藍原⑪「私を認めさせてやる」
「よう、天才少女」
会議室0の扉を開く。
縦に長い部屋の一番奥、この生活感溢れる空間の中で一際異彩を放っているマネージメントデスクに、守都さんが腰掛けていた。
そこはこの人の席だったのか。
こうして見ると、確かにしっくりこないでもない。
守都さんについては昨日少し話した程度の印象しかないが、エリートの上司、というよりは大味な社長の方が彼のイメージとは合致する。
そんな守都さんを見据えて立つ私の方に視線を向ける男女が三人。
相変わらず落ち着いて線の細い雰囲気をまとった八雲さんは、手前の黒いテーブルでコーヒーを飲んでいる。
おっとりふんわりの野々さんは、少し驚きの混じった笑顔でこちらを見ていた。
そして奥のコタツの近くにある大きなクッションを抱きしめてリラックスしているのは、先ほどラウンジで出会った麗人、御影さんである。
「その顔は、隠のやつがお前を推薦したのはもう聞いたみてぇだな」
「はい」
私はその場に直立したまま答える。
御影さんは美しい顔でニヤニヤとしていた。
八雲さんは特になんの感情も含んでいないように無表情のままだ。
野々さんにソファとコーヒーを勧められたが、今は気分ではなかったので断らせてもらった。
「それで? こっちとしちゃあ、あとはお前の返事を待つだけなんだが、どうするよ?」
「一つ、お聞きしたいことがあります」
「言ってみろ」
「スカウトしていただいたのは光栄です。しかし、この組織にとって、あなたたちにとって、私は必要ですか」
私がそう尋ねたとき、八雲さんの表情に初めて変化が見られた。
それは驚きとも納得とも取れる微妙ではっきりしない変化だった。
守都さんは少し考えるように虚空を見つめたあと、ふうっと息を吐いて頬杖を突いた。「正直言って、お前は別に必要じゃねぇよ」
予測していた通りの、守都さんの言葉。
しかしどういうわけか、御影さんが食ってかかった。
「おい守都くん、せっかく入ってくれそうなのにそういうことを言うなよ!」
「あーあーうっせぇな。最後まで聞け」
守都さんは不満そうな顔をしている御影さんに怒鳴った。「必要じぇねぇが、不要じゃねぇ」
「それは、どういう意味ですか」
「お前は今のままなら、うちに入っても他のやつのサポートや雑用を任せることが主になる。だがそういう役回りがいなくても、I.D.は今まで何の問題もなくやってきた。つまりお前がいなくてもなんとかなるってことだ」
守都さんはそこまで言って私を見つめた。
なぜか身動きがとれない。
威圧感というやつなのか、または別の何かなのかは判然としないが、何かが私を釘付けにしている。
「今まで成功続きの人生を送ってきたお前には、耐えられない生活になるかもしれねぇ。だが二番手として、自分より優れた人間から間近で学ぶことはできる。今のお前は役立たずだが、この先どうなるかはお前の潜在能力と、野心次第だ」
身体が硬直する。
口の中が渇く。
守都さんから目が離せない。
「八雲も遠矢も隠も、お前にその権利を認めた。それを呑むか蹴るかはお前が決めることだ。必要とされてるかじゃなく、お前が利用するくらいの次元で考えやがれ」
私だけでなく、八雲さんも、野々さんも御影さんも黙って彼の言葉を聞いていた。
野々さんだけは少しだけ微笑んでいるようにも見える。
私が利用する、か。
私は小さい頃から、なんでも卒なくこなす少女だった。
私は天才だった。
それならば。
「決めました」
この化物たちから全て盗んでやる。
呑み込んでやる。
私を認めさせてやる。
私が必要だと言わせてやる。
「これからよろしくお願いします」
それが私の新天地での野望だ。
「ようこそ、泣き虫」