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其の二十 巨大な機械が、空に浮かんでいる

 目覚めは、いきなりやってきた。

 百妃は、白い天井を見上げながらここはどこだろうと一瞬考える。

 すぐにそこが、シャイアンマウンテンであることに気がついた。

 寝かされていたベッドから、無理に身体をおこす。

 くらくらと、目眩がする。

 サイドボードに置かれていたガラス瓶を手にとると、コルク栓を歯で咥えて抜き中身の水を飲む。

 おいしい、と思った。

 染み込んで、いくようだ。

 どのくらいここで、眠っていたのだろうかと思う。

 一日近くが経過しているのではないかという、気がした。

 左手は、まだベルトで身体に固定されたままである。

 百妃は、傍らに投げ出すように置かれていた日本刀を右手でとると、口で柄を咥えて抜き放つ。

 右手に刀を持ち直し、刀全体を見渡した。

 武骨で頑丈そうな、刃渡り70センチくらいの刀である。

 銘を、確認した。

 同田貫の銘が、ある。

 亜川司令が、約束を守ったということか。

 同田貫を右手であやつり、左手を身体に固定しているベルトを切断する。

 左手を添え木に巻き付けている包帯だけは、そのままにしておく。

 試しに、左手の指を動かしてみた。

 痛みがはしり、百妃は顔をしかめる。

 けれど驚いたことに、痛みがあるのだ。

 百妃は、苦痛に顔を歪めつつも薄く笑う。

 左手は、とにもかくにもふたたび繋がったということだ。

 百妃は刀を鞘にもどし、白衣を脱ぎ捨てると傍らにあったセーラー服を着る。

 少しふらつくが、同田貫を杖に無理矢理立った。

 百妃は、少し違和感を感じる。

 なぜ、こんなにここは静かなのだろう。

 百妃は、部屋から廊下へとでる。

 誰も、いない。

 もともと、設備の巨大さにみあうだけのひとがいなかったはずではある。

 とはいえ、とても静かすぎた。

 気配というものが、まるで感じられない。

 百妃は、司令室のある方向に向かって歩きだす。

 歩きながら、フリージアのことをぼんやりと考える。

 いや、フリージアがもしここに眠る旧時代の反応兵器を使うとすれば何につかうだろうかということを、考えた。

 フリージアやツバキたちは、おそらくマキーナ・トロープであると同時に術者でもあるという特異な存在だ。

 彼女たち術者が式神を操るには、呪が必要である。

 式神が物理的に小さく力も小さければ、霊符の呪力で呼び出すことができた。

 だが、ティーガーⅠのように巨大な重量物でかつその力も強力なものは、霊符では無理だ。

 だからかつて黒十字の軍隊は、兵士を贄として捧げた。

 その贄が持つ呪の力で、戦車のような巨大なものを呼び出すことが可能となる。

 旧帝国海軍がソロモン沖で戦艦をディラックの海へ複写したとき、贄は捧げなかった。

 なぜなら、撃沈されたときに死ぬ兵士を贄として使って、戦艦を復元するつもりだったからときく。

 旧帝国軍らしい、無茶な考えだと思う。

 でも、それは上手くいかなかった。

 呪力は、足りた。

 でも、戦艦ほどに巨大なものになると、それだけではだめなのだ。

 呪力を拡散しなければ、巨大なものは呼び出せない。

 そのためには、正のエネルギー、放射線のようなもので呪力を伝播させないといけない。

 ここには、世界を終わらせることができるだけの反応兵器がある。

 それは、裏返せば十分な呪力さえあれば、世界をディラックの海から引きずりだすことができるだけのエネルギーがあるということだ。

 百妃は考えるのをやめて、足を止める。

 灰色の地下世界をこじ開けるような、赤い色が足元に落ちていた。

 血の、赤色である。

 それは点々と、廊下に落ちていた。

 血の間隔は、次第に短くなってゆき最後には線になる。

 足を引きずるように歩いていた百妃は、その血のあとを追って小走りになった。

 廊下を曲がったその先、白い世界を侵食するような漆黒の翼が目にはいる。

 黒い翼をもった、マキーナ・トロープ。

 マリィゴールドであった。

 その顔は、半ば獣化しておりマキーナ・トロープ化が進行している。

 百妃は、おもわずかけよろうとした。


「こないで」


 マリィゴールドが、鋭い声で制止する。

 百妃は、足をとめる。

 よく見れば、その身体には銃痕があり深く傷ついていた。

 マリィゴールドの、半ば獣と化した口から言葉がこぼれる。


「わたしはもうだめ、けれども。お願い」


 マキーナ・トロープの少女は血を吐くように呟く。


「フリージアを止めて」


 そういい終えた直後に、マリィゴールドの姿が消える。

 百妃は反射的に同田貫を抜き放ち、心の一方を放った。

 忽然と、漆黒の翼を持ったマキーナ・トロープが目の前に出現する。

 身体が回復しきっていないせいか、心の一方はあまり威力を発揮していない。

