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竜の丘の茶藝館  作者: 小津 岬
第九話
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御山祭より(五)

「ここだと思ったんだ、まったく」

 渡り廊下から顔をしかめたリリンが下りてくる。

「リリンちゃ、じゃなくてリリン、こちらはね……」

「律曹王子だろう」

 王子は、突然現れた少年を驚いて見上げていた。ロクハをふり返ると、すこし照れながら「弟です」と言う。

 ちっとも似てないじゃないか、と律曹は思った。それに、弟にしては大きすぎる!

 少年のくっきりした目は、いつか観せられた古典劇の面にそっくりだ。悪霊をはらう神様の話だったが、仮面が怖くて泣いてしまい恥ずかしい思いをした。

 なんとなく敬遠したい感じの少年は、律曹を見下ろすと笑みのかけらもなく告げた。

「従者が真っ青になって捜し回ってるぞ。お前が消えたせいで祭りも始められないありさまだ」

「う、うう……」

 無礼なのに変な迫力、なんだこいつは。数歩下がった律曹をロクハが支える。

「少し休まれていたの。これからお送りするところで…… あら、みんなまで!」

「みんな?」

 気まずさにうつむいていた律曹は顔を上げ、とたんに目を見張った。

 垣根の向こうから大きな鳥と大きな狐が向かってくる。しかも、喋りながら。

「ああ、よかったね! これで一件落着さ」

「下まで届けりゃあな。お前いっつも気が早いんだやな」

「ハヤは兄者でしょ、はっは!」

と騒々しい二羽。ぴょーんと跳んだ金色狐は、「お迎えにあがりましたのよ、王子」とやけにていねいに頭を下げる。

「おう、リリンが的中だな。さすがじゃねえか」

 野太い声を上げてやってくるのは、亀。ただし川亀でも海亀でもない。律曹よりも大きな甲羅を背負い、分厚いひれに立派な爪を生やした、見たこともない大亀だ。

「あ、あれ何!?」

 小岩のような生き物がのしのし近づいてきて、律曹は慌ててロクハにしがみついた。

「玄さんです、私のお友だち。みんなとってもいい人ですよ」

 あれは人じゃないぞと叫ぼうとしたとき、亀の後ろにもう一人いることに気がついた。旅人風の青年は、こちらを見ると嬉しそうに手を振った。

「ねえ、あれもお友だち?」

 そう尋ねたが、ロクハは急にぼうっとなって立ち尽くしていた。律曹は、あの男の真の姿はなんだろうと考えた。

 垣根に伸び上がった狐が、

「さ、あたくしどもが主に代わってお供いたしますわ」

と小首をかしげてきた。われに返ったロクハが「冥狐さん、私も」と言いかけたのを、

「ああら、次のお客人がいらしてますのに」

と旅人に向かって鼻先をしゃくる。

「参りましょう、王子。お付きのおじいさま、たいそう心配なさってますわよ」

「じいや……」

 律曹はハッとして呟いた。急いでロクハをふり返る。

「僕、行くね。お茶おいしかった、とっても!」

 少女が言葉を返す間もなく、なにかを振り切るように獣たちの方へ駆けていく。待ち構えていた大亀が「さあ乗った乗った!」と甲羅を低くした。

「い、いいの?」

「祭りだからな。特別だぜ」

 亀が笑うというのはおかしいが、確かにそう見えた。ロクハの弟が「岩に揺られると痛いぞ」と座布団を放ってくる。とっつきにくそうだったが、案外、気の利くやつかもしれないと王子は思い直した。

 先陣に狐、両脇に鳥をしたがえ、亀の後ろに少年がついての賑々しい出発となった。旅人のそばを通ると、

「どうぞ、お気をつけて」

と穏やかに礼をする。城の近くで飼われている白犬に似ている気もしたが、この客人はどうやら人間らしい。

「さようなら。お元気で、王子……」

 手を振るロクハの姿が見えなくなるまで、律曹は何度も何度もふり返った。


 二人きりになった店の中、東青はそわそわしながら卓についていた。妖たちが王子を送ってくれるのはいいが、なぜリリンまで行ってしまったのか。

 ロクハも同じ気持ちのようだった。彼にお茶を用意して傍らにたたずむと、はにかんだきり黙ってしまう。早々と上った陽が、大きな窓から差し込んでいた。

 それぞれが意を決して口を開く。

「あの祭りに……」

「東青様は……」

 重なった声に慌てながらも、ふたりは笑い出した。東青が恥ずかしそうに首のうしろを掻く。

「前にも、こんなことがありましたね」

「ええ、初めてお会いしたときに。今日は御山祭にいらしたのではないのですか?」

 そう尋ねられ、彼は恩師の研究を手伝いにきたと説明した。漠先生の名を挙げ、怪我をして休んでいると話すと、ロクハは痛ましげに眉をひそめた。

丈灰門(じょうかいもん)のことでお世話になった先生ですね。お気の毒に、さぞご不便でしょう」

「ご本人は気概に満ちていたので、少し安心しましたよ。実は、その調査の一環で少しうかがいたいのですが……」

 そう言いながらも東青はためらった。なんとなく、この少女に竜にまつわることを聞くのはためらわれる。

「はい、私でよければ!」

 笑顔で答えた彼女に、彼は色々な質問を削りとって簡単に尋ねた。

「留爪丘、という地名を聞いたことはないでしょうか。南方の遺跡に記されていたもので、漠先生は牙骨丘に関連していると考えられたのです」

 るそうきゅう、とロクハは顎に手を当てて考え込んだ。東青が緊張して見守る中、彼女は申し訳なさそうに首をかしげた。

「すみません、心当たりがありませんわ」

「いえ、いいんです! 山麓町でも聞こうと、祭りなら人も集まると思ってやってきたんです」

 慌てて言った東青は、ポンと答えを渡されなかったことにこっそり胸をなで下ろしていた。彼女に不思議なものが備わっているのは確かだが、できるだけ自分に近い存在であってほしい。

 リリンにも聞いてみます、と真面目な顔で言うロクハを見ていた東青は、「あ」と小さな声を上げた。

「なにかついてますよ、ちょっと失礼します」

「はい?」

と笑みを返したロクハの頭へ、彼は優しく手を伸ばす。切り髪を留めている細い金属の頭飾り、その横にトゲの実がひっかかっていたのだ。

葈耳(おなもみ)ですね。整地のとき、私も山ほど採ってきてしまいます。なぜか他の人より多くつくんですよ」

 少女の髪から外した実を観察し、彼は楽しそうに笑った。

「あ、あら。さっき王子が乗せたのです…… 私、ずっとくっつけていたのね」

 真っ赤になってうろたえる彼女を、東青はまぶしそうに見つめた。調査の手伝いをかって出たのは本当だが、ここへ来た一番の理由は彼女に会いたかったからだ。

「そうだ、中庭の金柑がよく成っていましたね」

 そう話しかけると、ロクハは赤みの残る頬でうなずいた。

「東青様も、よろしければお持ちになってください。リリンはもう一本増やそうと言うんですけれど、茱萸(ぐみ)も育ってきたので……」

「それはいい。来年は、実がつきそうですね」

 来年。東青のなにげない言葉にロクハは足を止めかけた。しかし気づかれないよう、廊下への戸を開けながら明るく言った。

「ええ、きっと!」

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