藍原⑨「紛うことなき美姫、紅裙」
I.D.の入会試験に惨敗した翌日、学部の説明会や履修登録講習を終えた私は、図書館の前にあるベンチに腰掛け、今日配られた学内組織に関する冊子を眺めていた。
ペラペラとめくると、あった。
学内支援組織 Isolated Dots。
紹介欄には昨日私がI.D.の部室で聞いたようなことがつらつらと書かれていた。
代表者の連絡先のところには、守都さんの名前とケータイ番号。
そして、もう一人、遠矢さんのものも載せられていた。
どうやら、遠矢さんがI.D.の副会長のようだ。
私はケータイから遠矢さんの番号に通話をかけた。
今は彼に頼る他にないと思われたから。
遠矢さんはすぐに電話に出た。
私が名乗ると、彼は用を聞くでもなく今の居場所を教えてくれた。
遠矢さんはキャンパス内東館のラウンジにいるらしい。
通話が切れると、すぐに東館へ向かった。
東館は大勢の学生で賑わっていた。
その間をスルスルと抜けて二階に上がり、ラウンジを目指す。
小さくてオシャレなカフェが入ったラウンジにたどり着くと、奥のテーブルにこちらに手を振っている遠矢さんの姿を見つけた。
「やあ藍原ちゃん、昨日ぶりだねぇ。もう大丈夫?」
「はい。昨日はご迷惑をおかけしました」
「いいよいいよぉ、気にしないで」
遠矢さんは相変わらずのまったりした人である。
しかし、私は昨日、この人に負けたのだ。
人は見かけによらないどころか、佇まいにもよらないということは、今後のために覚えておこうと思う。
おそらくだが、I.D.の人間と関わる際は、これが重要な意味をもつことになるだろう。
「おや。君が昨日、八雲くんと遠矢くんにコテンパンに負けたという新メンバーか」
背後からの突然の声に、私は振り返った。
そこには、なんとも筆舌に尽くし難いというか言葉では言い表せないというか、とにかく、今までに見たことないような美しい女性が立っていた。
明らかに、このラウンジでも周囲の学生たちの視線を、男女の区別なく集めている。
大きな目とスッと通った鼻筋。濃い茶色のストレートロングヘアが背中まで伸び、何者にも物怖じしないという気丈な雰囲気をまとっている。
女の私でさえ見惚れてしまうような、紛うことなき美姫、紅裙だ。
「御影ちゃんおかえりぃ」
「あぁただいま。遠矢くん、紹介してくれ」
「藍原ちゃん、こちらはI.D.二回生の御影ちゃん。御影ちゃん、この子がさっき話した藍原ちゃんだよ」
「よろしくお願いします」
「こちらこそよろしく。これからは同じI.D.の仲間として、仲良くしよう」
御影さんは美しい顔をして不思議なことを言った。
確か後ろから声をかけてきたときも、私のことを新メンバーと言っていた気がする。
私が昨日、入会テストに失敗したことを彼女は知らないのだろうか。
「あぁそっか、藍原ちゃんにはまだ話してなかったねぇ。昨日、俺と八雲と、それから隠くんが藍原ちゃんを推薦したんだぁ」
遠矢さんの口から出た言葉は驚くべきものだった。
昨日部室で目が覚めたあと、遠矢さんと八雲さんが私を推薦したのは、その時部室にいた守都さんに聞いた通りだ。
しかし、隠君はいつ、そしてどうして私を。
「まぁ実際は、藍原ちゃんが俺たちのスカウトを受けないと入会にはならないんだけどねぇ。どうする?」
なにはともあれ、私には今、I.D.に入会する権利があるらしかった。
もちろん願ったり叶ったりだが、私には腑に落ちないことが一つだけあった。
「すみません、隠君の連絡先を教えていただけないでしょうか」
「いいよぉ。まあ、ゆっくり考えてねぇ。俺が藍原ちゃんを推薦したのは、何も同情したからとか、そんなんじゃないんだから」
遠矢さんのその言葉を背中に受けながら、私はラウンジを後にし、隠君に電話をかけた。
彼には聞いておかなければならないことがある。
「有望そうな後輩じゃないか」
「うん。入ってくれると嬉しいんだけどねぇ」