表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

日陰者である俺のHAPPY HELLOWEEN?

作者: タラの芽

夕方から衝動的に執筆しましたが、無事31日までに間に合いませんでした。

その辺はまぁ、あまり気にせずしれっと投稿します。


 茹だる暑さの夏を乗り越え、残暑も鳴りを潜めた10月末。景色は赤黄の秋色に衣替えをしていた。



 山々に囲まれた地方に住む変哲もない高校2年生の俺、佐治 京平(さじ きょうへい)は今日もいつも通り遅刻ギリギリの朝7時までベッドに横になり、通学のため最低限の身支度をしたら朝食を食べずに家を出た。


 チャリンコを漕いで過ぎゆく見慣れた景色を特に眺める事無く、カラカラと車輪が鳴らす音を聞きながらぼーっと通っている高校へと向かう。



 クラスでの俺の立ち位置は可もなく不可もなしという絶妙に中途半端な立ち位置だ。カーストは一般的に大きく3つに分けられると思うが、最上位でもないし下位でもない。しかし中間と言われればそうでもない。更に中間と下位の間の階層があれば、俺は間違いなくそちらに属している。



 だから悪目立ちもしないし華やかに目立つこともない。「木を隠すなら森の中」という言葉に当てはめれば、俺は森の中に根を張る一本の木に過ぎないということだ。没個性というやつ。



 学校に到着し友人の川井と朝のやり取りをしていると、話題は間近に迫ったとあるイベントに焦点が当たった。川井がげんなりとした様子で口を開く。



「そういえば、今朝の情報番組はハロウィン特集ばっかだったな」


「知らん」


「マジで?」


「うん。俺ん家、朝は国営放送のニュース派なんだよ」


「日本国民の鑑だな。マジで近年のメディアのハロウィンゴリ押しはやべーよ。あんな騒いでるの東京のアホな人間ばっかりだろ、うざったらしい。そう思わないか?なんだよ『ハッピーハロウィン』って。『ハッピーお盆』って言ってるようなもんじゃねーか」



 体内に漂う毒を吐き出すように川井が洩らしたが、概ね同意だった。仮装はまだいい。俺も幼少の頃は幼稚園や小学校の行事で簡単なハロウィンの仮装の経験はある。



 しかし、仮装をした連中が渋谷や街に繰り出して酒を飲んで馬鹿騒ぎをする行動が本当に謎だ。どんな衝動に駆られているんだろうか。あんなもの、光に集まる習性がある昆虫と同じじゃないか。



 だから、テレビでハロウィン特集が組まれようが地方組は冷ややかに眺めるだけだ。むしろSNSで拡散される捨てられたゴミや性的被害など、珍仮装行列に対して嫌悪感が募る一方だ。



 つまりは都会民と地方民とでは、夏と冬くらいハロウィンへの温度差があると言っても過言ではない。



「本当に。馬鹿らしいよね」



 俺が同意を示すと、予め俺の台詞を予測していた川井が「そうだろ!?ついでにバレンタインとクリスマスも消滅しろ!」と吐き捨てた。なるほど、この会話は正確にはハロウィンについてではなく、青春を謳歌できない僕たち日陰者の妬みで成立しているようだ。



 でも概ね同意。この世の恋やら青春の追い風になるようなイベントは消滅してしまえばいい。



 今日も俺と川井は女っ気がない。湿気ってカビが生えそうな俺達の会話は、ただクラスの喧騒に溶け込み埋もれていく。嘲笑あざわらうような女子の高笑いがひどく耳に障った。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 クラスでは特に仲の良い女子はいない。校則で強制入部が定められている部活も、適当な文化部に籍をおいて以来幽霊部員になっていて実質帰宅部だ。



 普段なら授業が終わり次第直帰するのだが、この日は買い物の用事があるため、川井と一緒にペンギンのマスコットで有名なディスカウントショップに寄り道することにした。


 随分と使いまわしたスマホカバーが寿命を迎えようとしているために、新品を購入することにしたのだが、俺に半ば強引に連行された川井は、新作ゲームを購入したばかりで早く家に帰りたい気持ちを全面に売り出していた。



