荒らし者
よろしくお願い致します。
今舞台となっている1LDKは、荒らされた。
この部屋の主、虎威稲荷は、グチを言いながら、畳を雑巾で水拭きしていた。
前日、不法侵入してきた人達が土足で、人の部屋を闊歩していて、床の汚れ具合は、まあ酷いものである。
彼の顔もひどい。顎には包帯が巻かれ、まぶたが腫れ、唇は切っており、どこもかしこも痣だらけだ。
せっかく願い事を叶えてやった人達が、勝手にテレビの情報を鵜呑みにし、発狂したのだ。
怒りの矛先が、彼に向いた。タコ殴り。
挙句の果てには、とある薬の解除方法を見つけないと、裁判沙汰にするぞと脅された。
踏んだり蹴ったりである。
「ああ困った。神々・仙人聖人・妖怪・亜人・宇宙人・幽霊・エトセトラ・・・・・・『知り合い』片っ端に電話とかで尋ねたが、不死の薬の無効化なんて誰も彼も知らないって・・・・・・」
そしてある程度作業を続けた際・・・・・・。
『ピンポ~ン』
インターフォンが鳴った。
彼は眉をひそめるも、立ち上がって向かい、入口の扉をかすかに開ける。
ドアのチェーンはつけたまま。
「はいは~い、何でございましょ?」
白い日差しが、季節に合わせ、強く暑く彼の瞳に入ってきた。
しかし、虎威は前方見渡しても、人は捉えられなかった。
彼は、ただの子供の悪戯・・・・・・ピンポンダッシュかと思った。溜息ついて扉を締めようとする瞬間。
「おい閉めんなよ、おっさん。ここにいるぞ!!」
幼い声が聞こえた。
虎威は見下ろすと、そこには低学年らしき小学生が、六人ほど並んでいた。
そのうち一人が、木の棒を持っていた。それを使って、呼び鈴を鳴らしたのだろう。
「入れてくれよおっさん。おっさんの不思議なアイテム見せてくれよ。兄貴が教えてくれた」
キラキラ輝いた表情で見上げる子供の一人。
虎威は吐き捨てるように語る。
「おっさんはね、年齢十九歳のピチピチ若者なの! じゃっ!!」
次に、勢いよく扉を閉めた。
塞いだドアの向こうから、勝手なことを話し合う子どもたち。
「え~十九歳なの? じゃあ何で土日じゃないのに、家にいるの?」
「まあ私達は今夏休みだけどね」
「俗に言うニートじゃないの?」
「まじありえないんですけど~」
「・・・・・・プッ」
「おいっ、どんだけケチなんだよ。見せるだけなのに」
虎威はうんざりした。
何で見ず知らずのガキ達のワガママを聞かなければならないのか。
正当におい返しただけなのに、文句を言われないといけないのか。
ただでさえ、昨日身勝手な大人達が、土足で侵入してきて、今自分一人にしてほしかっただけなのに・・・・・・。
そしてもう一つ思い出し、考えた。
今日は真夏日ではないか、先程の子ども達は顔真っ赤にしてたではないか。
汗にまみれ、いつ熱中症熱射病で倒れてもおかしくはないではないか。
ただ単にちょっと宝物品見せるだけではないか。
たまには役に立ちたいだろう? 虎威よ・・・・・・。
虎威は顎に手を添え、また溜息ついた後、振り返って扉を開けた。
もちろん防犯チェーンも外してる。
「本当にちょっとだけだぞ・・・・・・態度悪かったり言う事聞かなかったら、すぐ追い出しますからね!!」
「うわぁあああああああああっいい!!」
その瞬間。子供たちが流れ込んだ。
元気良く。大声出して。
子ども達は、しっかり脱いだ靴を揃えて、置いた。
昨日の、土足で上がり込んだ大人達との対比具合に、虎威は複雑は表情と心情をする。
ただ虎威は、自分の背筋にほんの一瞬、少しだけ寒気を感じた。
小学生と思われる、シューズが六足分はあった。
