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竜の丘の茶藝館  作者: 小津 岬
第七話
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我が月を君に(四)

 何なんだ、この集まりは?

 白斗は、目の前に広がる宴席を困惑しきって見まわした。

「道に迷われたのですね。この辺りは似た景色が多いものですから……」

 木戸を開けたちびっ子が大人のような物言いをすれば、

「いまさら警戒してどうする、さっさと上がったらどうだ」

と、やたら気取ったやつが腕を組む。

 なよやかに足を崩していた派手な美人が「お嬢さん、こちらどうぞ」と薫へ手招きした。寝ころがってこちらを眺めている男はなぜか羽を背負って仮装していて、おまけに地味な学士みたいなやつ、とまったくちぐはぐな面子に、白斗たちは顔を見合わせた。

 夕刻、屋敷の裏門を出てでたらめに歩き回る薫を追いかけるうちに、二人は見知らぬ(やぶ)の中に入ってしまっていた。

「……ここ、どこかしら」

 あたりはどんどん暮れてゆき、薫は青ざめた。さすがの白斗も肝を冷やしたが、

「央旗を出ちまったかもしれません。どこかに建物でもあるはず……」

と、なんとか人気(ひとけ)をかぎつけ、この古い平屋に辿りついたのだった。

 簡単に事情を話すと、ちびっ子は薫へと視線を走らせた。

「山道は冷えましたでしょう。店の方でお休みください」

 寒風に吹かれた指先を組み合わせていた薫は、安堵の表情で礼を告げた。派手女もすいっとつれ立って、女性陣が廊下の先へと消えていく。

 思わず追いかけようとした白斗を、気取り屋が引きとめた。

「お前がいたら休まらないだろう、少しは気を回せ」

「なっ、なんだとこの野郎っ……」

 カッとなって詰め寄ったが、相手はちっとも動じず取り澄ましている。俺よりチビのくせにむかつくやつだ。白斗が睨みつけたところに、地味学士が割って入ってくる。

「さあ、君も休憩した方がいい」

「うるせえ!」

 手を振り払おうとしたとき、ずっと寝そべっていた羽男がよいしょと起き直った。

「この世ってやつはね、意地を張っても損するだけなんですぜ。どうせなら得して生きたいやね、誰もかれもだ」

 そう言いながら茶を注ぎ、碗を差し出してくる。ほのかな温かさと優しい香りが広がると、白斗の気勢はすっかり削げてしまった。

 俺も疲れてる。

 そう認めざるを得ず、すすめられた座布団にどっかと腰を下ろす。大人しく碗を受け取ると、彼は長いため息をついた。

 灯かりを入れた茶藝館の中では、新たな茶葉に湯が注がれているところだった。

「では、夕暮れから。長い野歩きになりましたのね」

 冥狐と名乗った華やかな女性は、噛みしめるように呟いた。薫は、小ぢんまりした卓に添えられた萩の小枝をじっと見つめた。

「つまらないことで我を失いました。書生まで巻き込んで……」

「つまらない、とは思えませんわ。ここまでいらしたんですもの」

 斜め向かいに座った彼女が首を振ると、月長石の耳飾りがぼうっと光る。それに目を取られていた薫の鼻先に、ふわりと湯気が漂ってきた。傍らに立ったロクハは、急須をかたむけながら穏やかに話しかける。