「京平さんよ。どうせ同じ無地のありきたりなカバーにするんだから、俺が付きそう意味なくねーか?」


「バッカお前、1人で買い物とか周囲から寂しく映るだろうが」


「その発言が既に寂しいと思うんだが」



 店内は様々な制服を来た学生で賑わっていて、皆が2人以上で買い物を楽しんでいた。田舎は世間が狭いため、いくら地味で目立たない俺でも周囲からの視線は気になるもの。これが地方民のさがというやつか。



 無駄に広い店内から目的のスマホカバーの陳列棚へ向かおうと歩いていると、後ろから肩を叩かれた。



「なした?」



 川井に肩を叩かれた思った俺は、気の抜けた顔と声で振り返り、今度は「へ?」と間抜けな顔と声に様変わりした。



 川井ではない昔から見知っているとある人物が、俺の肩に手をおいて「よっ!」と残った片手を上げた。川井はポカンとした表情で、見比べるように俺とその人物を交互に見ていた。



「・・・成美なるみ?」


「久しぶり」



 にっこりと笑う成美という少女は酉水すがい成美。幼稚園から中学校までが一緒だった元同級生で、家も遠くない準幼馴染といった存在。


 小学低学年までは公園に集まって遊んだりもしたが、自然な流れで男女の隔たりにより交流もなくなった。だから、久しぶり、と気安く声をかけられた事に驚いてしまった。


 それだけが驚く理由としては物足りないか。もう少し説明を加えると、成美はカーストで言えば最上位に君臨するお方だ。昔から華やかな顔立ちをしていて、その上親しみやすい砕けた性格をしているので悪い噂も聞かない。



 学園ヒエラルキーでいえば目上のお方で、俺とは生きる世界どころか次元までもが違う。



 だから正直距離感を測りかねて焦る。苗字の「酉水すがい」と呼ばれるのがあまり好きじゃないという彼女から名前で呼ぶように躾けられていたため、咄嗟に呼び捨てにしてしまった。



「何やってるの?」


「か、買い物だけど」


「あはは、そりゃそうだよねぇ」



 ケラケラと成美が笑う。他に連れの友達がいないのか今は1人だ。川井が目で「誰?」と訴えてくるので、中学までの同級生と紹介をすると、目を丸くした川井がぎこちなく挨拶をしていた。人当たりの良い成美は、川井へ陽だまりのような笑みを湛えて「はじめまして、酉水すがい成美です」と返事をする。



「それで、京平きょうへいは何を買いに来たの?」


「スマホカバー」


「そっかそっか。()()()はただぶらっとしているだけなんだけどね」


()()()?」


「そうそう、今はちょっとトイレ行っててさ」


「だから、誰のこと?」


「え?」


「え?」



 成美との空白の期間を感じさせない馴れ馴れしさに面食らいながら必死に会話を繋げてみるけど、会話がうまく噛み合わない。成美は口角を上げながら「ん?」と首をかしげる。


 あ、そっか、と自己解決の独り言を呟き、「今は琴音ことねと一緒だよ」と付け足した。



「え、あいつと一緒なの!?」


「そうだよ、一緒に買物してるの」



 視線ではなく言葉で「誰?」と問う井川に、もう1人いる近所の知り合いと説明をする。右京うきょう琴音ことねは学年が一つ下で、昔は琴音を含めた3人で遊んでいた。



 もともと学年も違う琴音とは成美よりも前に会う機会がなくなり、極稀に近所で見かけるくらいで既に接点はない。琴音も成美動揺華やかな見た目をしていて、成美とはよくお似合いのコンビだと思う。



両者とも俺とは遠い存在なのだ。



「おまたせ成美ちゃん・・・あっ」



 噂をしていた琴音が戻ってきたようで、親しく成美の名前を呼んだ琴音は、俺の顔を見るなり目と口を開いた。露骨に「驚きました」って顔をされても困るんだが。



 背はやや小さめだが胸部はしっかり主張されていて、緩くパーマのかかった髪はセミショートで茶色く染められていた。逆に成美は身長はやや高めで、黒く長い黒髪を下ろしていた。少し幼い琴音と大人びた成美。対称的な印象だ。



