竜紋玉の約束(二)
「俺は、竜紋玉を探しに来たんだ」
一真が話し出したとたん、リリンが「ははあ」と声を上げた。
「金に困ったのか」
その冷めた口調に、一真は思わずカッとなった。
「そんなんじゃねえよ! 何も知らねえくせに……」
「おやそうか。どうりで、一攫千金を狙う輩にしては間抜けすぎると思ったよ」
ここで主がついと手を挙げて制した。
「リリン、静かに聞きなさい」
彼女がきりっと口を引き結ぶと、姉弟の容姿にやっと近いものが表れた。ロクハが幼く見えることに変わりはなかったが。
「竜紋玉。とても美しく珍しい石ですね、澄んだ緑に白の紋が踊る」
「この辺で見るのかい!?」
身を乗り出した一真に、ロクハはすまなさそうに首を振った。
「ずっと昔、よその方が持っているのを見たきりですわ。一真様は、どなたかに差し上げようと?」
一真は気を取り直して答えた。
「いいや、仕事に必要なんだ。俺は金細工師でな、蘇安の町に兄貴分と工房を構えてる」
「まあ、お若いのに凄いですねえ」
と彼女が目をまん丸にしたので、一真はつい笑い声を上げた。
「あんたほどではないさ。まあ工房を持つまでには苦労したし、まだ大した仕事も入ってこねえ。だが今度、蘇安の領主様の末息子が嫁取りすることになってな、結納の品を決める品評会が開かれるんだよ」
「なるほど、それは何としても選ばれたい」
素直に呟いたリリンに向けて、一真は力強くうなずいた。
「金細工の部では、石で飾った宝剣が集められる。俺と兄貴は絶対に名を上げようと誓って、半年前からあれこれ案を練った。けど、どうしてもこれだという物が仕上がらねえ……」
そう語る一真の手指はもどかしげに曲げ伸ばされていたが、はたと止まった。
「そうこうしてるうち、兄貴が身体を壊した」
それはそれは、と姉弟は揃って眉をひそめた。
「初めは暑気あたりかと思ったんだ。でも段々何も食えなくなって、げっそり痩せて……姐さん、兄貴の嫁さんが医者に引きずってった時には、もう手の打ちようがないって」
沈み込んだ大きな肩に、ロクハがそうっと手を置いた。弟の方も、居ずまいを正して神妙な顔をしている。
「自分が長くないって兄貴は分かってる。それで俺に言うんだ、この宝剣が最後の作品になる、これさえ選ばれたら本望だって。そんなもん俺だって同じだい」
その時を思い出し、彼は涙をぬぐった。リリンが「姉さん、湯」とささやいてひっそりと消える。
「それで竜紋玉を」
ロクハが問いかけると、一真はこくりとうなずいた。
「一等を獲るには決まりきったもんじゃいけねえ。竜紋玉を使おうって話になったが、蘇安じゃまったく出回らない。問屋で聞いてみると、牙骨丘の沢でなら見つかるかもしれないって言われてな。いざ登ってみたが…… ってわけさ」
「お気持ちはよくわかります。けれど、危ないところでしたね」
もっともな言葉に、一真は恥ずかしくなって下を向いた。
「ガキの頃は川が遊び場だったもんで、水辺にゃ慣れてると思ってたんだがな。故郷を離れて長いのを忘れてたよ」
「あら、ご出身は蘇安ではないのですね」
「ずっと南から出てきたんだ。清畔なんて名前ばっかり大層だが貧しい村でね、本当に川だけしかない」
彼が照れ笑いすると、ロクハも微笑みかけた。
「清畔、存じています。確かその近くに大きな町がありましたね」
「大清畔のことか、よく知ってるなあ。子どもはみんな言ったもんだよ、あとちょっとずれて生まれたかったって。兄貴も俺もあの村が嫌いだった……」
昔を見つめていた一真の傍に、温かな空気が流れてきた。湯気の立つ鉄瓶を手にしたリリンが卓に近づいてくる。
