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竜の丘の茶藝館  作者: 小津 岬
第九話
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御山祭より(三)

 急ごしらえのやぐらは三度倒れ、結局、祭りはいつも通り行われることになったそうだ。

「慣れないことはするもんじゃないってことさね。あ、リリンどうする、ふもと下りる? (なま)の親王なんてそうそう見らんないよ」

 乙矢の気軽な誘いに、手持ちぶさたにしていた少年は迷っているようだった。勘定台で茶壷を整理しているロクハが、「行っておいで」と優しく声をかける。

「それじゃあ、野次馬してこよう」

 リリンは少し恥ずかしそうに言ったが、仕度を急ぐ横顔は楽しげだ。静かな生活を好む彼にしても、山麓の祭りを見た親王がどう反応するかは気にかかるらしい。

「それがさ、兄者と玄さんってば、親王さんが途中で帰っちゃうかどうか賭けにしてんの。もう冥狐も呆れ顔」

「あの二人がそろうと山が一気に俗っぽくなるな……」

 羽を背負った鳥娘と並び歩いていく姿を、ロクハは微笑みながら見送った。

「さて、と!」

 棚を片づけ終えると、休む間もなく竹ぼうきをひっぱり出す。四方を木に囲まれている茶藝館の入り口前は、少し油断すると落ち葉で埋まってしまうのだ。

 それに、忙しく手を動かしていると、とりとめのない考えや不安を頭から追い出せる。たとえ一時だけであっても今の彼女には空白が必要だった。

 お祭り、晴れてよかったな。

 そう空を見上げたとき、久方ぶりに気配を感じ取った。

 無意識のうちに頭をめぐらせると、ざわざわと(やぶ)をかきわけて男の子が現れた。ひとつ遅れて顔を上げた彼は、彼女を見とめて「わっ!」と立ち止まった。

 ロクハも驚いた。十に届かぬくらいのその子は、見るからに高貴な身なりをしていた。長い上着は上質な厚手の織地で、ふちに銀糸の縫いとりがしてある。中に着こんだ上衣も少しだけのぞく飾り帯も、おそらく最高級の品だ。

 ただし、この時期に藪を泳ぐものの宿命として、全身にトゲトゲの草の実をひっつけていたが。

 そのころ、冥狐と早矢は、人々に紛れて祭りの直前の町をそぞろ歩いていた。翼を器用に畳んで上着に隠した鳥男が、手びさしをして辺りを見回す。

「陛下がいないやね。そいじゃ、賭けは俺の勝ち」

「あーあ。不敬な(あやかし)が二匹もいるなんて、神事の雲行きも怪しいわね」

 ふだんより控えめなお洒落をした冥狐は、緊張と興奮で奇妙な空気に包まれる町を眺め渡した。

 老いた領主と上僧は合戦にでも赴くような顔で話しこんでいるし、昨晩から一行をもてなす大役をおおせつかった宿の主人はすでに疲れ果てていた。その横を、警備に駆りだされた若い衆があわただしく走っていく。

 今年は特別中の特別だとあって、離れたところからも人が訪れているようだ。親王の従者数十人も加わり、小さな町は今までにない大混雑。観衆になにを期待されているやら、責任者たちはいよいよ青ざめた。

 無事に終わるといいけれど、と冥狐が首をかしげたまさにそのとき、彼女の耳が「なんだって!?」という不穏な声をとらえた。

「早矢、あれ」

 声の主を見つけた彼女は鳥男の袖を引いた。従者の一人と、同じく付き人らしい老人が差し迫った様子で話し合っている。

「先ほどまでお部屋に。自分で着替えるとおっしゃるので、戸の外で待っていたのですが……」

「窓から!? そんなまさか…… いや、律王子ならばやりかねんな。ああまったく、なんたることだ!」

 うろたえる老人をつれて、従者は宿の方へ急ぎ走っていった。

「……荒れるかしら」

「うん、だめかも知れねえ」

 冥狐と早矢は、たがいの顔を見合わせた。


「なんだ、ここも古っちいじゃないか! 都のお店ならぴかぴかしてるよ、本当に茶房なの?」

 店に入った律曹は不満げに大声を上げた。ロクハも負けじと声を出す。

「勿論です! ちゃんとお茶を供して差し上げますわ」

 リリンがいてくれたらよかった、と彼女は少しだけ後悔していた。子ども好きなロクハだが、このやんちゃ坊主と一対一では荷が重い。

 片すみの長椅子を目ざとく見つけた彼は、あおむけに寝っころがって「お前、名は?」と尊大に呼びかけてくる。少女は大人しくふり向き、紅の前掛けの上で手を重ねた。

「牙骨丘茶藝館が(あるじ)、ロクハと申します」

「ふーん変なの、短いや。僕は律曹、シュジンキジョウリツソウ!」

 朱、仁軌条、律曹。

 姓と名の間に院号を持つのは、皇族だけ。

 ロクハは絶句した。もしやとは思っていたが、この子は祭りにやってきた親王の息子その人なのだ。

 王子は彼女の心を見透かしたように言った。

「お祭りなんて知らないよ。帰りの馬車が出るまでここにいるもん」

「そういうことなら、なりません。お茶が済んだらお送りします」

 ロクハがきっぱりと告げると、むっとした王子は顔中を口にして叫び出した。

「やだやだ絶対出ないっ! ロクハ、早くお茶をおくれ、僕のどが渇いたんだから!」

 これは収まりそうにないと悟り、主はかまどに火を入れに立った。一転して、上機嫌で店を歩き回る律曹の声が厨房まで届く。

「机も椅子も化石みたいだなあ。ねえ、どうしてお店をやってるの? お前は子どもなのに」

「いえ、私は……」

 子どもという年ではないと言っても信じてくれないだろう。ロクハが答えをためらっていると、

「僕はわかるぞ、親にもらった店だ!」

と自慢げに言い切られた。そして矢継ぎ早に「じゃあ親はどこにいるの? あの小っちゃい町? ねえねえ教えてよ」と聞いてくる。湯が沸くまでに、ロクハはあやうく目を回しそうになってしまった。

 それでも主として客人をもてなさねばならない。あれこれ言いながらやっと席を決めた王子に「お好みの茶葉は、ございますか」と尋ねる。

 一丁前につんと顎を上げた王子は、

泰齢黄樹(たいれいおうじゅ)

と宣言した。超がいくつも付く高級茶葉である。その名を本でしか読んだことのないロクハは、言葉を失って硬直した。

「嘘だってば!」

 彼女の顔色を見て慌てたのか、律曹が急いで舌を出してみせる。邪気のない様子に主は苦笑いしつつも息をついた。

「山の茶屋をおどかさないでください!」

「だって冗談だもん。僕、青茶ならなんでも好き。苦くたって平気だぞ」

 強がりかどうか、小さな客人は椅子の上でふんぞり返った。その肩口に草の実が残っていたので、ロクハは「律曹様、まだ葈耳(おなもみ)が」と摘み取ってやる。王子はトゲに包まれた実を奪うと、

「あげるっ。お花じゃないけど、かわいいよ!」

と、目を点にしている少女の髪にくっつけて、楽しそうに笑った。

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