「久しぶり・・・です。佐治先輩」


「あぁ、うん」



 昔は馴れ馴れしく「きょうへい」と呼び捨てにしていたのだが、今の琴音からした俺は一学年上の先輩に過ぎないんだなと、彼女の敬語を聞いて染み染みと実感することができた。



「本当に、久しぶりですね」


「え?まぁ、そうだね」


「はい」



 心なしか琴音が緊張しているように見える。


 証拠にそれ以降彼女は口を閉ざしてしまった。



 俺達の様子を見かねたのか、「ね、スマホカバー買いにきたんだよね?」と成美が割って入るので、首肯すると「うちらも特に用事もないし、カバー選びに付き合ってもいい?」っと提案をしてきたから、思わず「はっ!?」と大きな声を出してしまう。



「あれ?ダメだった?」


「そうじゃなくて・・・俺みたいなのと一緒にいていいの?」


「どういう意味?」


「いや、俺見たいな地味系男子と一緒にいると、後日に何かと詮索されるんじゃないかって」



 それが2人の迷惑になる、と俺ははっきりと伝えた。地方の世間は狭い。一体誰が見ているのか「誰がいつどこで何をなぜ」という5W1Hが徹底されているのだ。



「井川君は私達と一緒じゃ迷惑かな?」


「いや、そんな、うしろ光栄っつーか、本当にいいのって感じでして」


「ほら、そんな事気にしているのは京平だけだよ。琴ちゃんもそう思うでしょ?」


「え!?私!?」



 話を振られた琴音はたっぷりと狼狽してから首を縦に振った。それを認めた成美が「それじゃ決定!」と強引に話をまとめてしまった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 買い物から帰宅し、夕飯の用意ができるまでの時間に先程購入したスマホカバーを包装から取り出した。



 吊り目とギザギザの口が掘られたカボチャがデカデカとプリントされたカバーは、自身で選ぶとしたらまず手に取ることもしない派手な柄だし購入なんてまずありえない。



 しかし、女子2人の「これ可愛い」というオススメという名の圧力に敗北して買ってしまった。ハロウィン特設コーナーが設けられていて、その中に陳列されていた商品だったのだが、一日だけのハロウィンが過ぎれば年中ハロウィンに浮かれたアホにしか見えないんじゃないのかこれ。



 あれだけハロウィンを馬鹿にしていた井川も鼻の下を伸ばしながらカボチャ柄のハンカチを買っていたし、アイツは人によってすぐに流されるタイプなんだなと知った。




「随分似合わないカバーにしたんだな」



 夕飯の際に兄に指摘されたが「放っておいて」と力なく言い返す事しかできなかった。その通りだ。このカバーは俺には随分と似合わない。


 おでんにご飯という賛否両論の夕飯を口にしていると、スマホからLINEの通知を告げるアラートが鳴った。親に注意されながらも行儀悪くスマホを操作して内容を確認してみると、先程連絡交換をしたばかりの成美からだった。



『さっきのスマホカバー、もう着けた?』


「もう着けたよ」


『着けてる画像送って!』


「どうやって写メ撮るのさ 笑」


『確かに!笑』



 段々と昔の感覚と取り戻した俺は、身分不相応ながらも成美とLINEのやり取りを交わしていく。内容は互いの状況についての説明となり、成美曰く、2人とも少し離れた女子校に通っていて今現在も仲良く一緒に遊んでりしているらしかった。



 悲しいことに女子とこうしてLINEをするのが初めての経験だったので、風呂以外はスマホの齧りついて成美とのLINEに夢中になっていた。そのせいいなのか、慣れない疲労で早めに眠気が襲ってきて寝落ちをしてしまったことに気づいたのは午前4時という時間に起きてからだった。



