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其の九 壊れたマキーナ・トロープ

 ヴェルレーヌは一瞬驚きで目を見開くと、眉間に皺を刻む。

 大隊を構成する4中隊のうちひとつの中隊が全滅したということは、戦力の25%を失ったということだ。

 紛れもなく由々しきことであるが、百鬼はひとごとのように酒をのんでいる。

 果たしてこのおとこを仲間と考えていいのだろうかと、思う。


「どうするのですか?」


 思わず問うたヴェルレーヌを、老人は不思議そうに見る。


「中々手強い術者が、きているようでしてね。でもまあ、イワノフスキーとマリィルージュが向かいましたから、まかせましょう」


 沈みゆく夕日の輝きを閉じ込めたような液体を百鬼は飲み干すと、少し眠たげな瞳でヴェルレーヌを見つめた。


「で、あなたは、なんの用ですか?」


 ヴェルレーヌは、一歩ひくとひきつれてきた六人のおんながよく見えるようにした。

 おんなたちは、少しクスリを飲ませて感情を殺していたので、怯えることもなくゆらゆらと揺れながら海の底に沈んだ水死体のように佇んでいる。


「おんなを、連れてきました」


 百鬼は、一瞬だけ目を光らせた。

 そして、目の前を飛ぶ虫を追い払うように少しだけ手を動かす。

 ヴェルレーヌは、鋼の匂いがする風が吹いたように思う。

 その直後に、音もなくおんなたちの首が地面に落ちた。

 南国に咲く真紅の花が開いたように、血が頭を失った首から噴きだして、灰色の地面を赤く染めていく。

 ヴェルレーヌは、自分の首からも血が吹き出していることに気がつき、驚愕する。

 百鬼は自分の体内に仕込んでいる、ワイヤーソウを使ったのだ。

 ナノマシンによって作り出されたワイヤーソウは、工業用ダイヤモンドのブレードを持ち恐るべき切れ味を備えている。

 ヴェルレーヌは裂かれた首から吹き出す血が、自身のロングコートを赤黒い斑に染めていくのを呆然と見つめていた。

 おそらく老人は、面倒くさくてヴェルレーヌごとおんなたちを斬ったのだ。

 マキーナ・トロープであるヴェルレーヌの首は、ナノマシンによって修復されつつある。


「なぜ、斬ったのです」


 ヴェルレーヌは、首から血を滴らせながら問いかける。

 百鬼は、不思議なものを見るように、ヴェルレーヌを見た。

 頭を失った死体が、その背後で灰の中へと沈んでいく。

 白い灰が、真紅の血で染め上げられていった。

 老人は、少し笑ったように見える。

 どこか痴呆じみたその笑みに、ヴェルレーヌは激しい憎しみと苛立ちをおぼえた。

 彼の体内ではナノマシンがフル稼働を行って、斬られた首の修復を行っている。

 さすがに幾度か過負荷が発生するらしく、意識が瞬間途絶えることがあった。

 百鬼は、再び盃を傾け独り言のように呟く。


「なぜと、わたしに聞きますか」


 ヴェルレーヌは、少しぞっとする。

 この老人は、時折マキーナ・トロープではなくひとであるかのように見えるためだ。


「人斬りになぜ斬るのかなどと、きくべきではありませんね。なぜならそれは」


 百鬼の残された右のひとみは、あらぬ方を見ているようにも感じられた。


「ひとになぜ呼吸するのかときくことと、同じですから」


 ヴェルレーヌは、心底うんざりした。

 この老人は、老いて呆けているだけではなく、あからさまに壊れておりそれを隠そうともしない。

 なぜ、RBはこの瘋癲老人を自分たちの上官に据えたのかと、昏い気持ちで思う。

 不良品として廃棄すべき老人が、部隊を率いて惨事をおこそうとしている。

 いや、もしかすると自分たちも実は壊れており、RBは老人もろとも廃棄しようとしているのかという気もした。

 ようやく首の傷が血を流すのをやめたので、ヴェルレーヌはため息をついた。

 その瞬間、驚いたことに、老人はもうひとつ問いを発する。


「フリージアのほうは、どうなりました」


 ヴェルレーヌは壊れた機械が突然まともな様を演じはじめたことに、驚愕を感じながらこたえる。


「どうも、人類解放戦線の術者と合流したようです」

「やっかいですね、どうしますか?」


 それを考えるのが、あなたの仕事でしょうといいそうになりながら、ヴェルレーヌはこたえる。


「わたしの部隊を率いてここを離れる許可をいただければ、わたしがフリージアを捕らえますよ」

「いいでしょう」


 百鬼は盃を口に運びながら、頷く。


「なんでしたらそこの、ウェパル・ユキカゼも連れていくといいです」


 ヴェルレーヌは、憂鬱そうに眉間を曇らせて白いおんなを見る。

 得体のしれぬ白いおんなは、表情を変えず真っ直ぐ前をむいていた。

 ヴェルレーヌは、首をふる。


「わたしにソロモン柱神団の一柱を使いこなせるとは、思いませんね」


 老人は、無言で頷いた。


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