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竜の丘の茶藝館  作者: 小津 岬
第十一話
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竜を断つ者・前編(四)

(せい)、しばらくだな! どういう風の吹き回しだ」

 旧友の伊堂(いどう)は喜んで東青を迎えた。奥の部屋から「まあ、本当に青だわ! どうぞ上がって」と寿里(じゅり)が笑顔をのぞかせる。

「急に邪魔して悪いね」

 東青は、恐縮しつつ友人夫婦の小さな住まいに足を踏み入れる。彼の姿をてっぺんからつま先まで見回した伊堂は、

「ひどい格好だな。この前はあれだけ決まってたのに」

と遠慮なく言い放ってから茶の仕度を始めた。

 ふたりが婚礼を挙げたのは、昨年の秋のさなかだった。正装でやってきた東青は見違えたようで、「青が、髪を…… まともに結ってる」「どこにも土がついてないわ」と新郎新婦は目を丸くしたものだ。

「あれは幻だったと思ってくれ。寿里、身体は大丈夫かい? 大事なときにごめんよ」

 彼が詫びると、彼女は目立ちはじめたお腹を嬉しそうにさすった。

「まったく順調! 両親も近くにいるし、うちの人が色々手伝ってくれて。あんまり楽をして申し訳ないくらいよ」

 ゆるく編んだ髪を垂らす寿里はすっかり母親の顔をしている。かたわらの棚に安産祈願のお守りが飾ってあり、その中には東青が贈ったものも見えた。

 騒々しく茶を運んできた夫君が口をとがらせた。

「放っておくとなんでも自分でやっちまうんだぜ。初産だから大人しくしてろって言ってるのに」

「あなた意外と心配性なのよね。学生のときは思いもしなかったわ」

 仲睦まじい様子に、東青は少しのあいだ旅のことを忘れて微笑んだ。

「もう日暮れだし、泊まっていくんだろ? 俺の飯を食えよ」

と、気のいい伊堂が肩を叩く。しかし東青は彼を押しとどめ、真剣な面持ちで話し出した。

「すまない、あまり時間がなくて。じつは寿里に頼みがあって来たんだ」

 皇宮博物荘に行きたいのだと明かすと、二人は驚いた。

 首都の真ん中、皇家の城のそばにある宝物殿は年に数回しか公開されない。しかも、一般庶民は特別に招かれた者か、厳しい審査を通った者しか入ることができないのだ。季節はずれに飛び入りで向かう場所ではない。

 だが、東青の様子を察した寿里は、

「国院の先輩で、その方面の部に移った方がいるの。すぐ紹介状を書くわ」

(すずり)を準備しはじめた。彼女は国立研究院を辞してしまったが、世話になった数人とは交流が続いていたのだ。

「ありがとう、寿里……」

 心から礼を告げた東青は、成り行きの読めないまま二人を見くらべる伊堂にも「堂、恩に着るよ」と頭を下げる。

「どうしても必要なんだ。ある人を助けるために」

 そう告げた友の表情に、伊堂はこれまでになかったものを感じ取った。

 いつかの五月を思い出す。あの夜、寿里と卒業以来の再会を果たした。そしてみずからを責めて泣く寿里のとなりで、この先ずっと彼女を守ろうと決めたのだった。

 今の東青も、そのときの自分によく似た顔をしている。

「青、お前……」

 思わず喜びかけた伊堂だが、なにやら事情があるらしい。祝福するにはまだ早そうだと気を引き締め、挑むような顔つきで相手の胸をドンと突いた。

「守り抜けよ。お前ならできる」

 かつての東青なら「くすぐったいなあ」とでも笑っただろう。しかし今は違う。彼は決意を込めて口を結び、精悍なまなざしでうなずいてみせた。


 俺ってやつは、自分がこんなに未練がましいとは思いもしなかった。

 牙骨丘から少し離れた山の上に、鳳たちの(さと)がある。窯元から立ち上る煙を見つめ、早矢は老木の枝に腰を下ろしていた。

 空や地上を行き交う仲間たちはみな楽しそうだ。歌って踊って、食べて飲んで…… 限りある生を好き勝手に謳歌(おうか)するのが鳳流。そしてその生き方は、妖と人間は手を携えることはできないという根強い考えにつながっていた。

