御影③「これから食事に付き合って」
「お待ったせしやしたぁ」
気の抜けるようなセリフとともに、ドアを開けて男性が入ってきた。
十中八九、彼が蓮藤さんであろう。
「遅刻っすよレンレンさーん」
「おう静、今日も黒いな」
「黒いっすよー」
「蓮藤くん、新入生もいるんだからしっかりしてよね!」
「わりぃわりぃ。あれ、野々髪切った?」
「切ってません!」
「おーやっぱり」
あははと笑って、蓮藤さんは空いていた柚谷君の隣に腰を下ろした。
柚谷君が若干離れるようにお尻をズラす。
蓮藤さんを四字熟語で説明するなら、ズバリ『眉目秀麗』である。
いや、それだけでは物足りないかもしれない。
俗に言われるイケメンという言葉の範囲を悠々飛び越え、眉も、目も、鼻も、口元も、輪郭も全てが理想形に近く、それらが各々バランス良く彼の顔を作り上げていた。
御影さんにも劣らない美形である。
私も街で出会っていたら、思わず振り返っていただろう。
女に生まれたことを言い訳にしてはっきり言えば、半端なくカッコいい。
「お前ら一回生? 俺三回生の蓮藤ね。よっしくー」
「藍原です」
「隠ですー」
「……柚谷です」
蓮藤さんは私たちの顔を順番に見た。
「藍原、隠、柚谷ね。んじゃー集会はじめよーぜー」
「お前が仕切るんじゃねぇよ」
「へーい」
蓮藤さんの振る舞いぶりは、なんとなく隠君に通じるところがあるように感じた。
すなわち、適当なことばかり言って適当に過ごしているような印象だ。
同期である野々さんも守都さんも呆れたような顔をしている。
「んじゃ、全員揃ったから集会始めるぞ。まっ、総会っつっても、やるのは新人三人との顔合わせと、こいつらのこれからの仕事の説明だけだが」
守都さんがそう言うと、上回生八人が改めて私たちを見た。
珍しいものを見るような、はたまた見慣れたものを見るような、不思議な視線だ。
「じゃあ新人、さっと自己紹介しろ」
私は二人と顔を見合わせたあと、数回のアイコンタクトをしてから立ち上がった。
「一回生の藍原です。スカウトを受けて入会させていただきました。よろしくお願いします」
「一回生隠でーす。おなじくスカウトです。よろしくお願いしまーす」
「……柚谷です。……テストで入りました。……よろしくお願いします」
守都さんと蓮藤さん以外の面々が小さく拍手をしてくれた。
なんとなく恥ずかしい。
ところで、今の紹介の中に一つ、気になる部分があった。
「柚谷君、あなたテストクリアしたの?」
「……ああ」
「昨日の夕方だったよねぇ。俺が覗きに行ったら、柚谷くんがいて」
遠矢さんが教えてくれる。
まさか、遠矢さんか、八雲さんと戦って勝ったのか。
いや、それは流石にないのではないか。
私が負けたからなどというわけでなく、単にあの二人を倒せる人物が存在することが信じがたいのだ。
しかし遠矢さんの口から出たのは驚きの言葉だった。
「で、八雲が戦って負けちゃったんだよねぇ。ゲーム内容は確か、シャトル五つでバドミントン、だっけ」
「はい。完敗でした」
八雲さんは飽くまでいつもの無表情だったが、私は驚愕を隠せなかった。
八雲さんが負けた。
しかも、バドミントンで。
一体どういうことなのか。
「ありゃあ見ものだったなぁ。変則とは言え、八雲がスポーツで負けるなんてよ」
「……詳しく教えていただけませんか」
私が尋ねると、八雲さんが説明してくれた。
「シャトルが五つあること以外は普通のバドミントンでした。五つのシャトルをタイミングをズラして一度にラリーし、一本でも落とした方が失点です。僕は初めての経験で戸惑っていたのですが、柚谷くんはまるでシャトルが一つしかないかのようにプレイしていました」
「いわゆるスーパータスカーってやつだな。ごく少数だが、同時に複数の仕事をこなしてもそれぞれの精度が全く落ちない人間がいる。柚谷はそれだ」
守都さんが捕捉してくれたが、なるほど、スーパータスカー。
実際に会うのは初めてだ。
しかしあれは、二つの仕事を同時にこなせるデュアルタスカーが殆どだったはずだ。
となるとおそらく、柚谷君はマルチタスカー。
それなら八雲さんが負けたのも、納得がいく。
柚谷君はみんなの注目を集めているが、特に気にする様子もなく、ペコっと頭を下げるだけだった。
しかし、スーパータスカーに強運の持ち主か。
私の同期は、いや、このI.D.は本当に特殊な人間ばかりだ。
その後、私と隠君も自分たちがスカウトされた経緯を先輩たちと柚谷君に説明した。