 マリィゴールドの鋭い爪を持った腕が、百妃につかみかかる。

 その後に百妃がとった行動は、ほとんど反射だけのものであった。

 同田貫を、水平に薙ぎ払う。

 マリィゴールドの首が床に落ち、白い床は真紅の血で染め上げられていく。

 百妃の弱った呪でも、マリィゴールドの体内にあるナノマシンを殺すことに成功したようだ。

 床に崩れ落ちたマリィゴールドの身体は、もう動かなかった。

 ただ、墓碑のように漆黒の翼が白い廊下に聳えている。

 百妃は、膝をつき嘔吐した。

 ただ胃は空なので、少しばかりの胃液が出ただけだ。

 はじめて、ひとを殺したと思う。

 でも、マキーナ・トロープを殺すことがひと殺しであれば、百妃は今までさんざん殺してきたということだ。

 そうでないのであれば、今マリィゴールドを殺した行為もひと殺しではないという理屈になる。

 百妃は、こころを閉ざした。

 考えても仕方ないことは、考えるべきではない。

 それよりも、今必要なのは行動だ。

 百妃は同田貫の血を拭うと鞘におさめ、立ち上がり先へ進む。

 その先にあるのは、司令室であった。

 百妃は司令室の扉を開き、前転しながら中に転がり込む。

 部屋の隅に積まれている、機材のかげに隠れた。

 薄暗い部屋の中は、血の匂いがひどい。

 いたるところに死体が転がっており、壁や床にはペンキを撒き散らしたかのように赤い血のあとがある。

 死体は、どれもまともではない。

 大型肉食獣に襲われたように、食いちぎられ破壊されていた。

 部屋の奥に、気配がある。

 星無き漆黒の夜に輝く月と同じ、銀灰色に輝く翼が見えた。

 百妃は同田貫を抜き放ち、目の前で水平にかまえる。

 魔法のような唐突さで、目の前にマキーナ・トロープが出現した。

 黒い肌のマキーナ・トロープは心の一方を真っ正面から受け、百妃の前に停止している。

 百妃は、真っ直ぐに同田貫を差し出した。

 武骨な剛刀は、マキーナ・トロープの心臓を串刺しにする。

 残り少ない百妃の呪は辛うじて、ローズのナノマシンを殺していった。

 ローズが喘ぐように、口を動かす。

 水の底で空気を求めるような動きをする唇を、百妃は読んだ。


(ありがとう)


 それは、百妃の願望が混じっていたのかもしれないが、でもそう読める。

 ローズは、苦痛に顔を歪めつつもそっと微笑んだようにみえた。

 百妃が同田貫をひくと、ローズは床に崩れ落ちた。

 ローズの口が、動く。


「フリージアは、地上にいるわ」


 ローズは、最後の力を振り絞るように言った。


「急いで、世界の終わりがくる前に」


 そのまま、ローズは瞳を閉ざし動かなくなった。

 百妃はあらためて、司令室を見渡す。

 照明は死んでいるが部屋が闇に閉ざされないのは、計器類のパネルが光を放っているせいだ。

 ここのシステムは、動いている。

 人類の文明が崩壊する前から、ここのシステムは停止され放棄されていたはずだ。

 なぜならここの反応兵器は世界を何度も終わらせるだけの力を、持っていたから。

 ひとはその力を恐れ、封印した。

 でも今はその力を解き放つべく、動いている。

 多分ここの機械を操作すればシステムを停止できるのであろうが、百妃にはそのやり方が判らない。

 とすれば、フリージアをとめるしかないということだ。

 百妃は、部屋の外へでる。

 地上へ向かうエレベータを、探す。

 非常灯の案内が示す方向へいくと、緊急用エレベータにたどりつけた。

 そのエレベータに乗って、地上へ向かう。

 それはごく短い時間だったのかもしれないが、百妃にとってはとても長く感じられた時間を経て、地上へたどりつく。

 外は夜であり、そこはヘリポートのようだ。

 百妃は外へと、走り出る。

 そしてそこに広がる光景に、息を飲む。

 夜空には、無数の光が瞬いている。

 それは、星ではない。

 もっと幾何学的な精密さをもって、並んでいる。

 そして光の色も、様々にみえた。

 巨大な機械が、空に浮かんでいるかのようである。

 個々の光の集合は鉱物の結晶体のようでもあるし、微生物のコロニーのようでもあった。

 それらが群れをなして、ひとつの巨大な機械を構築している。

 それは、夜空全体を覆うほどに巨大であった。

 その巨大な機械のような光の構築物はひとつではなく、輝く血管のような光の道に繋がれ、夜空に幾つも浮かんでいる。

 百妃はその光景に、こころを奪われていた。

 百妃は夜空を覆うそれがなんであるか、本能的に理解している。

 それは、文明が崩壊する前の地球だ。

 RBによってほとんどの人類が殺されるまで、今夜空に浮かんでいるように光輝く都市が地球を覆いつくしていたときく。

 今、人類の文明が崩壊していない地球が、目の前にある。

 しかし、それはまだ実体化していない。



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