「人と我らは違う、違いすぎる。こっちは飛び向こうは歩く。足並みなんて揃うもんか」

 みんなが口々に言う中、早矢は少し浮いた存在だった。

 確かに人間の暮らしはせせこましく面倒くさそうだが、そこで生み出される物は違った。焼き物でも建物でもなんでも、時に繊細で、かと思えばびっくりするほど大胆で、飽きっぽいはずの早矢を惹きつけてやまなかったのだ。

 こりゃあ面白い、もっとあちこち見てやろう…… そうやって人里を回るうちに、いつしか友と呼べる人間を持つまでになった。

 そして、茶藝館を見つけたのは、その友人を失ってしばらく経ったころだった。

「ようこそ、おいでませ!」

 店を始めたばかりだという姉弟は緊張しながら鳥男を迎え入れた。ふたりの幼さを前に、早矢はこりゃおままごとかなと密かに苦笑したものだ。

 だが、出された茶を口にして考えを改めることになる。まったく適切な温度で、茶葉の香りを引き立てるよう、ていねいに。ロクハとリリンの真摯(しんし)な思いがその一杯に宿っていたのだ。

「主どの、主どの。お代わりをくださいな」

 彼がそう言うと、少女は「はいっ!」と花が咲いたように笑った。のれんからこっそりのぞいていた弟も嬉しそうだったのをよく覚えている。

 ひとつだけいただけなかったのは茶碗の趣味だ。それから早矢は、お節介を承知で様々な器を運び込むようになった。茶器だけでなく皿や壷も、あの店に合うと思ったものはなんでも。

 ロクハはどれも喜んで受けとった。無頓着なわけではなく、彼女の好みが早矢と近かったのだ。いただけなかった茶碗は、妥協のすえ間に合わせに用意したものだったと主は白状した。

「これは一輪挿し? ちっちゃくて可愛い、卓にお花を飾ろうかなあ」

「素焼きだからなんでも映えるやな。俺は枝葉だけでも好きだね、渋くて」

 仲良く話し込む二人の後ろで、リリンが「お前、案外じじむさいな」と呟く。お子様にはちっと早いねえ、とからかえば少年がむきになり、軽口の応酬が始まる……

 ささくれ立っていた早矢の心は、少しずつ安らぎを取り戻していった。

 その変化にいち早く気づいたのは乙矢だった。

「兄者、なんかいいことあったでしょ! 楽しみのひとりじめってのは罪なのさ」

と、あんまりうるさいので茶藝館を教えてやったらば、いつの間にか彼女が店に座っていることが増えた。それまで外界に興味など持たなかった妹が、である。

「あれ兄者、また来たの?」

「そりゃ俺の台詞だや」

 なんだかんだ言いながら、二人は郷の楽しさとは異なる満ち足りた時間を過ごしてきたのだった。

 その店はもう閉じてしまった。しかし、彼は煮え切らない思いを抱えたままだった。なんたって俺は(まご)うことなき鳥頭。大事ななにかを見落としてやしないか?

 冷たさの残る風が、翼と髪を吹き上げた。

「……あ」

 と、同時に思い出したことがある。昨日、牙骨丘を訪ねたときにリリンが呟いていた。(せい)の字が一生懸命になっていて、南で山が消えたかもしれなくて、それからええっと、なんだった?

「兄者、どこ行くのっ」

 慌てて飛び立った兄を見とめ、乙矢が後を追おうとした。彼はそれを制し、

「青の字の遺跡! お前は店を頼む、なにかあったら知らせろ」

と鳥に姿を変える。

「なんか思いついた!? 教えてってよ!」

「わからねえけどとにかく飛ぶっ」

 必死な言葉を残した早矢は、南へ向かって強く羽を打った。

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