 トーク画面を開きっぱなしにしていたので、俺は成美に既読無視をしてことになっていた。慌てて返事を返そうかと思ったけど、こんな時間に返しても意味はないだろうし、適度な時間に寝落ちの旨を添えればいいだろう考えながら成美からの内容を読む。



『琴音にも京平の連絡先教えていい?』


 いいよ、と返事を返したのはその日の午前中になった。




 成美から突如『相談があるんだけど』と送られてきたのは、連絡先を交換してから数日経過した頃だった。



 その後のやり取りを要約すると、2人が通う女子校では必ず年に一度野外活動の実績を提出する必要があり、それは主にボランティア活動とのこと。大抵は学校近辺のゴミ拾いで実績を作る生徒が多いため、定員割れで2人は参加ができなかった。



 代わりのボランティアを探していたところ、日曜日のハロウィンに行われるイベントのボランティアを急遽4名募集しているらしく、俺と井川を含めた4人で参加できないかというのが成美の「相談」の全容である。



 他に同じ高校から誘えば人手なんてすぐ見つかると疑問を抱いたが、井川に話を持ちかけると「死んでも参加する」と鼻息を荒くしたので、断れなくなった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 10月31日のハロウィン当日。


 この日は現地集合となっていて、ハロウィン日和びよりとなった快晴の空を見上げながら会場となっている河川敷へと足を運ぶ。


 スッタフらしき人にボランティア参加の旨を伝えると、広いとは言えない仮設の詰め所に案内をされた。その詰め所には既に到着しているらしい後輩の琴音が座っていた。



 俺の足音に気づいた琴音が、操作をしていたスマホから目を離して俺を捉えると、目を泳がせながら「おはよう・・ございます」とぎこちない敬語で挨拶をしてきた。



 もしかしたら琴音も俺と同じように距離感を測りかねているのかもしれない。それか、学年の違いが遠慮という壁を築いているのか。いずれにせよ接しにくい雰囲気が張り詰めている事に変わりはない。



 それに成美から『琴音に連絡先教えておいたよ!』と報告を受けたものの、実際に琴音からは今日までに連絡は届いていないのだ。



 だから、俺は余計に琴音がわからなくなる。



 特に会話もないままスマホを操作したり、慌ただしく会場の設営をしている大人たちを観察しているうちに成美と川井も到着して事なきを得た。




 イベント開始30分前になり、スタッフから今日の詳しい説明を受けた。基本仕事は会場の見回りだそうだが、スタッフの指示に臨機応変に従う所謂いわゆるなんでも屋だ。



 仮装用の衣装も配布された。女子は魔女姿で男の俺らは黒い衣装にカボチャの被り物。子供がメイン層なのでメルヘンチックな仕上げとなっていて、お菓子を常備して声をかけられたらお菓子をあげる役割も担う。



 仕事中は4人で固まるのではなく散り散りに動いて欲しいとスタッフに言われ、それも当然だよなと納得したが、川井は2人と行動ができなくて残念がっていた。現金なやつだ。



 子供のパワーに辟易しながら仕事をこなしていると、シフトで組まれた休憩時間となった。昼食も詰め所で済ますが、有り難いことに仕出しの弁当の提供があり、休みのペアとなった成美と一緒に舌鼓を打つことになる。


 ちなみにペアは何故かグッパーで決めた。琴音と一緒じゃなくて良かった。息が詰まる。



 話し上手な成美のリードにより、「子供にお菓子を引ったくられた」とか、「スカートを捲ろうとするエロガキを退治してやった」など、ボランティア中に起こった出来事の談笑を交えながら食事の時間が進んでいく。



 この頃になると俺は成美との距離感を取り戻しつつあった。なので、ふと、前々から気がかりな点があったので成美に尋ねてみることにした。



「琴音ってさ、あんなに大人しいというか、余所余所よそよそしかったっけ?」


「余所余所しい?」



 整った顔の眉間に少しの皺を寄せ、成美は俺の言葉を噛み砕くように口にする。



「昔は生意気だったのに今は俺に敬語を使うし、結局LINEの連絡も来ないしで意味がわかんない」


「えっ琴ちゃんから連絡届いてないの!?」


「うん」


「んーーーそっかぁ」



 何が「そっかぁ」なのかは知らないけど、成美は深く考え込む仕草をする。それから、「あのね、私が話したって琴ちゃんには内緒にしてくれる?」と言ってきた。



 それは、撃たないでとお願いしていたが既にトリガーが引かれているのと同義で、そこまで聞かされたらその先を聞くしか俺には選択肢はない。だから、わかったと返事を返した。



