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其の四 安易に報酬をつりあげるのは、リスクがある証拠

 荒野を、一台のサイドカー付きオートバイが走ってゆく。

 よく晴れた日であり、見通しのいい荒野を真っ直ぐな道が伸びており、オートバイはその道を真っ直ぐに走っていた。

 オートバイは、745CC4サイクルのエンジンを唸らせ、エキゾーストパイプから豪快な排気音を響かせている。

 そのオートバイ、BMW・R75は金属を打ち鳴らすような派手なエンジン音をたてながら、土煙をあげ走っていた。

 ハンドルを握っているのは、革コートをマントのようになびかせててるティーガーである。

 サイドカーには、少女が風に髪をなびかせながら座っていた。

 手帳を手にしたその少女は、百妃である。

 百妃は、ため息をつきながら手帳を閉じた。


「うーん、小物のマキーナ・トロープを片付けたくらいじゃ、あまりポイントがもらえないなぁ」


 ティーガーは、エンジン音に負けないよう大きな声をだす。


「ポイントを貯めると、いいことがあるのか? 我が主よ」

「まあねぇ」


 百妃は、少し眠たげに答える。


「大していいことも、ないんだけれど。評価があがるといえばいいのか」

「評価があがるのは、大したことではないのか」


 百妃は、ため息をつく。


「悪いことじゃないけどね、別にこれといっていいこともない。でも」


 百妃は、少し笑みをもらした。


「装備を、増やしてもらえるかも」

「式神が、わたし以外に増えるのか」

「それはちょっと、難しいね」


 少女は、肩をすくめる。


「でも、刀は増やせるかも」

「骨喰藤四郎では、足りないのか」


 百妃は、少し眉間にしわをよせた。


「骨喰藤四郎はいい刀だけど、長脇差だしね。市街戦にはいいけど、野戦向きじゃあないかな」


 百妃は、笑う。


「でもまあ、でかい仕事してポイント増やすのもやばいしねぇ」


 少女は、遠くを見つめる。

 大きな建物の、廃墟が見えた。

 百妃は、ため息をつく。


「凄いよねぇ」


 ティーガーは、唐突な言葉に少し眉をあげる。


「何がだ」

「昔、大災厄がおきる前って、あんな大きな建物にひとがいっぱい住んでたんだよね」


 ティーガーは、少し口を歪める。

 笑ったかのようにも、見えた。


「主よ、あなたが生まれる前のことであったか。大災厄は」


 百妃は、頷く。


「狂ったAI、RB(Re・designed humans・Brigade)が、無人戦闘機械からなる機械化旅団を率いて人類に襲いかかってきたのが30年前。わたしが生まれたのは、人類の90%が殺された後だった」


 百妃は、もう一度ため息をつく。


「この世界に、ひとが満ち溢れていたなんて、とても想像つかないわ」

「世界とはうつり変わるものだ。そうではないか、主よ」


 ティーガーの言葉には応えず、百妃はぼんやりとした眼で廃墟を眺めている。

 木々や草花に覆われたその廃墟は、垂直に聳える森のようであった。

 ひとは消え去っても尚、地上から生命が消え去るわけではない。

 ただ、世界の捕食連鎖の頂点にたつものがひとではなく、AIに支配された戦闘機械群になったというだけ。

 ひとは狩られる宿命のいち種族として、世界の片隅で生きていくことになった。

 百妃は、そう思っている。

 突然、電子音が鳴り響く。

 ティーガーが、少し片方の眉をあげた。

 オートバイを、道端に停車させる。


「電話だ、我が主よ」


 百妃は、眉をひそめる。

 ティーガーは左手を百妃に向かって差し出した。

 その左手は、黒い光に包まれそこから電子音が響いてきている。

 百妃は、その黒い光に手を差し込んだ。

 黒い電話の受話器を、黒い光の中から取り出す。

 百妃は、受話器を耳に当てた。

 そこから聞こえてきたのは、おとなのおんなの声である。


(無事、任務成功おめでとう)

「なんなの、おかあさん」


 受話器の向こうで、おんなが咳払いするのが聞こえる。


(ミッション遂行中は、おかあさんではなく、司令と呼びなさい)

「ええ、それでなんなの、亜川司令」

(もちろん、決まっているでしょ)


 百妃は、なぜか電話の向こうで亜川司令が笑っているように思えた。


(仕事を頼みたいの)

