藍原⑩「私に引け目を感じていても」
隠君とは図書館前のベンチで落ちあった。
通話に出た隠君に、昨日のことで話がある、と伝えると、彼は意外にもあっさりそれに応じ、私より先にベンチに座って待っていてくれた。
「呼び出して悪かったわね」
「ホントにね」
意地の悪い返答をするも、隠君は心なしか楽しそうだった。
彼は、もう既にI.D.のメンバーなのか。
そう思うと、なんだか奇妙な感じがした。
昨日はただの一学生で、部室で無遠慮な振る舞いをしていた彼が、今はあの集団の一員なのだから。
「それで? 何かな、僕に話って。告白ならダメだよー。僕は年下が好きだからさ」
「あらそう。それは残念」
私が言うと、隠君はおもしろくなさそうな顔をした。
平生から人のペースを意図的に乱そうとするのが、彼の性分らしいことは承知し始めていたので、私としても毎度やられっぱなしというのはつまらないのである。
「あなた、私のことをI.D.に推薦したそうね。なぜ」
「なぜって言われてもね」
「昨日、帰り際にあなたと会ったとき、あなたは私に、そっちこそ、って言ったけれど、それはこういう意味だったのね」
「さあ、どうだろー」
どうやらどこまでもとぼけるつもりらしい。
しかし、本題はそこではない。
「それで、なぜ」
「うーん、まぁ、勘?」
隠君はまたおかしなことを言いだした。
私をI.D.に推薦した理由が、勘、というのはどういうことか。
私が問い詰めようとすると、隠君はあからさまに嫌そうな顔をした。
「あーもう。つまり藍原さんは、僕が君に情けをかけて推薦したんじゃないかって、だとしたら余計なお世話だって、そんな感じのことが言いたいんでしょ」
隠君に図星をつかれ、私は口籠ってしまった。
その通りだ。
遠矢さんと八雲さんに限ってはそんなことはないと、私は昨日のやりとりで確信していたが、隠君に関しては別だ。
彼は私の二連敗を目の前で見ていた。
そして、一人だけI.D.への入会を果たした。
私に引け目を感じていてもおかしくはない。
私が彼の中に見た性格上それは考えにくくはあったが、やはり確認しないわけにはいかなかった。
それこそ、私にとっては本当の屈辱だったからである。
「あのねぇ。僕はそんなにお人好しじゃないの。人をからかって、自分はのらりくらりとやり過ごして、面倒なことはやらない。それが僕。たまたま同じ日にテストを受けて、ボロボロに負けた人なんかに同情するような人間じゃないし、I.D.のメンバーとしてもそれは許されないはずだよ」
「……じゃあ、なぜ」
「だから勘だって言ってるじゃん。遠矢さんはあの賢い頭で、八雲さんは昨日のテストで、それぞれ判断したんだ。運の良い僕が、勘でこうするべきって思ったんだから、それ以上の理由なんてないよ」
隠君はそこまで言うと、ぴょんとベンチから立ち上がり、あくびをしながら去って行ってしまった。
私はなんとなく心の中でお礼を言うと、一度深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
やはり行かなければならない。
私の求める道がそこにあるという保証はない。
しかし、そこには確かに、私よりも優れた者たちがいる。
選択の根拠として、それは充分すぎるほど大きかった。