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三つの願い

作者: 虹岡思惟造

PART Ⅰ

 危ないところを助けてくれた S 夫妻に対しペタン星人と名乗るその宇宙人はお礼に、三つの願いを叶えてあげると申し出た。ある宗教の熱心な信者である夫妻は、相談のうえ、人類すべての為に、この願いを活かすことにした。その志は誠に崇高なものと言いたいが、実際は人類を救済したとして救世主におさまり、自分たちの宗教を全世界に広めたいという野望が根底にあったのだ。

 夫は人類に「自由」と「平等」と「平和」の三つがもたらされることを願うべきだと考えた。妻は人類から「病気」と「餓え」と「貧困」が無くなることを願うべきだと考えた。そして互いに自分の考えの正当性を主張し、相手の考えを非難した。夫の言い分は「病気」や「餓え」や「貧困」が無くなるに越したことはないが、それらが無くなっても人間は真の幸せを得ることは出来ない。本当の幸せは「自由」「平等」「平和」な社会によって初めてもたらされるのだというものであった。一方、妻の言い分は、世の中が本当に「自由」「平等」「平和」になってしまったら、やりたい放題、しほうだい 、悪平等に太平楽と人間を堕落させるばかりである。「病気」「餓え」「貧困」の撲滅こそ人類の悲願であるというものであった。互いの非難合戦は中傷、誹謗へとエスカレート していった。

「病気や餓えや貧困が無くなってしまえば、人類は増加、また増加。地球はじきに人であふれてしまう。そうなりゃ、人類の破滅だ。だから即ち、そういう訳で早い話が病気も餓えも貧困も人類にとって必要なのだ。神が我らに与えたもうものなのだ。それも弁えず、無くしてしまえなどとは、もっての外、神をも恐れぬ不届きもの、えーい頭が高い下がりおろう。」

と夫が大声で見栄をきれば、妻がすかさず反撃する。

「自由で平等で平和な社会になったらどうなると思うのよ。私たち救世主として崇めてもらえなくなっちゃうじゃないの。それどころか、そんな社会になったら宗教そのものがいらなくなってしまうわよ。そんなこと神がお許しになると思うの。あー、貴方っていう人はなんて大それたことを考えるのかしら。神をも恐れぬその所業、悪魔に食われて地獄に落ちるは必定じゃー!!」

妻は口から泡を飛ばして目を剥いている。神懸かりの状態である。もうこうなると互いに意地になっているから、頑として自分の主張を譲らない。しばらく非難の応酬が続いたが、妻のあまりの強情さにうんざりした夫は、

「あー、妻というものがもう少し夫に従順であってくれればよいのだがなあ。」

と、溜め息まじりに言えば、極度の興奮状態から覚めて今は虚脱状態にある妻は

「夫はもっと素直に妻のいうことを聞くべきよ。そんな世の中にならないかしら。」

と力なくつぶやいた。

「アノー、モウシワケアリマセンガ」

部屋の隅の椅子に座って三つの願いが決まるのをじっと待っていた宇宙人が痺れを切らして二人に声をかけた。

「ワタシ、モウスグ、コキョウノペタンセイニカエラネバナリマセン。サッキノフタツノネガイ、モウカナエマシタ。ダカラモウヒトツノネガイ、ハヤクキメテホシイノデス。」

「さっきの二つの願いだって!!」

二人は同時に声をあげた。

「アナタハ、ツマガジュウジュンニナルコトヲ。オクサンハ、オットガツマノイケンヲキクコトヲネガイマシタ。」

「そんな願いはした覚えはないぞ。」

「そんなこと嘘よ。」

夫と妻は口々に叫んだ。

「ウチュウジン、ウソツカナイ。」

「それじゃ、その願いは取り消してくれ。」

「スデニカナエテシマッタコト、カエラレナイ。フクスイボンニカエラズ、コレ、ウチュウノフヘンテキルール。」

あまりの事態に動転した二人は、またもや責任を相手になすりつけようと、中傷、誹謗、罵詈雑言の限りを浴びせ掛けた。そのうち妻が一向に従順になっていないことに気付た夫が宇宙人に向かって言った。