「中学の時から琴ちゃんと遊んでるんだけど、たまに『成ちゃんは京平と学校とかで話したりしてるの?』みたいな感じな事を聞かれたりしてたんだよね」


「・・・なんで?」


「なんで私がそんな野暮なことを話さなきゃいけないの。自分で考えなさいパンプキンマン」


「パンプキンマン言うなし」



 そう批難をすると、成美はケラケラと笑う。気がつけば休憩が終わる時間に迫っていた。





 井川と琴音と入れ替わりで再びボランティアの仕事に戻っている間、俺は先程成美から課された課題について考えていた。



 琴音が俺について成美から何かしらの情報を得ようとしたという事実。


 理由や目的は?


 それか昔みたいな関係に戻りたいから?


 仮にそうだとして、琴音に何のメリットがあるんだろうか。華やかな学校生活を送っている彼女にとって俺は不要なパーツな筈だ。例えば純白のドレスにシミがついていたら、それだけでドレスは台無しになる。卑屈な思考だが俺はそのシミだ。


 

 だとすると、単に昔の知り合いの様子が気になったから?

 

 その辺が妥当だろうか。


 それだとわざわざ琴音に内緒にすることもないとは思うが、結局は成美の考えすぎじゃないだろうか。



 うん、解決。



 結論づけた途端、黒い靄が晴れたみたいな気分になる。ダジャレじゃないけど、モテない男は下手な希望を持ってはいけない。その希望という光が黒い闇となって自分の胸に突き刺さるのがオチだから。


 悲しいかな、これが日陰者なりの処世術である。



◇◆◇◆◇◆◇◆


 

 配布用の手持ちのお菓子がなくなったので補給をしに詰め所へ向かうと、キンキンと耳に響く金切り声が遠くからでも聞こえてきた。詰め所で子供が泣いているみたいだ。



 どのみち詰め所へ入らなくてはいけないので取り敢えず中の様子をそ~っと窺ってみると、小さな女の子が座って泣き喚いていて、その横で真っ青になりながら琴音が視線を右往左往させていた。泣いている子にどう接していいのか分からずに慌てているのは一目瞭然。



「迷子の子?」



 ここで知らないふりができるほどのメンタルは持ち合わせていないので琴音に訊ねてみると、むしろ彼女が今にも泣きそうな表情でコクコクと頷いた。



「スタッフの人に報告はしたの?」



 琴音はまた頷き、それから「体調不良の人の対応で手が離せないからって」と、俺と少女を交互に捉えながら口にした。



「じゃあ早く親御さんを見つけないと」


「でも、この子がさっきから泣いてばかりで」



 持て余すような視線で、琴音は今もなお泣き続ける少女を見つめた。俺も少女に近づき、屈んで視線を合わせて「お名前は?」と訊ねると、小さな声で「あいら」と答えた。



「『あいら』ちゃん?」


 確認をすると、先程の琴音と同じようにコクリと頷いたので、それが何だか可笑しくなりついクスリと笑ってしまう。俺はあいらちゃんの頭の上にポンと手をおいて、一呼吸置いてから落ち着いた声を作る。

 