「まだわたし、ミッション遂行中なんじゃあないの。デブリーフィングが終わってはじめてミッション完了のはず」

(まあ、今のミッションへのオプション追加とでも思ったらいい)


 百妃は、ため息をつく。


「簡単な、仕事なんでしょうね」

(もちろん)


 百妃は、嫌な予感にとらわれ眉をひそめる。


(つれて帰ってほしいの、基地まで)

「誰を」


 少し、間が開く。

 百妃の表情が、さらにくもる。


(マキーナ・トロープをつれて帰って)


 百妃は、受話器を耳から外した。


「ティーガー、電話が混線してるんじゃない?」


 ティーガーは、首をふる。


「大丈夫だ。なんの問題もない」


 百妃は、ため息をつく。


「えっと、切るね」

(待ちなさい、ポイントを倍にしてもいいよ)

「安易に報酬をつりあげるのは、リスクがある証拠だから気をつけなさいっておばあちゃんが」

(あなたが欲しがってた、同田貫もつけてあげようか)


 百妃は、もう一度ため息をつく。


「とりあえず、話を聞こうかな」

(亡命を希望している、マキーナ・トロープがいるのよ)


 百妃は、あたまがくらくらする。


「マキーナ・トロープって、ひととしてはもう死んでいて、体内に注入されたナノマシンに操られているだけの存在だって言ってたじゃん。意思のないゾンビみたいなマキーナ・トロープが、亡命なんてありえないでしょ」


 亜川司令は、ゆっくり丁寧に話をする。


(あなたと同じ17歳のおんなの子が、体内にナノマシンを注入されてマキーナ・トロープとなった。けれど、注入されたあとに呪が起動され、パウリ・エフェクトによってナノマシンは脳の支配を完遂できなくなったということなのよ)


 百妃は、眉をしかめる。

 そんなことが、ありうるのだろうか。

 マキーナ・トロープは、元々RBが対呪術者用につくりあげたゾンビ兵士だと聞いている。

 彼らはあたかもひとのようにふるまうが、それは生前の人格が反響しているだけで、単なるエコーのようなものらしい。

 マキーナ・トロープのほとんどは、おとこである。

 おんなは大なり小なり呪を持っているから、パウリ・エフェクトによってナノマシンの正常動作を阻害するそうだ。

 だから、おんなにナノマシンを注入しても、大半は死んでしまう。

 おとこは、呪を持っていることが稀であるため、ナノマシンに対して抵抗することができない。

 だから、容易にゾンビ兵士化してしまう。

 単にナノマシンを注入され死ぬだけではなく、生き延びて自分の意志も保持しているとなると、ナノマシンをコントロールしているということになる。

 理論的には、パウリ・エフェクトによってそうすることもできると聞いたことはあった。

 とはいえ、あくまでも理論上の話であり、現実にそんなことがおきるというのは信じがたい。

 けれどもし本当にそうなのであれば、とても痛ましいことのように思う。

 自分と同い年の少女たちが、ひとではない存在につくり変えられてしまい、それでも生き延びようとしている。

 当人たちにとっては耐えがく残酷な状況だと、いえるだろう。

 救いたい、とは思う。

 色々な可能性、RBのしかけた手の込んだ罠である可能性も考えられるが、まずその少女たちに会い、可能であれば助けたいと思った。


「判った、その仕事引き受けるから」

(ありがとう、百妃。では、いそぐ必要がある)


 百妃は、頷く。


「RBのマキーナ・トロープも、その子たちを追っているということね」

(そう。それなんだけれど、ちょっとやっかいなマキーナ・トロープが動いているっていう情報があって確認中なのよね)


 百妃は、首を傾げた。


「やっかいですって?」

(かつて百鬼と、呼ばれたおとこ。あなたの父親であった、おとこね)


 百妃は、げっとなる。


「ちょっと、やめてよ。あんな変態は、生きてるときから父親って思っていなかったから」

(いいチャンスではあるよね、そのあなたのいうところの変態を存在そのものから消滅させることが、できるんだから)


 百妃は、うーんと唸る。

 できれば関わりたくはないが、関わるのであれば完膚なまでにその存在を消し去ってやりたいと思う。


(あともうひとつ、今回はソロモン柱神団が動いてるらしいのよ)