私が話したとき、蓮藤さんが「藍原バケモンじゃん」と言い、隠君の話には御影さんが「おもしろいな。どういう仕組みなんだ」と楽しそうにしていた。
一回生の紹介が終わり、続いて二回生の紹介へと移った。
「八雲といいます。主に運動部やスポーツサークルからの依頼を担当しています」
「中静っす! ギャルやってます! 仕事は覚えることでーす!」
「御影だ。よく美人だと言われる。よろしく」
「遠矢です。頭を使うのはあんまり好きじゃないです。よろしくねぇ」
「古月です……。視力以外に取り柄がありません……。よろしくお願いします」
こうして続けて紹介されてみると、なんとも曲者揃いと言わざるを得ない。
しかし、古月さんは視力以外取り柄がない、とはつまりどういうことなのか。
高い視力を持っている、という解釈でよいのか。
「それじゃああとは三回生だね! 私は野々です! 資料整理やお客さんへの応対をやってます。よろしくね」
「蓮藤お兄さんでーす。男前でーす。よろしくー」
「会長の守都だ。仕事はお前らの世話だから、面倒起こすなよ」
これにて全員の自己紹介が終わった。
これから私たちが付き合っていく、I.D.の超人たちだ。
「そいじゃ、あとはお前らの今後だが」
守都さんの言葉で、注目がそちらに集まる。
そうだ、ここからが私たちにとっては本番である。
「隠」
「はいはい」
「お前は明日から仕事だ。誰か暇なやつ連れて依頼をこなせ。ついてったやつはサポートと尻拭いしろ」
「もう仕事して良いんですか?」
「お前はお前にしか出来ないことがあるからな。早速戦力として動いてもらう」
「はーい」
隠君はもう仕事を与えられるのか。
確かに、彼の運の良さは磨くこともできないだろうし、早めに実戦経験を積ませるのが得策という判断のもとか。
「柚谷は明日からは野々につけ。あとは野々が全部指示する」
「……はい」
柚谷君は野々さんの教育を受けるようだ。
そう言えば、野々さんが一体どういうチカラを持っている人なのか、まだ私は知らない。
いつも明るくニコニコ優しい彼女が、超人的な仕事をする様がそもそも想像できないというのもあり、すっかり意識からはずれていた。
先ほどの話では、資料整理と応対が仕事、だったか。
「で、藍原」
「はい」
「お前はこれから暫く、御影、八雲、野々、遠矢の四人から順番に、技を盗むでも教えを請うでもして、そいつらをサポートできるレベルになれ」
「サポートできるレベル、というと」
「お前が現時点でどう思ってるか知らねぇが、昨日も言ったように、お前はまだI.D.には不必要だ。必要とまでは言わねぇが、いれば助かる、くらいにはなってもらわねぇとな」
「……分かりました」
「おっ、やけに素直だな。良いことだ」
もちろん守都さんの言い草には腹が立たなかったわけではない。
しかし、今の私がここでは役立たずだということ、それを自覚しない限り、私は前進することは出来ないだろう。
上達のコツは、まず自分のレベルを知り、それを認めることだ。
「んじゃあ解散。新人以外も、明日から仕事始めっからそのつもりにしとけ」
守都さんの言葉で、面々は次々と部室を後にする。
私も、今日はこれで帰るとしよう。
「おい藍原」
呼ばれて振り返ると、微笑を浮かべた御影さんがこちらを見ていた。
相変わらず綺麗だ。
本人にこの美しさの自覚はあるのかどうか、実に気になるところである。
「なんですか」
「確か、最初の相手は私だったろう。これから食事に付き合ってくれないか」
「食事、ですか。はい、大丈夫です。お願いします」
「そうか。感心だな。しかし二人では少し寂しいな。誰か……」
御影さんはそう言うと、まだ部屋に残って食器を片付ける野々さんを手伝っていた八雲さんに声をかけた。
「八雲くん、藍原と食事に行くが、君も来てはくれないか」
「はい、構いませんよ」
八雲さんは珍しく、少し微笑んで答えた。
もしかしたら、彼が笑顔を作るところは初めて見たかもしれない。
「それじゃあ行くぞ。場所はどこでもいいかな?」
「はい、お任せします」
私が答えると、御影さんは嬉しそうに笑って、「ついて来い」と言って歩き出した。
正直なところ、今日は自宅で済ませる予定だったが、彼女に誘われては、どうにも断るのが難しい。
とはいえ、彼女や八雲さんともっと話してみたいという気持ちも少なからずあったので、そういう意味では丁度ありがたい誘いだったかもしれない。
私は前を歩く女性の茶ロングを見つめながら、彼女は一体どんな仕事をするのだろうかと想像していた。