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竜の丘の茶藝館  作者: 小津 岬
第十一話
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竜を断つ者・前編(三)

 旅は、思いがけず長引くことになった。

 まずは謎の塚をあらために南岳に向かった東青だったが、これといって新しい発見もなく、意気込みとうらはらに成果は思わしくなかった。ふもとを中心に聞き込みをしても人々は首をかしげるばかり。

「留爪丘? ドラク、何……? いやあ、聞いたことありゃせんわ」

「このへんの地形が変わったってことはないと思いますよ。大きな災害なら記録が残りますからねえ」

 連日の空振りにあいながら、東青はあることに気がついた。

 消失したのが四、五百年以上前だったとしても、留爪丘という山の存在は不自然なほど伝わっていないのだ。翼ある竜にしろ、説話で示されたことはごくわずか。こういう姿で現れたというだけで、その後に起きた具体的な現象についてはまったく確認できなかった。

 これはまるで、誰かが隠してしまったようではないか。

 雲をつかむような調べものを続けるうちに、南で年を越した。もう一度たがいの考えをつき合わせては、という漠先生の提案にしたがい、東青は二月(ふたつき)に届きそうな調査をひとまず切り上げることにした。

 その帰路で久しく訪れていなかった実家に足を伸ばしたのも、先生の(ふみ)ですすめられたためだった。

「はい間に合ったわ、普段のご飯だけど」

 母がほっとしたように、しかし嬉しげに皿を並べる。懐かしい味を囲みながら東青は迷っていた。

 打ち明けるか否か。この旅の目的と、それにくっついたもう一つのことを。

 実は、父の心配は当たらずとも遠からずといったところで、農地管理の仕事はしばらく休ませてもらうことになっていた。

 長い旅のために休暇が欲しいと頭を下げたとき、土地の組合長は、

「つ、つらいことでもあったのか、大丈夫か。必ず帰ってくるんだろうね」

と何度も尋ねてきた。本当の理由を言うわけにもいかず、傷心の旅ではないと分かってもらうのにずいぶん苦労したものだ。

「今年は風信子の評判がいいのよね、父さん」

「うん、青色がよく売れてる。お前の色だなあ、(せい)

 のんびりと会話する二人をじっと見て、彼はやっと決めた。両親の心をいたずらに煩わせるのはやめよう。何もかも話すのはすべてが無事に済んだ時だ。

 故郷の町から先生のいる八束守(やつかしゅ)へ戻ろうと思っていた彼だったが、ふとしたひらめきで進路を変えた。

 きっかけとなったのは、かつて使っていた部屋に残されていた子ども向けの物語集だった。戦乱の英雄たち、世をよくした賢者や領主…… 小さな行灯の明かりを頼りに懐かしんでいたとき、竜という字が目に飛び込んできた。

「これは…… いや、違うか」

と本を閉じかけた彼だったが、少し考えてふたたび開きなおす。

 それは国の成り立ちの説話で、この地で暴れていた二頭の竜を退治した者が初代皇帝となった、というごく短いものだった。

 ただしこれは一般的な“翼のない竜”にまつわるもので、雨月川(うげつがわ)井筒川(いづつがわ)、二本の大河の治水を例えたにすぎない。どこかの伝承で通常の竜と混同されている可能性は漠先生も言及していて、この説話についてもすでに検討していた。

「“国つくりの竜殺し”に関しては裏づけがある。現王朝が成立した際、大河に想を得て作られたという記録がたしかに残されているんだ」

 東青は納得したし、あのときはまだ南岳に大きな期待を寄せてもいた。しかしそちらが上手くいっていない今、彼の衝動は止められなくなった。

 説話の中の二頭の竜。そして牙骨丘と留爪丘という二つの山。数は合致する、ここに少しでもつながりはないか?

「首都だ」

 布団の上に座り、東青は呟いた。

 このまま首都へ行こう。そこには皇宮博物荘(こうぐうはくぶつしょう)がある。この国ゆかりの宝物を収めた、まさしく史料のかたまりである場所。国の始めの物語、その陰に翼が見えるかもしれない。

 彼はにわかに元気を取り戻した。次の行き先は皇帝のお膝元だ!