 百妃は、さらに表情を曇らせる。

 ソロモン柱神団とは、百妃が操るティーガーのような式神を模倣してRBが生み出した存在であった。

 式神としては、ティーガーのような九十九神と同じ原理で造られているらしいが、その戦闘力は遥に強大なものらしい。


「なんだかさっき、簡単な仕事って言ってたんじゃなかったっけ」

(そうかしら)


 百妃は、苛立ちの混じった声で言葉を重ねる。


「仕事受けるっていったとたん、どんどん難易度があがっていく気がするんだけど」

(大丈夫、百鬼とかソロモン柱神団の相手は、別の術者がするから)


 なんだよ、先に言えとこころの中で百妃は呟く。


「誰が、動いているの」

(バクヤ・コーネリウス。知ってるでしょ)


 百妃は、うへぇと思う。


「カーヴェー・ドゥヴァーを式神としてる子でしょ。苦手なんだよね、あの子のテンション」

(まあ、いいんじゃない? コーネリウスが前面にたってる隙に、逃げるようなものなんだから)


 共同戦線をはるわけではないと、言いたいのだろうか。

 それも怪しいものだとは思ったけれど、百妃は深くため息をつく。


「では、作戦の詳細を教えてちょうだい」


 ◆    ◆    ◆    ◆  


 再びBMW・R75は、金属の咆哮をあげながら荒野を走っていた。

 ハンドルを握っているのは、相変わらずティーガーである。


「主よ、あなたは父親を憎んでいるのか?」


 百妃は、腕をくみ考える。


「いやあ、憎んでいるっていうか、関わりたくないというか。何しろ変態だからね」


 ティーガーは、片方の眉をあげる。


「変態とはなんだ?」

「うーん」


 百妃は、眉間にシワをよせて考える。


「ビザールっていうか、普通じゃないっていうか。何しろひとを斬ることが好きっていうんだから」


 ティーガーは、表情を変えずにいった。


「戦うことが好きというおとこは、そう珍しくは無い」


 百妃は、手を顔の前でふる。


「いやいや、そうじゃなくてね。美しく斬ることに、快感をおぼえるみたいな」

「ほう」


 ティーガーは、感心したように目を細める。


「確かに理解しがたいな、斬るのに、美しいというのがあるのか」

「わたしも、よく判らないんだけれどね。なんだか、あるらしいのよ」


 ティーガーは、そのまま沈黙する。

 そして、荒野の先を指差した。


「迎えが、きているようだぞ」


 百妃は、ティーガーの指す方を見る。

 銀灰色の硬式飛行船が、地上に停泊していた。

 空はRBの支配下にあったが、飛行船だけはその支配から免れている。

 金属を使わず木と布でボディを作れば、高いステルス性能をもつためだ。

 その飛行船は、銀灰色をした特殊素材のキャンバスで、流線型のボディを覆っていた。

 リフティングボディの形状を持っているため、船のように優美な流線型をしている。

 船体が重くガスの浮力だけでは揚力が足りないため、ボディそのものから揚力を発生させるしくみのようだ。

 やがて、BMW・R75はその飛行船の前についた。

 灰色のロングコートを纏ったおとこが、百妃たちを出迎える。

 おとこは、中年であるが若いころはきっと色男であったであろう面影を残していた。

 往年の、二枚目ムービースターという風情がある。


「ご機嫌よう、キャプテン・ドラゴン」


 百妃は、手をふっておとこに挨拶する。

 キャプテン・ドラゴンは、無表情のままティーガーに貨物の搬入口を指し示す。

 ティーガーは、微速でバイクを動かし硬式飛行船へ積み込む。


「キャプテン、なんだか行く先が変わったみたいなんだけれど」

「聞いている」


 キャプテンは、少し沈痛な顔に見える。


「どうも、行く先でRBの大部隊が動いているという噂がある」

「へえ?」


 百妃は、目を見開く。


「なんだか、生き延びる自信がだんだく無くなっていくなあ」

「まあ、気にするな。コーネリウスも向かっている。なるように、なるだろうさ」


 百妃は、気楽な言い草に思わず微笑む。


「まあ、そうよね」


 百妃は、キャプテンに続いて硬式飛行船に乗り込んだ。

 半日ほどのフライトで、目的地につく。

 その先は、なるようにしかならないのだろう。

 百妃は、そう思った。





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