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其の五 荒野は境界の喪失した場所

 蒼灰色に輝く空のした、灰色の荒野がひろがっている。

 熾烈さ、過酷さを神が表現するためにつくったとでもいうかのような荒れた大地に、一本の鉄骨が野晒しにされていた。

 その鉄骨はゴルゴダの丘にたてられた十字架を、思わせる。

 しかし、鉄骨に吊るされているのは、救世主ではなく少女であった。

 少女のまとうセーラー服はあちこちが裂け、切れ目から夜の色に染まった肌がのぞいている。

 少女は、黒い肌の手を頑丈な鎖で縛られ、鉄骨につるされていた。

 うつむいた少女の髪は、茶色であったが日の光を受けると時折金色のように輝く。

 その輝きは収穫を前にした、麦畑の色を思わせる。

 髪の間から、少女は瞳を開き荒野を眺めた。

 瞳もまた茶色であるが、光の加減によっては夜を渡る月の輝きのような色にもみえる。

 少女は、荒野に眼差しを向けていた。

 誰かが廃墟は境界の喪失した場所だと、いっていたような気がする。

 では、荒野はなんだろうか。

 少女はそれを、ノイズだと思う。

 何も形作らず、何も語ることのない場所。

 けれど、何かが作られ、語りかけてくるような気持ちにさせられる場所でもあった。

 少女は、荒野から自分の脚元へと目をむける。

 そこには、ひとりおとこが立っていた。

 おとこは、マキーナ・トロープらしく無機質な輝きを放つ瞳を持つ。

 そしてひとではない証として、顔の下半分は金属製で造られた獸の顎となっていた。

 鎧のように頑丈そうな革のジャケットを着たマキーナ・トロープのおとこは、少女を見つめている。

 その鋼で造られた口元には、飢えた野獣の笑みを浮かべていた。

 金属製の凶悪な牙が、笑みの中から溢れていた。

 マキーナ・トロープのまわりには、四足歩行のアサルトロボットが10体控えている。

 5.56ミリカービンを装備した、ハウンド・クラスと呼ばれるロボットであった。

 金属の猟犬を従えた、人外のおとこが荒野で吊るされた少女を囲む。

 見ようによっては、神話の風景のようだとひとごとのように少女は思う。

 血に飢えたような笑みを浮かべつづける、長身のマキーナ・トロープに少女はうんざりしたような目を向けた。


「ねぇ、殺すのならさっさと終わらせてよ」


 マキーナ・トロープは、声を立てて笑う。


「忘れたのか、おれたちは動く死者だぜ。急ぐことはない、ローズ」


 マキーナ・トロープの笑い声は、荒野の風に乗って飛び去ってゆく。


「少し話を、しようじゃないか」


 ローズと呼ばれた少女は、苦笑をうかべる。


「話すことなんて、何もないわ」


 マキーナ・トロープは、大きな犬歯を剥き出しにして口を歪める。


「つれなくするなよ。お前の仲間が、どこにいるか言え。そうしたら、楽にしてやろう」


 ローズは、驚きで目を丸くし嘲るような笑みを浮かべた。


「言うわけないじゃない」


 マキーナ・トロープは、大きく頷いた。


「まあ、そうだろうな。正直、どちらでもいい。ローズ、おまえはここで死ね」


 マキーナ・トロープは、うたうように語る。


「おまえがしゃべらなくても、いずれ空から探索中の、イーグル・クラスたちが見つけ出すだろう」


 ローズは、沈みゆく太陽の輝きを瞳に宿し、真っ直ぐマキーナ・トロープを見る。

 マキーナ・トロープは、その切り裂くような力を持った眼差しに、獣の笑みで応えた。


「おれは、おまえが案外気に入っているんだ、ローズ」


 そういうと、マキーナ・トロープは腰のホルスターから、大きな自動拳銃を抜く。

 冷めた金属の輝きを宿す凶悪な大口径拳銃は、デザート・イーグルである。

 50AE弾という大口径マグナムを装填した拳銃を、真っ直ぐローズのほうへと向けた。


「だから、一撃で殺してやろう」


 マキーナ・トロープの声は優しげといってもいいくらいの、調子を帯びた。

 ローズは、輝きを失わないひとみでマキーナ・トロープを見つめる。

 しかし、その瞳は突然マキーナ・トロープからそれ彼方に向けられた。

 マキーナ・トロープは、怪訝な顔をして後ろを向く。

 荒野の向こうから、金属を打ち鳴らすようなエンジン音が轟いてくる。

 砂塵を巻き上げながら、一台のバイクが近づいてくるのが見えた。

 マキーナ・トロープは、眉間に皺をよせ唸り声をあげる。

 やがて砂塵を風のマントように靡かせた、サイドカー付きのオートバイBMW・R75がマキーナ・トロープの前に止まった。

 ハウンド・クラスたちは、一斉に立ち上がり5.56ミリカービンをオートバイへ向ける。

 マキーナ・トロープは金属の猟犬たちを付き従え、憎しみのこもった目でオートバイの運転席にいるおとこを見つめた。

 黒革のロングコートをまとった長身のおとこは、何も感じていてない冷徹な光を宿す青い目でマキーナ・トロープに相対している。

 サイドカーに乗っていた少女が、ゴーグルをあげ少し皮肉な笑みをうかべながら荒野へと足をおろす。

 身にまとっている灰色のマントが、風になびく。