ただもう一つ・・・・・・それと並んで、小さな草鞋が一つだけ置かれてある。
もちろん虎威が知っている物ではない。
「ねえ見せて見せてお願いっ!!」
子ども達が、体をくねらせて、素人のタップダンスを見せて、アピールする。
その可愛さに、つい頬が緩んでしまった虎威。
ただ子ども達は、少しフラフラ揺れている。
水分塩分が足りないだろうに。
「わかりましたよ。でもその前にお茶でも飲みなさいな。塩せんべいもあるから食べていきなせ~」
子ども達はちゃぶ台を囲んで、行儀よく座っている。
せんべいの袋を開けて、皿に盛せる。
紙コップらに麦茶を注ぎ、氷をくべる。
なんか勝手に、置いている扇風機のスイッチが、いつの間にか押されている。風量は【強】
「あっおいそこに占領すんなよなっ!! オイラんとこに風が来ねえよ」
「少しは静かにしてよ。いま他人の家にいるのよ。迷惑を考えなさい。これだから男子は・・・・・・」
その騒がしさに、虎威は別段まんざらでもない様子。
「今更だけど、見知らぬ人から物もらったり、勝手に家に上がり込んだらだめで。本当に」
そう虎威は、子ども達に注意する。
「ん~ん~・・・・・・わかってるわかってる・・・・・・」
対して子ども達は、彼の忠告を、真面目に聞いてはいない。
せんべいの食べかすが、少しだけ畳の上にこぼれた。
「ふ~ごちそうさまでした。それじゃあ帰りま~す」
「お邪魔しました・・・・・・」
子ども達は帰っていった。
緑茶・マテ茶のペットボトルの中身はまだ量は多いが、麦茶だけはほとんど無くなっている。
手を振って見送った虎威だが、あることに気づく。
「宝物具・・・・・・見せてないじゃん・・・・・・」
きっと子ども達もそれに気づいて、後日またここに来るだろう。
下手したら、お菓子を振る舞ったから、先程よりももっとの大群を率いて・・・・・・。
まあそれもいいか と、虎威は思考に耽った。
ドアを閉め、振り向く。
その瞬間、彼の背筋は、凍りついた。
初対面の女の子が一人、勝手に冷蔵庫を開けて、アイスを食べている。
もちろん虎威が買ってきたものを。
その子は、和服を着ていた。基調が紫で、稲の絵が描かれてあるデザインだった。
くせ毛が強いツインテールが、彼女の髪型である。
「ちょいと君。これオレが楽しみにしてたの・・・・・・」
彼女は無視をして食べ続けている。
「君は帰らなくてもいいの? もう5時なんだがね」
彼女は無視して、アイスの棒を、小さいゴミ箱に捨てた。
冷蔵庫を物色し始め、次にチョコを頂こうとする。
「流石にオレでも怒るが? 交番まで連れて行くけど」
その時その女の子に動きがあった。押し入れに向かい、開け、下段の棚にあるダンボールをまさぐった。
「おっちょい危ねえぞ! こっちに来なさい!!」
虎威は彼女の帯の両側面を掴み、巣窟となっている宝物具らから引き離そうとする。
しかし彼が手加減しているとはいえ、女の子はびくともしない。
見た目の年齢は、先程帰っていった子ども達よりも幼さそうなのに。
十何秒か探った後に、彼女の左手にはゴーグルと、右には画面がついてあるラジオみたいな機器を、持っていた。
それを虎威に手渡す。
「・・・・・・霊視遮断のゴーグルと種族計測器で。・・・・・・まさか・・・・・・」
虎威はすぐにゴーグルを掛けた。
「やっぱり・・・・・・」
そのガラス越しに見た景色では、彼女は映っていなかった。彼女の食べたはずのアイスも含めて。超能力者が使える透視のように、向こうの置かれてあるテレビの全貌が確認できた。