「今日はパパとママと来てるの?」


「・・・うん」


「これからお兄さんたちと一緒にパパとママを探そうね。すぐ見つかるから大丈夫」



 そうあやすと、嵐みたいな鳴き声は小雨程度まで落ち着きをみせた。これなら会場内で繋いで引率しても問題なさそうだ。



「琴音。俺はこの子と一緒に会場内で親御さんを探すから、悪いけどこの詰め所付近で待機してくれる?もしかしたら親御さんが問い合わせてくるかもしれないからさ」



 そう素早く指示を飛ばすと、琴音は「う、うん、わかった」とまた頷いた。



 云うやいなや、早速俺はあいらちゃんと一緒に会場へと戻った。勿論、カボチャの被り物は脱いでいった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 スタッフから借りた拡声器を使い、会場の人に向けて迷子を案内をすること約30分。ポケットの中のスマホが揺れた。



 LINEが届いているようで、差出人は琴音だった。真新しいトーク画面には『あいらちゅんね親と合流すたから詰将棋戻ってきて!』と綴られていた。


 誤字脱字ばかりなので相当急いで入力したのが伺える文章だった。「詰将棋」も予測変換機能による選択ミスで、「詰め所」の事だろう。親御さんが見つかった安堵とめちゃうちゃな文面に、思わず笑いがこみ上げてくる。



 詰め所へ戻り、俺と琴音は無事親御さんと再開を果たしたあいらちゃんを見届けていた。お礼を言われ、その場を後にしようとしたあいらちゃんを俺は呼び止めた。不思議そうに俺を見つめるあいらちゃんとご両親を尻目に、俺は琴音にこう言う。



「琴音。最後にあいらちゃんにすることがあるだろ?」


「すること?」


「ほれ、ハロウィン」



 そう言って個包装されたお菓子を手渡したところで、意味を理解した琴音は俺が脱いだカボチャの被り物をズッポリと被った。それはもう清々しい被りっぷりだった。そのまま琴音があいらちゃんへ体を向ける。



「あいらちゃん。『ありがとう』以外で私に何か言うことな?」


「・・・とりっくあとりーと!」



 溢れるような満面の笑みを浮かべ、あいらちゃんはそう叫んだ。その声は群青の空の遥か上にまで届きそうなほどの元気に満ちていた。



 お菓子をあいらちゃんい手渡し、「ばいばい」と今度こそあいらちゃんは親御さんと一緒に離れていった。




 一件落着したら急に静かになり、手持ち無沙汰さを感じた。だから、間をつなぐ建前で「まぁ、そのなんだ、良かったな、早めに見つかって」と言葉を探りながら琴音を様子を窺ってみた。



「うん、ホントにありがと。京平が来てくれて助かった」


「それは良いけど、喋り方、戻ったんだな」


「・・・っあ」



 恐らくあいらちゃんの対応でテンパって、敬語からタメ語になっていることを指摘してみると、「ご、ごめんなさいっ」と琴音がすぐに謝罪をしてきた。



「いやいや、むしろタメ語の方が助かる。敬語とか琴音のキャラじゃないし、他人行儀で結構気にしてたんだよ、俺」


「本当・・に?」


「らしくない事しないでくれ。俺もこれからは前みたいに接するよう努力してみますから」


「どうして京平が敬語になってんの」



 俺の前で久しぶりに琴音が声を出して笑った。


 だから、つい先程のLINEの誤字脱字を弄ってみると、紫陽花あじさい白寿紅はくじゅこうみたいに琴音の色白の顔が徐々に赤く染め上がっていき、それから柔らかな批難を受けた。




 疲労で持ち場に戻る気になれず、独断で休憩をする事にした俺らは会話もなく詰め所で座っていた。ただ、午前までの息苦しい無言ではなく、先程の会話の余韻を舌で味わうような、居心地の良い無言だった。