「妙なことを言いますけれど。あの書生さん、らしくないですね」

 的を射抜く音が、薫の中で鳴り響いた。彼女は思わず主を見上げる。ロクハは真面目な表情を崩さない。冥狐も、いたわりの気持ちは表せど微笑んではいない。

 不思議と張りつめた空気が、かえって客人の気をほどいた。

「そうなんです、私もずっとそう感じていました。本当にお寺育ちなのか疑っていて。それで、それで彼のことが気になって……」

 うつむいた薫に、冥狐が優しく声をかける。

「あたくし場末の占い師ですけれど、時たまいらっしゃるんです。どういう答えを望んでいるのか、はじめっから顔に出ているお客さんが」

 あなたも、と優雅にみずからの頬を叩いてみせる。

「ご自分の中で、答えは出ているんじゃありません?」

 ロクハがさりげない仕草で茶杯を配る。

「そんなお客さんに、冥狐さんはなんて占ってあげるのかな」

「それはもう、お望みどおりに。こちらのお嬢さんみたいに、あたくしが気に入るお客なら、ですけれど。いかが? 占ってさし上げましょうか」

 彼女は初めて薫に微笑みかけた。飾り立てた外見からすると、意外なほど素朴な笑顔だった。

 しかし、長く考えた末、薫は首を横に振った。とっくに分かっていた心を代弁してもらうのは、とてもずるいことに思えて。

 白斗への疑念は、両親から縁談のことを聞かされた日に姿を変えていた。正確にいうと、その夕方に庭で彼と話をした時に。

「たった今、いいことがありましたよ。薫様が、俺を探しにきて下さった。でしょう?」

 かすかな微笑みを投げかけられて、彼女は湧きあがった答えを抑えこんだ。

 そう、私はあなたを探していた。

 顔を見て、声を聞いて。もっとあなたのことを知りたかったから。

「私、言えませんでした。口にしたらたくさんのものが壊れてしまう。そう思うと怖くて……」

 両手で包み込んだ茶杯から、じんわりと熱が伝わる。静かな緑色の水面にいまにも泣き出しそうな顔が映りこむ。

 ロクハが薫の肩にそっと触れた。客人と目を見交わし、主はある種の荘厳さをもってこう告げた。

「その言葉にふさわしい時が、きっとやって来ます。いつか、かならず」


 むさ苦しい廊下では、男たちがしきりと話し込んでいる。

「使えない書生だな。主家(しゅか)の娘が寒がっているなら、羽織くらい掛けてやればいいものを」

「道が暗かったでしょうに、離れて歩いていたんですか?」

 お前ら黙れよ、と言い返す白斗だったが、先ほどの荒々しさは消え去っていた。確かに、道を探すのに必死で薫の様子に気づかなかった。罪悪感がちくちくと背中をつつく。

「遠慮だって損だぜ、兄ちゃん。せっかく二人きりになったんなら強気で行きゃあいいのさ。やっぱり押しの一手だね、うん」

 羽男はなにか勘違いしているらしく、自分の言葉に何度もうなずいていた。

「ははあ、押しですか」

 なぜか隣の学士が納得しかけ、気取り屋が「お前は引け」と呟く。揃いもそろって平和ぼけしやがって、と白斗は頭を掻きむしった。

 雑な感じの羽男は置いておいて、あとの二人は見るからに育ちがよさそうだ。月光の注ぐ中庭を見ていると、自分がそちら側ではないという事実が今までになく突き刺さってくる。

 黙りこくった彼に声をかけたのは東青だった。

「あのお嬢さんを、好きですか」

 その問いに嘲笑の影などみじんもない。もし俺がまっとうな家に生まれて、まっとうな兄貴がいたなら、こんなやつだったかもしれないと白斗は思った。かっぱらった金が少ないと怒鳴り、盗品を取り落とせば容赦なく蹴り転がしてくる磯の兄貴とは違って。

「ここへ来られたのもなにかの縁です。よろしければ力になりますよ」

 三人分の視線を感じ、白斗は急に縮こまった。

「ごちゃごちゃ言うなって。なにしたって無駄なんだよ、あいつは領主の所にもらわれるんだから。それに、俺」

 言いよどんだ白斗を、リリンの声が後ろから切りつけた。

「書生じゃないんだろう」

「えっ。リリン君、それはどういう……」

 泡を食った東青が、睨みあう少年たちを交互に見る。

「東青、お前はその道を来たのに分からないのか? こんな柄も口も悪い、気の利かない書生がいるものか。事情というより裏があるんじゃないか」

 どうせ不届き者だろう、とリリンが言いかけると、白斗はぎらりと歯を剥き出した。

「ああそうさ、てめえらからしたらゴミのくずだろうよ。だがな、俺は手に入らねえものを無様に追っかけたりはしねえ。それくらいの頭はある。放っといてくれ」

 しかし東青はかぶりを振った。

「なにかを企んでいるなら見過ごすことはできない。でも私はそれ以上に、君を助けたいんだ」

 真剣な顔を見るや瞬間的な可笑しさが弾け、白斗は声を上げて笑い出した。だが、続く言葉は怒りと悲しみに彩られていた。

「助けるだって! 学士の冗談はつまらねえな。適当なこと言いやがって何ができるってんだ、俺を生まれ変わらせてくれるとでも言うのかよ!」

「おう、いいぜ」

 早矢がすんなりと答えたので、三人は驚いて振り向いた。廊下のすみで翼を広げた彼は、いつになく厳しい顔をしている。

「早矢が、考えてる……」

 リリンが信じられないというふうに呟く。東青もすっかり呆気にとられていた。

「それが兄ちゃんの望みってんなら、そうしましょうや。ただし」

と、白斗の目の前に人差し指を立てた。

「叶う願いは一つだけ。お嬢さんのことを諦めたなら、あとは何とかしてやりまさあ。この鳥頭がね」

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