「ああもう、忌々しい!」

 みずからの占い(どころ)に陣取った冥狐は、相を見た札をばらまいた。読もうとしているのは牙骨丘の姉弟の運命だったが、どれだけ占っても最後に手にする札は同じ。灰色の九番、すなわち“終末”。

 彼女は薄明かりの中で美しい眉をひそめた。

 あたしは黙って送るしかできないというの? 大切な大切なお友だち、姉さまとリンさんを……

 冥狐が茶藝館に行きついたころ、リリンの年格好はすでにロクハを追い越していた。しかし並んだ姿は一対の人形のように可愛らしく、彼女はつい二人の世話を焼いては少年に煙たがられたものだ。

 もといた土地を離れてから人との親密な関わりを避けてきた冥狐だったが、なぜか姉弟のところへは足しげく通うことになった。

「人恋しかったんだろ、狐の(ねえ)さんよ」

 (ひょう)々と笑ったのは、知り合って間もない(おおとり)の早矢だ。

「まさか。ここのお茶が美味しいからですわ」

 内心ぎくりとしながら、つんと顔を背けたのを覚えている。鳥男は「俺と一緒だやな」と呟いたが、はたしてどちらのことを言ったやら。

 それから乙矢と玄とも顔を合わせ、茶藝館での交流は続いてきた。女三人の止まらないおしゃべり、それに呆れるリリン。早矢の軽口に乗り、玄から海と酒の話を聞く。あの不思議な場所にいれば孤独ではなかった。

 乃鞠(のまり)の町に居をかまえた彼女は、あちこちの菓子屋をのぞくようになった。次はどれをお土産にしようか。季節に合わせていろどりも華やかに……

「冥狐、あいつらが気に入ったか。えらく可愛がってるようだが」

 牙骨丘からのとある帰り道で玄が言ったとき、その声色にためらいを感じとった。狐の勘がよくないことだと告げていたが、彼女はきりっと顔を上げた。

「あたくし回りくどいのは嫌いですの。はっきりおっしゃって」

 玄は痛ましげなまなざしを向ける。強がりが見抜かれても彼女は虚勢を張りつづけた。そうしていればなにを聞いても耐えられる気がしたから。

 それに、北での過去に比べれば、どんなことだって……

 思い出から立ち返り、冥狐は散らばった札をぼんやりと眺めた。

 妖としての力は、彼らの中で玄が一番強いものを持っている。その玄が最後の茶会の前にこう言った。

「手は尽くした。あとは…… 見守ろう」

 本意ではないだろう。が、牙骨丘に満ちる大きな力と、それを飲み込もうとしているあまりにも強靭(きょうじん)な運命が、彼の目には嫌というほど見えていたのだ。

 そのころにはもう、異を唱えることなどできなかった。みんなで道を探した、けれどここまで来てしまった。言ってしまえば外野であるあたしたちがもがけばもがくほど、姉さまとリンさんは苦しむだろう。

 これは諦めというのかしら。

 床の上の札になにげなく手を触れたとき、彼女の耳にサラサラと軽やかな音が届いた。これは葉ずれの音、懐かしい柳の葉の鳴る音だ。

 そうと理解した瞬間、かつて毎日眺めていた景色が視界を奪った。柳に囲まれた平野、傾いた小屋の前に誰かが立っている。今、ふり向いた……

「どうした、弱気になって。冥らしくないぞ」

 琥珀(こはく)色の瞳が笑った。

「……善也(ぜんや)さん!」

 自分の声でわれに返った冥狐は、慌てて狭い部屋を見回した。うすい仕切り布に白日が躍っている。古びた板壁に小さな文机、ここは間違いなくあたしのちっぽけな城。

 長いあいだ呆然としていたが、やがて彼女は微笑んだ。

 執念深さは狐の信条。かつてそれを忘れたとき、あたしは掛けがえのない人を失った。無様に(わだち)を踏むのはごめんだわ、と切れ長の両目が光を取り戻す。

 さあもう一度はじめから。まだどこかに隠れているはず、あたしの気づいていない切り札が。

「きっと上手くやります。見ていて」

 幻に向けて呟くと、冥狐は床に散った札を集めはじめた。

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