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竜の丘の茶藝館  作者: 小津 岬
第一話
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竜紋玉の約束(四)

 その日は快晴だった。

 蘇安領主の屋敷では、広々とした中庭で品評会の仕度が進められていた。きっちりと並んだ卓に真っ白な絹がかけられ、後は職人たちの自慢の品を待つばかりだった。

 役人に案内された一真が、緊張の面持ちで現れた。その胸にはしっかと木箱を抱いている。

「やあ一真!」

 彼を見つけた顔見知りの職人が走り寄り、小声で話しかけた。

「杜将は、残念だったな」

 一真はうなずくしかできなかったが、軽く木箱を示してみせた。二人の宝剣は事前の審査を通り抜け、見事に正念場を迎えたのだ。職人は彼の肩を叩き、

「間に合ってよかった」

と言って卓に戻っていった。

 今朝、杜将の妻は笑顔で一真を送り出した。

「しっかりやるのよ、真さん。うちの人と待ってるからね」

 奥の間には、杜将の遺骨を納めた壷が置かれていた。いつも使っていた作業台の上だ。精魂を尽くし細工を仕上げた彼は、この台にもたれたまま息を引き取ったのだった。穏やかな顔をしていた。

 兄嫁は机に向けて振り返った。

「あれでよかったの。最後まであの人らしかったから」

 まるで自分に言い聞かせるような口調だった。彼女の中に色んな思いがあることは一真も分かっている。それでも今は、残された大舞台に赴かねばならなかった。ぐっと口を引き結び、気合を入れる。

「姐さん、行ってきます!」


 居並ぶ役人、ひざまずく職人たち、そして目もあやなる品々。それらを前にして、座敷にかかっていた紗がするすると上がった。豪華な椅子に座しているのは、堂々とした領主と柔和な末息子だ。

 役人頭が進み出て、目録を読み上げ始める。着物から長椅子、文机に焼き物……

「金細工の部。杜工房とこうぼう一真、杜将」

 一真は鼓動を落ち着けるようにますます頭を低くした。

 すべて読み終わったところで、領主たちが庭に下りてくる。いよいよ検分が始まるのだ。

「ほう、あの品は……」

 二人は役人と歓談しながら卓の間を悠然と回っていく。離れた場所にいる職人たちには、会話の内容までは届かない。流れる時間。全員が息を止めたように待っていた。

 やがて、領主が何事かささやいた。すると役人が一斉に卓に寄り、ほとんどの名札を裏に返し始めた。落選の合図だ。一真の周りでも多くの職人が肩を落とした。

 すでに一つに定まった部もあれば、決めかねている部もある。息子を従えた領主は一旦座敷へ引き上げていった。

「落選の者は、品を引き取るように。ご苦労であった」

 役人頭の声を皮切りに人々が動き出し、中庭は一転してにぎわいに包まれた。一真は身を震わせて宝剣の卓を見つめていた。

 ……一騎討ちか!

 卓には二本が残されていた。一真たちの物に加えてもう一本、黄金の剣が並んでいる。すばらしい細工であることはこの距離からでもじゅうぶんに伝わってくる。不安と自信とがない交ぜになり、彼の中で渦を巻いた。

 その時、近くにいた役人が声を上げた。

「これは、奥方様。よいお日柄でございますな」

 つい目をやると、侍女をつれた女性がやってくるところだった。どうやら領主夫人らしい。美しく年を重ねた婦人だが、高い身分にしては質素とさえ言える身なりをしているのが気になった。

「お二人は中でお休みですよ。お声がけ致しましょうか」

という役人の申し出をしとやかに断り、夫人は残された品々を丁寧に見て歩いた。そして何か口にすることも笑みを漏らすこともなく、静かに去っていった。

 一緒に選ばないのか、息子の祝い事だってのに。

 一真は何となく寂しい気持ちで彼女の後ろ姿を見送った。

「さあ、最後の検分だ! 残った者は卓の前につきなさい」

 号令がかかり、再び領主たちが下り立った。一つ、また一つと品物が選ばれていき、ついに宝剣の番がやってきた。一真の鼓動が早まっていく。

 領主が面白そうに口を開く。

「ふむ、まさしく対照であるな。さてどうしたものか」

 その言葉どおり、二本の剣はまったく異なっていた。

 一方は柄から刀身に至るまで黄金の箔をふんだんに施し、色とりどりの玉が合間を飾る。題材は古い祝い歌に基づくもので、天女が繁栄を願って舞う姿が艶やかに浮き彫りにされていた。豪華絢爛ごうかけんらんという他にない。

 一真たちの剣は、陽光の下で白銀に輝いていた。すっと伸びた刃、それを支える柄と鞘には細やかにして力強い線が幾筋も流れている。柄の中心に埋められた大きな水晶は一点の濁りもなく、全体の清澄な印象をより強めていた。

 領主が白銀の剣を取り上げたので、一真の心臓は飛び出そうになった。

「まるで清らかな水から生まれ出たようだな。しかし、祝言にはふさわしいだろうか」

 彼が呟くと、役人頭が首をひねった。

「流れを連想させますので、縁起が良いとは言えないでしょうな」

「私は気に入っておりますが……」

 おずおずと申し出たのは、当事者であるはずの息子だった。立派に成人しているはずだが物腰はどこか頼りない。父親は鷹揚おうようにうなずいた。

「何だ、申してみよ」

「その、これまで選んだ品は金色の物が多いように思います。色味の違う物を増やせば、互いが引き立つかと……」

 いいぞ、もっと言ってやれ! 頭上で繰り広げられる会話を聞きながら、彼は戦うように拳を握りしめた。

「それに私の妻になる方は、水晶を好むのです」

 真っ赤になってこう言った息子を見ると、領主は呆れてため息をついた。

「いつまで学生気分でいるつもりだ。此度の婚礼はお前たち二人だけのものではないのだぞ。近隣の領主にも、領民にも、我らが栄えあることを示さねばならんと何度も教えたはずだ」

 若き息子は、人々の面前で叱られて恥ずかしそうにうつむいてしまった。

「時に工人よ、これは水の意匠に相違ないな」

 急に話しかけられた一真は驚いて顔を上げた。領主の威厳にあふれた目が彼を見下ろしている。緊張のあまり口の中が干上がり、舌は痺れた。役人がいぶかしげにのぞき込む。一真の額から汗が流れ落ちた。

 落ち着け、しっかりしろ! 兄貴が意匠を決めた時、俺は同じことを尋ねたはずだ。祝い事には不向きじゃないかって。さあ思い出せ、兄貴は何て答えた?

 彼はやっとの思いで声を絞り出した。

「は、はい。川の姿です」

「ほう、何故この席に川の剣を?」

 鼓動はいまだ早鐘のようだったが、一真は深く息を吸い込んで言った。

「領主様もご存知の通り、この国は二本の大河とたくさんの支流を抱いております」

 彼の必死な姿に、みなが耳を傾けた。

「うむ、続けよ」

「我々の営みは川に支えられ、そして川の水は空と海とも繋がっている…… 流れるのではなく巡っているのです」

 領主はじっと聞き入っている。消沈していた息子も顔を上げていた。

「私どもの剣は、生命をつなぎ絶えることのない環に蘇安の繁栄を重ね、ご子息の婚礼をお祝いするものであります」

 語り終えた一真は、深々と頭を下げて目を閉じた。


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