成なんだよね」


「それはそうだと思います。篤望様は他に何を?」


「うん、まぁ大した事ではないよ。完成というのが、ノエットが至る点がヒューマノイドとしてであるのならば、私みたいな愚者にでも一端の理解をえり得ると思うんだ。もし、仮に到達点がヒューマノイドとしてではなく、人間としてというのであれば、私には見当もつかない所だったからね」


 先生は人間としてのそれにも手が届いていたのかもしれない。


「篤望様は……それでも、ヒューマノイドとしての答に手が届いているのですか?」


「指先が掛かっているだけだよ。表面をさらえているだけ。それでもいいなら、少し話そうか」

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