「そういえば」おもむろに琴音が口を開いた。「京介の小さな子供への対応、やけに慣れてなかった?頭ポンポンしてたし」



「同じ年くらいくらいの従姉妹がいるんだよ。だから扱いには慣れてる」


「そうなんだ。てっきり京介がタラシになったかと思って心配しちゃった」


「なんでタラシなんだよ。ってか何の心配してんの?」


「な、なんでもないっ」



 琴音は失言を誤魔化すように、「あいらちゃんの頭をポンポンしたしたじゃない?あれ、すごく懐かしかった」と続けた。



「懐かしいって申しますと?」


「私が大事にしていた人形を公園のどこかに失くしたって泣いちゃった時、あいらちゃんの時と同じように私にしたじゃん。頭をポンポンって。それで一緒に探そうって」


「あぁ・・・そんな事もあったかもな」



 記憶が掠れて定かではないけど、言う通りそんなこともあった気がする。でもそれは当時幼稚園の頃まで遡るんじゃないだろうか。むしろよくそんな事を覚えているな。




 思わず感心していると、「あの時、京介が人形を見つけてくれて凄く嬉しかったなぁ」と琴音は顔を綻ばせる。過去の思い出を唇の上から開かせるような、そんな優しい口調だった。



 そして、そんな琴音を見て心臓が跳ねた。こんなの不可抗力だ。琴音が男っぽい性格をして口よりも手が先に出るようなガサツなタイプだったはず。だから、こんなギャップはずるい。どうやらまだ本性を隠しているようだ。



 遠くの憧憬を見つめるように目を細めた琴音が、一瞬にして目を見開いて「はっ!?」と大きな声を上げたので、別の意味で心臓が跳ねた。



「ちょっと待って・・・さっき京介は『従姉妹がいる』って言ってたけど、幼稚園の時から私に頭をポンポンしてたじゃない」


「そうだっけ?」


「やっぱり京平は天性のタラシ?」



 訝しむ視線を差してくるので、正直に自白をすることにした。



「俺がタラシだったら彼女いない歴イコール年齢になってねーよ。ってか、女の連絡先だって成美で最初だ、ぶっちゃけ」



 さぁ、俺の渾身の自虐を笑うが良い。琴音の事だから「うわ、ダッサw」と草を生やすくらいするかもしれない。



 しかし、予想とは違い琴音の反応は夜の波打ち際のような静かなものだった。



「それって本当なの?」


「え?」


「さっきの話し。彼女いない歴とか」



 茶化す気配がなく聞いてくるので、肩透かしをくらいながらも「そうだけど」と答えると、琴音は「ふーーーーん」と語尾を長く伸ばしながら、俺の二の腕をペシペシと何度か叩いてきた。なんだか更に昔の事に戻ってきたかも。



「京介。それじゃあさ───」



 琴音が何か言いかけたとき、タイミング悪く詰め所に入ってきた川井が「あーーー!2人してサボってる!」と俺らを指差して叫んだ。



 げんなりしながら言い訳・・・じゃなくて、ありのままを伝える。




「迷子救出の大仕事を終えたばかりで疲れたんだよ」


「それはご苦労様でした」


「お前こそ何しに詰め所に来たんだよ」


「お菓子の補充に決まってんだろうが!午後になってますますキッズが増えたから2人も早く戻ってこいよ!」




 本当に忙しいみたいで、川井はすぐに詰め所から飛び出していった。あの様子からすると、俺達も詰め所で腰を下ろしてはいられないな。





「というわけで、俺らもお仕事に戻りますかね」


「・・・・」



 ただのしかばねじゃないのに琴音の返事がない。どうしてかむくれ顔の琴音は、何を思いついたみたいで意地の悪い笑みを作った。



「ねぇ、京介」


「ん?」


「トリックアトリート!」



 俺に両手を差し出した琴音は、お菓子を貰う姿勢のまま罠みたいな笑顔を顔面に貼り付けた。なんだか嫌な予感をしながらも個包装のお菓子を手の上のポトリと落としてみると、お菓子を掴んだ両手でそのまま俺の左右のほっぺを摘まんで引っ張った。



「痛ででででででででっ!?」


「あっはっはっ」


 すっかりご機嫌になった琴音は、「トリックアトリート!」ともう一度口にした後、仕事へと戻っていった。



「いやいや、お菓子をあげても悪戯するんじゃん・・・」



 それはもうただの独り言になって詰め所の中を漂うだけになった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 ボランティアの活動が終わり、4人で軽い夕飯を済ませた後に帰宅した。



