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御影⑦「どなたと勝負したんですか」


 もう四月も半ばに差し掛かっているというのに、会議室0には未だにコタツが堂々と鎮座していた。

 私はその一角に腰掛け、中に足を伸ばして考える。


 コタツの魔力というものは本当に恐ろしいものである。

 コタツの魔力、というような表現をすると、多くの人が、冬場に一度入って落ち着いてしまうと何としても出たくなくなってしまうコタツの快適さ、というようなものを、この人類の偉大な発明に畏怖を込めて思い描くであろう。


 しかし、私にとってのコタツの魔力には、まだ続きがある。

 それは今日のような、春の少し涼しい日に現れるちからなのである。


「はい藍原さん、コーヒー」

「ありがとうございます。いただきます」


 今日もニコニコと部室内の憩いを担当してくれている野々さんからカップを受け取り、私は温かいコーヒーを一口飲む。

 コトッ、という音を立ててテーブルの上に置かれたカップから小さく湯気が立ち昇る。


 ふぅ。


 現在、コタツのスイッチは入っておらず、中には単にある程度密閉されているがために篭った少しの熱気があるだけだ。

 このほんのりとした温みが、春には丁度いいのである。


 つまり、スイッチを入れることで自ら発熱する時期は過ぎたが、私にとってはまだ、コタツは絶賛稼働中なのであった。

 コタツの真の魔力とは、こうして必要なくなった後も、ズルズルと居間に居座り続けるその執念深さというか、片付けてしまうのはまだ早いかな、と思わせるちからにあると私は思っている。


 ところで、部室には私と野々さんの二人しか来ていなかった。

 私はと言えば、今日から守都さんに言われた修業が始まるため、御影さんに呼び出されているのである。


 なお、修業という呼び名については、自分の気を引き締めるためにあえてこの表現を用いることにしていた。

 私の覚悟の現れと言ってよい。


 御影さんに言われた時間まではまだ少しある。

 彼女ももうすぐ来ることだろう。


 聞けば、野々さんも今日から教育に当たる柚谷君を待っているのだそうだ。

 しかし、マルチタスカーの柚谷君に、野々さんは一体どんな教育を施すのだろうか。

 八雲さんに勝ったという柚谷君に、野々さんが教えることとは果たして。


「私も一休みしようっと」


 野々さんがそう言って私の向かいに腰掛けた。

 こうしてみると、やはり背が低く華奢だ。

 I.D.のメンバーの中でもオーラというか、そういうものを野々さんからはあまり感じない。


「ん、なぁに?」

「あ、いえ」


 どうやらまじまじと野々さんを見つめてしまっていたようだ。

 しかし、これは気になっていることを尋ねる良い機会ではないだろうか。


「野々さん、八雲さんに聞いたのですが、野々さんはテストでI.D.に入られたのですよね?」

「うん、そうだよ。懐かしいなぁ」


 ニコニコして答える野々さん。昨日の八雲さんの話で、私の中でのテスト組がスカウト組より格上、というイメージはかなり払拭されていたとはいえ、やはり野々さんがテストをクリアしたと聞くと驚かずにはいられない。

 それほど、私が受けたテストは突破困難なものだったからだ。

 現に、私も隠君も落ちている。

 野々さんがテストを受けた年は現二回生が全員いなかったわけであるから、どれほどの難易度であったかは分からないけれど。


「どなたと勝負したんですか」

「んー、藍原さんが知らない、今の四回生だよ」

「なるほど。上の代、ですか」

「I.D.は珍しい組織だけど、ちゃんと続いてるからね。もう今年で九年目、だったかなぁ」


 九年か。

 十年近くも学校に必要とされてきたとなると、本当にその功績は大きなものなのだろう。

 先人たちの努力と能力が伺える数字である。


「私は二つ上の代までしか知らないんだけど、その代がとっても凄かったんだぁ」

「凄かった、というと」

「うん、ホントに自分たちだけでなんでもやっちゃうような代でね。私たちや、一つ上の代の出番が少なくって」


 そうだったのか。

 昨日の御影さんの話では、現二回生が異常、ということだったが、彼らはその代と入れ替わる形で入って来たわけだ。


 そのことを野々さんに聞いてみると、彼女はニコっと笑って答えた。


「今の二回生も凄いね。人数もあの代と同じだし。八雲くんに遠矢くん、それに他の三人もとっても貢献してくれてるよ」


 野々さんがそこまで言ったとき、二度のノックの後で、部室のドアを開けて御影さんと静さんが入ってきた。


「お疲れ様でーっす!」

「こんにちは、野々さん、藍原」


 野々さんの「いらっしゃぁい」という言葉を受けながら、静さんはコタツに、御影さんは入り口前のソファに腰掛けた。

 入れ替わりに野々さんが立ち上がり、二人にコーヒーを出す。


「野々さん、遠矢くんたちはどうしているのかな」

「みんなお仕事だよ。隠くんは初出勤で、サッカー部の地区大会の組み合わせの抽選に。遠矢くんが同行してるの。それから八雲くんは剣道部のコーチのお仕事」


 そういえば隠君も今日から仕事をもらっているのか。

 大会の抽選というと、確かに彼にはうってつけの仕事ではある。


 しかし、初めてI.D.の具体的な仕事内容を聞いたが、やはり単なる便利屋というわけではないようである。


「やぐもん、最近コーチの仕事増えたっすねー」

「去年の仕事ぶりで随分評判が上がっちゃったからねぇ」


 私はその話を聞きながら、カップを持って御影さんの向かいに移動する。

 このソファは去年、八雲さんが仕事の報酬として手に入れて新調したものらしい。

 コーヒーメーカーは遠矢さんが、本棚は蓮藤さんが調達してきたと、静さんが教えてくれた。


 依頼主はその内容に見合った報酬を提案する必要があることは、以前目にした学内組織に関する冊子にも書いてあったが、こういった家具なども受け取っているとは驚きである。


「ちなみにこの部室もお仕事の報酬だよ。何代も上の先輩たちが、その時の学長さんからの依頼を解決したとかで、この会議室を部室にしてもらえたんだって!」


 なるほど、先輩たちは偉大だったわけだ。

 それにしても、学生だけでなく教員や大学のお偉いさんからも依頼が来るとは、I.D.は私が思っていた以上に力のある組織であるようだ。


 それから暫くして柚谷君が部室にやってきたところで、私たちはそれぞれ、御影さんと野々さんにつくことになった。


「さて、私たちも仕事だ。藍原は私についてきてもらう」

「サポート、ですか」

「いや」


 御影さんは首を横に降ると、不敵な笑みを浮かべた。


「今日は見ているだけでいいよ」



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