「っていうことは、やはり幽霊・・・・・・?」
「・・・・・・」
少女は黙って、首を振った。横に。
次に虎威は、ラジオみたいな機器のアンテナを、彼女に向けた。
ボタンを押す。画面が光り輝き、電子音が鳴る。
そして判別した・・・・・・、画面に彼女の種族名が表示された。
「精霊・・・・・・」
姿が人型の子どもで、着物を着ていて、幽霊でなくて精霊・・・・・・。
虎威は答えを出した。
「座敷童・・・・・・?」
※座敷童・・・・・・精霊又は神。勝手に家に住み着き、悪戯行為をする。その存在がいる限り、家は繁栄するが、出ていった場合没落すると伝えられる。
次に彼女に動きがあった。またダンボール内の宝物らを漁る・・・・・・魔導書らしき妖しい本の下に、一つのチラシがあった。その一枚を虎威に渡す。
「・・・・・・ピザが食べたいの・・・・・・?」
配達ピザ屋のチラシだ。
呟いた虎威に、少女は首を振る。縦に。
「あ~はいはいわかったわかった。別段お金とか困ってないし。出てもらっても困るから、しゃ~ない。それじゃあ、何が食べたいんで?」
女の子は、印刷された一つの写真に向かって指を指した。ジャガイモ豊富のマルゲリータである。
「あ~はいはいわかっ・・・・・・」
虎威が言い終わるのを待たずに、少女の指先は、別の写真まで移動した。
サイドメニューのポテト・チキン・メロンジュース。
「わかったわかった・・・・・・頼むから・・・・・・」
そして携帯電話で早速注文する虎威。
電話を切った後、女の子に尋ねた。
「そういや名前は何でございやしょう?」
少女は無口のままだ。ただ無反応ではない。宝物ダンボールの脇にあるペン立てにある筆ペンを持って、チラシの空白スペースに、名前らしき文字を書いた。漢字で、達筆。
「五穀 粒四」
それを見た虎威は、余計なことを考えた。・・・・・・『穀潰し』のイメージが、脳裏から離れられないと・・・・・・。
そんなこんなで、テレビを見て時間を潰す。虎威と五穀。
数十分で呼び鈴が鳴った。
ピザの配達員が来たのだ。
虎威は出迎え、代金を支払い、フィルターに包まれた紙パックを複数等を受け取る。
ただその配達員は、虎威・・・・・・の部屋の奥を黙って睨んでいた。
その様子に、虎威は、何か良からぬことを勘違いしているんじゃないだろうなと、不安がる。
そして扉が閉まった。
「そいじゃ・・・・・・頂きやしょうか」
虎威が言い終わる前に、ちゃぶ台に置かれた紙箱を、プラスチックの膜ごと、引き裂く五穀。
「あ~あ~、そんな慌てなくても、君の分はあるよ」
虎威は、ピザに貪り付く五穀を眺めて、気づいたことがある。
「・・・・・・バジルやコーン残している。あっ!? 硬い生地すら残すのか!! 美味しいのに、もったいない・・・・・・」
そう・・・・・・彼女は、よく食べるくせに、好き嫌いが多いこと。
その頃・・・・・・とある夜道で。
「いやあ、まさかあの精霊が、あの家にいたなんて・・・・・・」
バイクに乗車中のピザの配達員が呟いた言葉である。
「それにしても、気の毒な家主だったな。どうか、下手な対応を取らないことを祈るよ・・・・・・」
続けて、
「座敷荒らし・・・・・・座敷童の数百倍質の悪い精霊か・・・・・・」
※座敷荒らし・・・・・・勝手に家に住み着き、人の食物を無断で食い荒らす精霊。別に居座っても、その家の者達には、繁栄も恩恵も与えてくれない。
下手に追い出そうとすれば、貧乏神・厄病神・死神を始めとした、悪神邪神の大群を率いて、戻ってくると伝えられている。
ありがとうございました。