 黒鞘に収まった剣を、手に提げている。


「ごきげんよう、マキーナ・トロープ」


 マキーナ・トロープは、失笑する。


「おれには、マグナブという名がある。それと、術者に用はない」

「みんなそういう」


 少女は、砂塵避けに羽織っていたマントを脱ぎ、セーラー服をあらわにした。


「でも、みんな死ぬことになるのよ」


 マグナブと名乗ったマキーナ・トロープは、高らかに笑った。

 野獣のように大きな金属製の犬歯を、剥き出しにする。


「やってみろよ」


 少女は、怪物化しつつあるマグナブを前に、涼しく笑っていた。


「まあ急ぐな。おまえが名乗ったのなら、わたしも名乗ろう。わたしの名は」


 少女の瞳が、そっと輝く。


「百妃という。そして」


 百妃は、さっと片手をあげておとこのほうを指し示す。


「ティーガー、8式拳銃だ」


 ティーガーは、拳銃を抜く。

 そして、トルグ・アクションという独特の機構を持ったルガーP08を撃った。

 鋭い銃声が轟き、9ミリ弾が鉄骨にローズを繋げていた鎖を破壊する。

 黒い肌の少女、ローズは猫科の動物が持つしなやかさで荒野へ降りた。

 マグナブは、獣の咆哮をあげる。

 その身体から漆黒の炎があがっているように、殺気が迸った。

 そして立ち並ぶハウンド・クラスたちが一斉に、5.56ミリカービンを百妃とティーガーのほうへと向ける。

 百妃は、手に提げた剣を抜き放った。

 真冬の星が放つ光を宿し、骨喰藤四郎が荒野の風を斬る。

 パウリ・エフェクトが発動され、金属の猟犬ハウンド・クラスは戸惑ったように動きをとめた。

 百妃は、冷酷な笑みをうかべ叫ぶ。


「ティーガー、マウザー・ヴェルケMG34」


 ティーガーの右手が、7.92mm口径の機関銃に姿を変える。

 機関銃は、金色のカートリッジを撒き散らしながら皆殺しの咆哮を荒野へ轟かせた。

 仮借なき銃弾が、ハウンド・クラスたちの身体を打ち砕き地にひれ伏させてゆく。

 マグナブは、絶望と歓喜が入り混じったような咆哮をあげると、全身を漆黒の金属で覆われた獣へと姿を変えた。

 マキーナ・フェノメノンと呼ばれる現象である。

 黒い金属の野獣は、漆黒の颶風と化して荒野の風を粉砕して百妃へと襲いかかった。

 百妃は、表情を変えぬまま骨喰藤四郎の刃を下に向けたまま地面と平行にする、奇妙なかまえをとる。

 マグナブは、ほんの一瞬だけ光が刃となり自分を両断する様を幻視した。

 ほんの刹那ではあるが、意識が消し飛んだマグナブから身をかわし、百妃はすれ違いざまにその胴を切り裂く。

 骨喰藤四郎は、金属の装甲に覆われたマグナブの胴を容赦なく切り裂くと、黒い血を荒野へと撒き散らす。

 百妃は、無情の輝きを瞳に宿し高らかに叫んだ。


「ティーガー、アハト・アハト、フォイア!」


 ティーガーの左手が漆黒の光につつまれ、8.8 cm Kwk 36戦車砲が出現する。

 アハト・アハトは真冬の夜より尚怜悧な輝きを宿し、マグナブへ照準を合わせた。

 マグナブは、一瞬だけ嘲るような笑みを獣に変化した顔に浮かべる。


「おれを殺したって、無駄だ。すぐに、ソロモン柱神団の一柱がくる」


 百妃は、優しいといってもいいような笑みをうかべた。


「ええ、楽しみにしているわ」


 8.8 cm Kwk 36戦車砲は、大天使が黙示録の日に吹き鳴らす喇叭の音をたて、発射される。

 轟音と火焔がマグナブと荒野の大地を、蹂躙した。

 黒い破片に粉砕されたマキーナ・トロープは、風の塵となって消えてゆく。

 百妃は、ハウンド・クラスの残骸を踏み越え、ローズのもとへとむかう。

 ローズは、少し不安そうな笑みを百妃に向けた。


「人類解放戦線のひとなの?」


 百妃はローズの問いに、頷いた。


「そう、あなたが、その、亡命を希望しているマキーナ・トロープなの?」


 ローズは、頷いた。


「わたしと、あと三人いるの」


 ローズは、戸惑ったような笑みを浮かべる。


「正直、自分がマキーナ・トロープであるのか、よく判らないのだけれど」


 百妃は、ローズを見つめる。

 自分と同じように、普通のひとに見えた。

 マキーナ・トロープが見せることのない、微妙な感情のゆらぎを表情から読み取れる気がする。

 まあ、マキーナ・トロープはその気になればひとに偽装することはできるときく。


「わたしは、あなたたちを、シャイアン・マウンテンに連れていくことになっている」


 シャイアン・マウンテンは、ここから一番近い人類解放戦線の基地であった。

 かつては、核戦争を想定した地下シェルターとして使用されていたが、今では呪術結界によって守られた秘密基地となっている。


「あなたを、仲間のところへ案内するわ、ええと」

「百妃と、よんで」


 ローズは、頷く。


「わたしは、ローズ。よろしく、百妃」


 百妃は、ローズをサイドカーに乗せる。

 自分は、ティーガーの後ろにタンデムとなった。


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