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竜の丘の茶藝館  作者: 小津 岬
第五話
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太刀風渡る海(三)

「お茶に、お酒?」

 帰ってきたリリンの話に、ロクハは大きな瞳をまん丸にした。弟は、

「先生に言われて、西方説話の古書を片っぱしから当たってきたんだ。そしたらほら、ここ」

と抱えていた本を卓に開く。細長い指がたどってみせたのは、古い童謡の一節だ。

“賊のかしらは熊頭 大酒くらって酔っぱらい 寝覚めの茶にも酒入れた……”

「熊というのは丈灰門に通じるかもしれないんだけれど、酒と茶が一緒に出てくる話がいくつかあった。もし酒に関する茶があれば、彼に縁があったんじゃないかと思って」

 ううん、と考え込んでいたロクハは、やがて「ちょっと待って」と額に手を当てて目を閉じた。弟は静かに姉を見守る。くっきりした空の青が染みていく店の中、ジワジワと(せみ)の声が響いた。

 ぱちっと音を立てんばかりにまぶたが開く。

「……あった、外道茶!」

「げどうちゃ?」

 酷い名前だな、とリリンが驚いた。

「大麦茶に香辛料を煮出して、砂糖と、度の強いお酒を混ぜる飲用法……?」

 自慢げに解説しかけたロクハだが、途中でみずから首をひねった。

「うう、たしかずっと最近に出てきた飲み方だったから、これはハズレ。茶事辞典、いちから読み直してみようかしら」

「外道って名前は丈灰門らしいけど、それは味のことを言ってるのか…… 本当に、どんな茶なんだ?」

 得体の知れない飲み物を想像し、少年は恐々と呟いた。

 同じころ、玄は大河を下って海辺に逆戻りしていた。学舎を出たリリンから西方の古い話に手がかりがあると聞き、その足でやってきたのだ。

 老人を中心に聞き込んでみると、確かに茶だの酒だのの話はちらほら出てくる。しかし主役については、どれも「乱暴者の熊を……」「村を襲った大男が……」といった有様で、いい話はひとつも見つからなかった。

 勿論、全部がぜんぶ悪徳武人を指しているのではあるまい。しかし玄は、青い波の躍動を睨みながら、

「丈灰門は丈灰門、ってことか……」

と早くも失望しかけていた。

 だが、このまま茶店に戻ってもリリンがふんぞり返るだけだろう。彼は素朴な村々を抜け、町へと足を延ばしてみた。

 広い道にはそれなりに店が立ち並び、大通りと言えなくもない。「酒」の字ののれんに吸い寄せかけられた玄だったが、通りかかった路地裏の風景にふと目をとめた。

 建物のあいだの空き地で、細くまっすぐな剣を両手にゆったりと動く者がいる。

 太陽へと伸ばした切っ先と真横にくり出した白刃とを、優雅にひねりながら胸に引きつける。交差させた足を入れ替えるように身体ごと半回転したとき、その顔がこちらへ向けられた。

「は、浜神様!?」

 玄が思わず大きな声を上げると、だるま男に気づいた浜神が舞いを止め、ぽかんと口を開けた。

「ああそうよ、練習。来年は浜神やりたいからね。あんた、ここらの人?」

と気さくに喋り始めると、仮面のように張りつめていた顔が表情を取り戻した。妙齢の女性だが、涼しい目元と高く結った髪が少年のような印象を与える。美男子と(うた)われた浜神・基豪はこんな感じだったかもしれないと、玄はまばたきを繰り返した。


 空き地と思ったのは芸人一座の練習場だったらしい。風蓮(ふうれん)と名乗った舞い手は、浜神祭りのことを尋ねた玄をすぐ隣の小屋に案内した。小道具や垂れ幕が積み上がった片すみから、初老の男が「新入りかい」と笑った。

 風蓮は、水を満たした碗を差し出して言った。

「あたしら、仮面舞いだけじゃなくて芝居や曲芸もやるのよ。今日はみんな、商家さんとこの落成式に呼ばれてったの」

 一気に飲み干そうとした玄だが、その言葉に手を止めて彼女を見た。

「お前さんは留守番か」

「あたし途中から入ったから、まだまだ芸が足りてないの。さっきは浜神ってわかってくれてよかったよ」

と、ほつれた髪を撫でつけて恥ずかしそうに笑う。

「いや、なかなか様になってたぜ。二本も剣を持つんじゃ難しいだろうに」

 玄が真面目な顔で言うと、風蓮は「本っ当にそうなのよ!」と声を上げた。教わり始めたころはしょっちゅう剣を落っことして怒られた、と彼女はため息をついた。

「大昔は、丈灰門みたいに太刀一本で踊ってたらしいの。今よりずっと簡単だったろうなあ、ねえ、(ちゅう)さん」

 衣装をつくろっていた初老の男に声を向けると、彼は手を止めずに顔を上げた。

「ああ、そういう話もある。二人は兄弟だったし、同じ剣術の流派でもおかしくないがね。なんせ祭りだから見栄えが欲しいわけだ」

「へえ、てっきり基豪は二本差しって思い込んでたぜ。そのなんとか流ってのは今も残ってるのか?」

 身を乗り出した玄に、沖は「いいや」と首を振った。

「何百年も前のことだし、戦国の混乱は長かったから、ほとんどが途絶えたんじゃないかね。芸ごとだって、今も続くのは後々に育ったものだよ」

 ひょいと立ち上がった風蓮が、練習用の武具を引っぱり出してきた。

「はい、丈灰門の大太刀。持ってみな」

「おや兄さん、似合うじゃないか」

 ついつい太刀を受けとった玄を見て、沖が笑い声を上げた。玄は情けない顔で風蓮に言った。

「俺もお前さんも、面がいらねえな」

「あら嬉しい。じゃあ、あたしの丈灰門になってよ」

 すっかりその気になった彼女は、戸惑う玄を外に連れ出した。背を押されながら玄は慌てて言った。

「おいおい、舞いなんて心得ないぞ!」

「大丈夫。沖さん、ちょっと教えたげて!」

 よっこいしょ、と白髪交じりの男が日なたに降り立つ。小柄で痩せているが、身体の幹はしっかりしている。玄は意外に思った。

「あんたも丈灰門だったのかい。斬られまくる悪役ってのは、気分いいもんじゃないだろう?」

 気合に満ちて剣を回す風蓮に目をやりつつ聞くと、沖は面白そうに答えた。

「さあ、やればわかるかもな。じゃあ打ち合いの場面、初めの型から……」

 丈灰門が波打ち際までやってきてあわや上陸というときに、浜神が颯爽(さっそう)と現れる。悪鬼は大太刀で海を割り、神は二本の剣で潮風に軌跡をえがく……

 玄は、後ろから操り人形のように動かされつつ、打ち倒されるまでをなんとか舞い終えた。ゆっくりと抑えた動きのせいですっかり汗みずくだ。

「ご感想は? もう一回やる?」

 うきうきと力あり余る様子の浜神に、丈灰門は勘弁してくれと叫びながら小屋へ逃げ帰った。

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