「私の願いは、全然叶えられていないじゃないか。やはり宇宙人は嘘吐きだ。」

妻も夫がちっとも自分の意見を聞いてくれないので

「ほんとにそうよ、私の願いだってかなえてくれていないじゃないの。」

と宇宙人に噛み付いた。

「フタリノネガイ、タシカニカナエタヨ。タガイニ、アイテガ、イウコトキクヨウニネ。デモコレ、プラストマイナス、イコールゼロ。スナワチ、チャラッテコトネ。」

「そんなのペテンだぁー。」

「ノー、ワタシ、ペタンジン。」


とにかくすべては後の祭りと悟った二人は、まだ一つの願いが残っていると、互いに慰めあうも、口からでるのは愚痴というもの。

「人類にとって、大事な願いを二つも失ってしまうなんて、あー、私って、なんて馬鹿なんでしょう。自分がつくづく嫌になったわ。」

「まったくだ。恥ずかしい限りだ。神に対しても、人類に対しても顔向け出来ないよ。穴があったら入りたいものだ。」

夫の言葉に、頷く妻のしぐさを見て、宇宙人はつぶやいた。

「ヤレヤレ、ミッツメノネガイ、ヤットキマッタネ。ソレニシテモ、コンドノネガイ、フタリノイケンガピッタンコデヨカッタヨ。サテソレデハ、ネガイヲカナエテヤルトスルカ。」


PARTⅡ

  F氏は、ひょんなことから、宇宙人を助け、そのお礼として、三つの願いが叶えられることになった。どんな願いにするかは、慎重の上にも慎重を期さなければとF氏は思った。こんな機会は二度と無いだろうし、ソーセージを鼻からぶらさげるような愚かなことは絶対に避けるべきであった。しかしあまりゆっくりと考えている時間はなかった。宇宙人は明日、故郷の星に帰ることになっていたのである。

そんな訳で、夜の更けるまで願い事の検討を続けていたが、老齢のうえに肝臓 を患っており体力を消耗して、考える気力も失せてしまいそうであった。そこで、とりあえず第一の願いとして、若々しい健康な肉体を叶えてもらうことにした。

たちまちにして、みずみずしい活力を得たF氏は、その体力にものを言わせて、あと二つの願いをエネルギッシュに考えだした。だがどれも、満足のゆくものは思い浮かばなかった。それというのも、身体は若く健康でも、肝心の頭脳の方がごく平凡なものに過ぎなかったからである。最善の願い事を思い付くためには、優れた頭脳を持つにかぎると悟ったF氏は、第二の願いとして、彼の宇宙人と同レベルの頭脳を授けて貰うことにした。

その願いが叶えられるや、F氏の容貌は一変し、その瞳は深い湖のような光をたたえ、威厳と慈悲に満ちた仏像のような表情になった。若く健康な肉体と、宇宙最高レベルの頭脳をもって、第三の願いを何にするか考えようというのである。F氏は、しばし瞑想した。するとごく自然に宇宙普遍の真理を悟ることができた。それは素晴らしい喜びをF氏にもたらしたが、一方では、地球の置かれた悲惨な状況をも知ることとなった。弱肉強食の食物連鎖は地球だけの残酷な仕組みであり、他の宇宙の生命体は、全てが平和的で優しさに満ちていたのだ。地球が地獄そのものであることを認識したF氏は、地球上の生物がなんとも憐れで、胸が締め付けられる思いであった。そこでF氏は、地球上の生きとし生けるものすべての魂の救済を願った。

すると、たちまちF氏の姿はかき消えて、光り輝くガス状の物質になって宙に拡散した。



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