 風呂を済ませ、ソファーに身体を委ねながら今日の回想にふける。忙しくて大変だったけど、こういうイベント参加は悪いものじゃないな。



 そこでふと、数週間前に俺と川井が話しをしていた会話の内容が過ぎった。確かハロウィンで仮装して騒ぐのはアホだとか、そんな内容だったか。



 あれだけ世間をディスっておいて、当人の俺と川井もちゃっかり楽しんでいるじゃいか。ミイラ取りがミイラになるとはまさにこの事かもしれない。



 いや。俺らはあくまで主催者側としてイベントを楽しんだだけなので、ハロウィンだろうが他のイベントだろうがあまり関係はなかった。つまり、バカ騒ぎをしている連中とはやはりベクトルが違うのだ。



 気がつけば、俺は琴音に抓られた両頬をさすっていた。もともと強く引っ張ってはいなかったので痛みは残っていないはずなのに、なぜかそうしていた。



 次に思い浮かぶのは、過去を語り際に見せた琴音を笑顔。


 もしかすると俺は、あの時の両頬の緩い痛みを思い出したいだけなのかもしれない。あの時の時間に浸りたいと願っているのかも。



 このタイミングでスマホからLINEの通知を告げるアラート鳴った。それも琴音からだから驚いた。律儀に今日のボランティア参加についてのお礼が綴られていたが、トーク画面に表示された誤字脱字文も一緒に視界に飛び込んでくるのでまた笑ってしまった。



 ひとしきりやり取りが終わると、今度は成美から通話がかかってきた。


 通話だと直接顔を合わせるより妙に緊張する現象ってなんて言うんだろう。



「も、もしもし?」


『もしもし、今日はお疲れ様』


「あ、うん、お疲れ様」



 このやり取りは別れ際にさんざんしたので改めては不要だと疑問に思ったが、取り敢えず話しを合わせておくことにした。しかし、それはただの前置きであるとすぐにわかった。




『それはそうと、琴ちゃんといい感じになって良かったね』


「ぶっ」


『あ、動揺した?』


「動揺つーか、急にそんな風に言われて焦っただけだっつーの」


『それを世間では動揺と言うんだよなぁ・・・みつを』


「ポエムっぽく言わないでくれる?それで、何の用?」


『やん、邪険にしないでよ』


「じゃあ変なことを言わないで貰えますか?」


『まぁまぁ、せっかく私達が元の関係に戻れた祝辞を贈ろうを思って』


「祝辞って・・・別に仲違いしてたわけでもあるまいし」



 確かに、と通話越しに成美の笑い声が聞こえる。風に揺れた木の葉が擦れ合うような、穏やかな笑い声だった。


 その聞き心地の良いトーンで、成美は続けた。



『いやね?琴ちゃんが勇気を出して名乗りを上げたから、一応私もって思い至ってこうして電話をしたわけですよ』


「え、それってどういう意味?」


『なんで私がそんな野暮なことを話さなきゃいけないの。自分で考えなさいパンプキンマン』



 今日聞いたばかりの台詞をそっくりそのまま言われてしまう。成美からまた課題を出されてしまった。何か言い返したい衝動に駆られたが、ようやく絞り出したのは取るに足らない皮肉だった。



「元パンプキンマンね。今もう平凡な冴えない地方の学生に戻ったよ」


『そうだね、平凡でもそれでも良いなって思ってる人は意外と多いかもしれないよ?』



 その台詞を最後に、『それじゃおやすみ』と一方的に通話を切られた。


 なんだか嫌な後味が残る台詞だったな。


 それでも今日が充実した一日である事には変わりはない。



 テレビでは丁度報道番組は流れていて、ハロウィンで起こった事件が次々と報じられていた。暴力に窃盗に痴漢。耳をふさぎたくなる内容ばかりだ。



 その数々の事件と、今後の成美と琴音との関わりにどうしてか不穏を抱く俺は、素直にこの言葉を口にすることができない



「HAPPY HELLOWEEN?」

ご拝読ありがとうござました。


連載中の作品の更新が止まっているのに何短編を執筆してんだ、というの指摘は無しでお願いします・・・・

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