竜紋玉の約束(五)
「お言葉ながら」
静寂を破ったのは、隣に伏していたもう一人の職人だった。一真よりずっと年配でいかにも熟練者といった様子だ。表情に乏しい顔は粘土細工のようで、風格と同時に底知れなさを感じさせた。
「領主様におかれましては、杜工房に不幸があったばかりなのをご存知でしょうか」
こいつ、何を言い出すんだ!
一真は信じられない思いで職人に顔を向けた。相手は彼の存在を完全に無視して前だけを見ている。
「どういうことだ?」
領主が役人頭へ問いかけた。
「は、杜工房の主は杜将という職人でしたが、十日ほど前に病没いたしました。そこの一真が跡を継ぎましてございます」
「それは気の毒に……」
と眉をひそめた息子を、父が手を振って遮った。
「この剣、その方の手によるものか」
一真は歯を喰いしばり首を横に振った。
「先の主と作り上げました。共に手がけた、最後の作品です」
思わず声が震える。それをかき消すように、隣の男が平然と声を張った。
「私とて職人の端くれ、業を込めた逸品であることは承知しております。しかし遺作でもある物を祝儀の品に加えるのは如何かと思い、進言した次第でございます」
人々がざわめき出した。一真は、男に殴りかかるのを抑えるので精一杯だった。
「杜工房一真よ」
「……はい」
恐々と顔を上げた先に、領主の哀れむような表情が待っていた。
「これはまことに美しい剣だ。杜将とやらも、いずれ名工と呼ばれるはずだったのであろう。お前はその遺志を継ぎ、更なる研鑽を積むがよい。期待しておるぞ」
彼はそっと剣を戻した。決着はついたのだ。一真の瞳に盛り上がった涙が、音もなくこぼれ落ちた。
すっかり片付いた中庭に、一真はぼんやりと立っていた。再び剣の収まった木箱を赤ん坊のように抱いて。
お前あと少しで一等だったのになあ。お役人だって同情してるぜ、ほらこっちを見てる……
一真は目を伏せた。日はすでに頂点を過ぎたが夕暮れにはまだ早い。彼は宙ぶらりんな気分でとぼとぼと歩き出した。
屋敷の門に差しかかった時だった。
「杜工房どの、一真どの」
誰かが小声で呼んでいる。辺りを見回すと、役人の一人が渡り廊下から手招きしていた。何事かと近寄った一真の袖を、彼はせわしなく引っ張った。
「あの、どうかしたんですかい」
「少しお時間頂戴します、さああちらへ!」
役人は、目を白黒させる一真を手近な小部屋へと押し込んで扉を閉めてしまった。不恰好につんのめった彼が「あわわ」というような声を上げると、中に立っていた侍女が笑いをこらえていた。
そしてその先に座しているのは、先ほどちらと見た領主夫人その人だった。
「お、奥方様」
一真はわけが分からないまま急いで頭を下げた。
「顔を上げなさい。もてなしたい所ですが、猶予がありません」
芯のある声。彼女は微笑みこそしなかったが、中庭にいた時よりずっと穏やかな顔をしていた。侍女が一真に歩み寄って告げる。
「その剣をお貸しくださいませ」
言われるままに箱を渡すと、彼女はそれを夫人の傍らの台で解き、白銀の剣をうやうやしく差し出した。夫人がそっと手に取ると、高窓からの光が刃を輝かせた。
しばらくして、彼女は一真へ視線を戻した。
「横やりが入り、残念でしたね」
「ご覧になってましたか……」
一真はどうしていいか分からず頭を掻いた。二人の間に控える侍女が、労るように微笑んでいる。
「遺作であろうと、あの子は気に入っていたでしょうに。夫は何でも自分で決めないと気が済まないのですよ」
そう言って夫人は口の端を上げたが、その笑みはかえって寂しげに見えた。さて、と彼女は居ずまいを正す。
「私の姪が、先ごろ婚礼を挙げました。しかし裕福でもない平民同士の式だというので、私は参列さえ許されませんでした。夫の取り決めで、見栄にこだわった形ばかりの贈り物をしたまで……」
夫人はやれやれと頭を振った。一真は、この堅実な夫人と自信に満ちた領主の姿を隣り合わせてみたが、あまりしっくりこなかった。
「姪もいずれ母になるでしょう」
夫人は慈しむように呟き、正面から一真をとらえた。
「人を育みながら巡る水の姿は、何よりあの子への祝いに相応しいもの。この剣の意匠を、一揃いのかんざしに転ずることはできますか」
思ってもみないことだった。が、一真は即座に答えた。
「はいっ」
「一人きりでも?」
確かに、一番難しい細工は杜将が仕上げた。けれど一真は、誰より近くでそれを見てきたのだ。彼の目の前は一気に晴れた。
「奥方様のご注文、謹んでお受け致します!」