ロクハは盆から茶器を取り上げて、すのこ状の茶盤の上に丁寧に並べた。そこへ柄杓を持ったリリンが静かに湯をかけていく。茶器を温めているのだ。
「茶藝は初めてか」
しげしげと手元を眺める一真を見て、リリンが尋ねた。
「こんな本格的なのは、兄貴の結婚祝いをやったとき以来だな。職人仲間で奮発して、蘇安でも評判の店だったんだが……」
「味が分からなかったんだろう」
「そんなとこだ。何もかもお上品で、みんな緊張しちまってよ。俺なんて給仕の頭が薄かったことくらいしか覚えてねえ」
と一真が白状したので、リリンはわずかに笑みを見せた。鋭い雰囲気が和らぐと、遠くにロクハの面影がよぎる。やはり姉弟なのだ。
「お好み、ございましょうか」
ロクハが壷の並ぶ棚の前から声を張った。どうやら茶葉のことらしい。
「いや、言ったように貧乏舌でね。何だってありがたく頂くよ」
こう答えてからハッと気がついた。幸い銭入れは失くさなかったが、もともと潤沢な路銀ではない。
「……安いやつで頼む」
「安心しろ。金のなさそうなやつに押し売りはしない」
リリンは淡々と告げ、姉が収めた茶葉めがけて高々と鉄瓶を掲げた。ゆるやかな曲線を描く湯が、奇術のように急須へと吸い込まれていく。卓には一滴のこぼれもない。
「上手いもんだなあ」
一真が感心すると、少年は答える代わりに眉を上げてみせた。壷を片づけてきたロクハが、
「一真様、どうぞ」
と小皿を差し出した。青菜を混ぜた大きな握り飯が載っている。一瞥したリリンは、彼に似合わない情けない顔で言った。
「ちゃんとした干菓子があるのに……」
主は慌てて手を振った。
「それも出します! お腹空いてるかと思ったの、お昼時もだいぶ過ぎたし」
確かに一真は空腹だったが、彼女の言葉で大事なことを思い出した。結果がどうであっても明後日までに蘇安に帰ると約束してあって、そのためには日のあるうちにふもとへ下りなくてはいけないのだ。兄貴分、杜将の容態も心配だった。
「しまった、俺……」
にわかに立ち上がりかけた彼を、ロクハが優しく抑えた。彼女はしっかりと一真を見て、噛み含めるように言った。
「大丈夫。一服しても間に合います、必ず」
「握り飯を無駄にする気か。腹に何か入れないと、帰りも転げることになるぞ」
と、リリンも声をかける。
どうして俺は、この子どもたちの言うことを素直に聞いているんだろう。不思議に思いながらも一真は再び腰を下ろし、塩味の効いた握り飯を大人しく頬張った。
「手ぶらで帰りゃ、兄貴はがっかりするだろうな」
もごもご呟くと、急須を取り上げたロクハが首をかしげた。
「あなたが無事に戻ることが何よりだと思いますよ」
「そうだろうが……」
たっぷりとした杯に茶が注がれる。ほとんど赤に近い、明るい茶色の湯だ。そのじんわりと沁みる香りは今までにないものだった。
最後の一滴まで絞りきると、次は小さく背の高い杯に茶を移す。しばしの間。そしてようやく一真の前の茶杯へと中身が注がれた。空いた杯からも香りが立ち広がって、辺りが芳醇な空気に包まれていく。
いつの間にか握り飯の皿は下げられ、とりどりの干菓子が添えられている。茶の席は整ったのだ。姉弟は、卓の横に並び立って声を揃えた。
「遥けき香、聞かれますことを」
そして頭を下げると勘定台の奥へと姿を消してしまった。
店の中は、急に静けさに沈み込んだ。窓から差す穏やかな光に、茶のほのかな湯気が揺れている。一真は落ち着きなく広い部屋を見回した。
しかし、じきに真剣な様子で目の前の茶杯へと手を伸ばした。




