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竜の丘の茶藝館  作者: 小津 岬
第十一話
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竜を断つ者・前編(二)

 前ぶれなく現れた息子を見た父親は、

「……職を追われたのか?」

とこわごわ尋ねてきた。わが身の信用のなさに東青はがっくりうなだれた。

「少し早く休みを取ったんです。年始に来られなかったので、顔を出そうと思いまして」

 家の奥から「あらまあ、ご馳走の仕度なんてしてないわよ」と能天気な声が聞こえてくる。廊下を通りかかった母は、どこかに届けるらしい風信子(ふうしんし)の鉢を両手に持っていた。

 東青の父は腕の立つ庭師としてあちこちの邸宅に通うかたわら、家で育てた花卉(かき)を売っていた。そこかしこに鉢や苗があふれる光景は、彼の幼いころからまったく変わっていない……

 どころか、悪化している。私塾を開いていた几帳面な祖父が世を去ってから、植物の侵食は加速していた。彼に可愛がられていた東青としては多少複雑である。

「坊ちゃんじゃありませんか! お久しぶりですなあ」

 嬉しげな顔をのぞかせたのは、長く父の下で働いている老人だ。ようやく歓迎された気持ちになり、東青は笑みを浮かべた。

平司(へいじ)、元気そうだね」

「はいはい、それはもう…… ところで、どちらにいらっしゃるんですかな」

 小柄な老人は、伸び上がって彼の背後をのぞき込んだ。東青が「ん?」と聞き返すと、平司は困惑して言った。

「坊ちゃんのお相手ですよ! ご挨拶にいらしたんではないのですか? この老い先短い身、あとはそれだけを楽しみにしているんですがなあ!」

「…………」

 笑顔のまま固まった東青を、父が「やっぱり仕事がなくなったんだろう、大丈夫か」と小声でせっついてくる。

「大変、椎茸しかないわ」

 (くりや)をかき回す母の声がとどめとなり、東青は戸口に立ったまま気の抜けたため息をついた。

 道を探す。

 そう約束してリリン少年と別れたのは、もう昨年のことになる。真冬の旅路をものともせず、彼はすぐさま漠先生のもとへ向かった。

 牙骨丘に竜がやってくるという突拍子のない話を、先生は落ちついた様子で聞き終えた。

「そうか、あのときの少年のお姉さんが…… 君はその人を救いたいのだね」

「はい。どうか、先生のお力をお貸し下さい」

 悲痛な願いに、老人は力強くうなずいて彼の手をとった。

「竜の存在が確かなものならば、これまでの調査の見方も変わる。意外な手がかりが隠れているかもしれん、いちから見直してみようじゃないか。わしの時間はたっぷりある」

 漠老人は秋ごろに足の骨を折ってしまい、官立学院での講義を年内いっぱい休むことになっていたのだ。その日から、二人は首っぴきで資料を当たり始めた。

 快く東青を泊めてくれた夫人は、並んで紙の束に埋もれる彼らを見て「息子がいたらこうなっていたかしら」と笑った。

 そうして出た結論は、やはり南だった。

 数百年前に消えた留爪丘。それと同じことが牙骨丘に起ころうとしている、という東青の意見に、先生も同意した。

「山とともに消えた民の中に、ロクハさんのようなさだめを背負った者がいたかもしれない。まずは、あの塚や周囲を詳しく調べるべきだろう」

「南岳へ行きます、すぐに」

 勢いよく言った瞬間、東青の旅は始まった。

「くれぐれも気をつけてな。わしも供ができたらよかったのだが……」

 老人はいまだ癒えきらない足首を恨めしげに見やる。洗い物を抱えた夫人が、

「小魚を食べないからですよ、あれだけ言っているのに好き嫌いして!」

と膨れっ面で通りすぎていった。


 玄が訪ねていくと、茶藝館だった平屋の中にはロクハがぽつんと座していた。

 このごろは妖の誰かしらがくだを巻きに来ていたのに、珍しいことだ。しかし今日の用事を思えばかえって都合がいい。

「玄さん、ちょうどよかった! 今、お茶淹れてたの」

 ひとつだけ残した卓からいそいそと立ち上がる少女を、ひげ面の男は押しとどめた。

「おもてなししなくていいんだぜ。手酌(てじゃく)でいただこう」

「それじゃあお酒みたい。本当に好きなのね」

と笑ったロクハを、彼はしげしげと眺めた。

 最初に出会ったとき、この子はもっともっと小さくて、自分の年を「ななつ」と言っていた。それから長い年月がすぎたはずだが、今の彼女はどう見ても十二、三あたり。育ちのほどはとっくに弟に追い越されてしまっている。

 しかし、ゆるやかな身体の成長に反して、彼女の精神は着実に成熟しつつあるようだった。

 その証拠があいつだ、と玄は東青の穏やかな顔を思い浮かべる。彼自身はたった二回しか会っていないものの、あの青年とロクハが深く惹かれあっているのはよく分かっていた。

 年明けからいきなり雪が少なくなった、と喋っている旧知の少女へ、玄はさりげない口調を装って尋ねた。

「東青は、いいのか」

 しばらく黙っていたロクハは、やがて大きな瞳をまっすぐに向けてきた。少し眉を寄せ、諦めたような笑みを浮かべて。

「……会ってしまったら、揺らぎそうで」

と小さく呟く。

「玄さん、秋のお祭りを覚えてる?」

御山祭(みやまさい)だな。ありゃあ、なかなか忙しい一日だった」

 彼は遠い目をしてうなずく。

「あのときも、お呼びしていなかったの。でも東青様は来てくれて、びっくりしたけれど嬉しくて…… みんな一緒にお茶ができて、本当に楽しかった」

「最後の思い出にはぴったりだ、ってか?」

 からかい半分のだみ声だったが、彼に似合わない寂しげな色を帯びていた。

「お前さんが決めたならいいんだ。だがよ、気が変わったならいつでも言いな。亀だって人を背負って走るくらいできる」

 言葉はなかったが、ロクハはこくんとうなずいた。

 ふたりは仲良く押し黙る。窓から差す冬の光は弱々しくも温かい。なんだか景色までしょんぼりしてやがる、と玄が葉の落ちた(こずえ)を眺めていると、ロクハが急に声を上げた。

「そうだ! 私、玄さんのそういう話聞いたことない!」

「は、はあ!? なんだよそういう話って。ないない、あるわけない!」

 矛先をひっくり返された大亀は慌てて手を振った。少女は少し意地悪そうな目つきでじっと見る。

「……赤くなってるよ?」

「なってねえって! そういう顔はリリンそっくりだな。似なくていいぞ、そんなところ!」

「誰に似なくていいって?」

 はっきりとした声が届き、玄はぎょっとなって廊下をふり向いた。背負い籠を足もとに下ろし、開けた戸にもたれかかって、まさにそのリリンが立っている。

 リリンちゃんお帰り、とロクハが手を挙げた。姉さんただいま、と少年がにっこり笑う。

 ……はさまれた。

 玄が冷や汗をたらしたところに、リリンがひっそりと歩み寄る。

「なんだか面白そうな会話が聞こえたなあ。さあ玄、“そういう話”を続けてもらおうじゃあないか……」

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