零
俺は、死んだ。
トラックに跳ねられて。
馬鹿みたいな人生だった。
結局、親孝行の一つも出来なかった。
苦節五年、漸く見つけた就職先。
嗚呼、あと少しだったのに。
そんなことを未練たらたらに考える。
最期に人を助けた……んだと思う。
何故かまだ意識はある。
これは所謂黄泉の国、という奴だろうか。
いや、それよりか跳ねられて死ぬまでの間の幻覚の方が現実的だ。
やり残したことばかりだ。
蜘蛛ですが、なにか?は完結してないし。
就職も親孝行も出来てない。
俺を馬鹿にした奴等を見返すんだと意気込んでは、結局自分の無力さを痛感するだけ。
何時しか諦めていた。
力が欲しい。
何者にも負けぬ力が。
突然、視界が開ける。
事故直後のような映像だ。
俺の死体が見える。
その腹部が動いてないのを見て、「あ、俺死んだんだ。」と云う感想を抱く。
助けた相手は……無事だった。
良かっt……
嘘だろ。
自分が死んだことはまだ受け入れられる。
ただ、これだけは、
これだけは到底受け入れることなど出来ない。
誰か否定してくれ。
目の前のこの光景を、嘘だと言ってくれ。
一言で良い。
嘘だと、その一言で報われるんだ。
これが、自分の命と引き換えか?
自分の命は、この程度の価値だったのか。
死にたい。
いや、もう死んでるのか。
こんな現実は観たくない。
やめてくれ。
嘘だ。そんなはずはない。
俺は、俺は……
なぁ、頼む。
嘘だと言ってくれ。
「現実だよ。」
嘘だ。
嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!
こんなはずない!
こんな事、こんな事は……
「嘘じゃない。
君の助けた少女は当たり屋だ。
ほら、今も邪魔をされたとしか思っていない。
君が命を掛けて得た光景だ。」
なぁ、頼むよ。
嘘だって言ってくれ。
それが駄目なら、せめてこれ以上何も見せないでくれ。
「分かった。
これ以上見せるのは止めよう。」
ありが……とう…。
「却説、話を始めようか。
君は、誰かの命を救うために死んだ。
よって、君には権利が与えられる。
転生の権利だ。」
いらない。
生きてたって良いことなんてない。
このまま、死なせてくれ。
「駄目だ……いや、無理だ。」
なんで?
なんで死なせてくれない?
「この世界にはルールがある。
エントロピーは増大しなければならない。
人が人の命を助けたとき、労力に対し対価が上回る。
だから、こうやって転生させることでエントロピーを増大させているんだ。」
わけがわからない。
「君が分かる必要はない。」
冷たく突き放すような声だった。
「君は、他の世界に勇者として召喚される。
但し、勇者とは言っても体の良い兵士、いや、"兵器"のような扱いだ。」
なんで……
「君には幾つか特典がつく。
その世界の言語の読み書き、発音、聞き取り能力。
そして、君には考える時間をあげよう。」
考える時間?
「ああ。
君が考え事をする時間だ。
その能力を使うと、時を止めたり動かしたり出来る。
時を止めている間、誰も動けない。
勿論、君もだ。
そして、時を止めている間、君以外は意識がない。
時を止めている間は腹も減らないし疲れない。
考え事をする時間だ。
但し、この能力は連続三時間しか使えない。
それと、一度使ったら一時間のクールタイムが必要だ。」
悪い能力では……無いと思う。
あくまで補助程度にしかならないが。
「それじゃ、いってらっしゃい。」
こうして、俺の異世界ライフは始まった。