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其の十六 世界は、灰色の帳に覆われた

 ローズは、キューベル・ワーゲンのハンドルを握り荒野を走っている。

彼女が操る四人乗りの軍用自動車は、例によって術者である百妃が霊符を使いディラックの海から引き出したものだ。

 ローズの隣では、ダネルMGLを手にしたマリィゴールドが座っている。

後部座席には、フリージアとツバキが並んでいた。

 百妃は、BMW・R75に乗りキューベル・ワーゲンを先導している。

 はじめて出会ったときにそのサイドカー付き軍用バイクを運転していたのはティーガーであったが、今は百妃が自ら運転していた。

 百妃は一時的に式神を失うことで動揺していたようだが、今は落ちついているようだ。

 ローズは、百妃のことをとても不思議に思う。

 冷徹な殺し屋と、幼い少女がひとつのこころに同居しているようだ。

 運命を託すには危うい存在だと思えるけれど、この全ての崩壊した世界ではそんなものかと思う。

 そもそも生ける屍であり、半ば怪物となった自分達が、ひとのことをとやかく言えるものではない。

 ローズは、目の前の荒野を眺める。

石くれと乾燥した土だけで覆われた大地が、延々と広がっていた。

 彼女は、荒野以外の風景を見た記憶がない。

 いや、そもそも今この世界に荒野以外の場所が残っているのだろうかとも思う。

 知識としては都市や農場といったものの存在を知ってはいるが、実際にそれがどのようなものかは想像もつかない。

 彼女たちのリーダーであるフリージアは、自分たちは忘れているだけなのだという。

 記憶の底に、それらは眠っているらしい。

 まあ、思い出す術がないのであれば、無いものと同じだ。

今の自分は、ある意味空っぽなのだと思う。

 この荒野と、同じように。

 その空っぽのはずの自分が、逃げ延びて死者としての生を全うしようというのも不思議なことではある。

 けれど、フリージアは語った。

 自分達には、行き着くべき場所があるのだと。

 ローズもマリィゴールドも、フリージアの言葉を信じた。

 だから荒野を今、わたっている。

ふと、ローズは物思いから我にかえった。

 いつのまにか、前方に大きな丘が見えはじめている。

 それは、岩石でできた荒野に浮かぶ船のようだ。

 百妃は、その船の下にシャイアンマウンテンへの入り口があると語っていた。

 とすれば、もう目的地は目の前にまできているということか。

 けれど、ローズは違和感を感じる。

あたりの様子が、おかしい。

 色が失われ、灰色になってしまったかのようだ。

 もともとが荒野の景色にそれほど色彩があったわけではないが、まだ昼間だというのに随分と太陽の光が衰えてしまった気がする。

 そう、ある意味世界が衰弱しはじめたとでもいうかのような。

 瞬く間に異変は、拡大していく。

 世界は、灰色の帳に覆われてしまった。

 ローズは、それが霧だと知る。

 とても自然現象とは思えない奇妙さを纏う霧ではあったが、間違いなくあたりを覆っているのは灰色の霧だ。

 いつしか目の前に延びる道すら判別が難しくなっており、ローズは下唇を噛みアクセルをゆるめた。

 前方を走る百妃が、片手をあげる。

 停車するという、合図であった。

 ローズはクラッチを踏むとギアを切り離し、シフトレバーをニュートラルへ入れる。

 ブレーキを踏むと、キューベル・ワーゲンが止まった。

 ローズは、サイドブレーキを入れてエンジンを停止する。

 静寂が訪れ、灰色の闇は重さを増してローズたちにのしかかってきた。

 不吉な予感が、ローズのこころに氷を詰め込む。

 ローズは、自分の視界が昏くなったように思った。

 となりの席でマリーゴールドが扉を開き、キューベル・ワーゲンから降りるのに気がつき、ローズも扉を開く。

 後部席のフリージアたちも、続いた。

 灰色の霧の中に、百妃が彼方を眺めるように佇んでいる。

 ローズたちは、百妃を囲むように立つ。


「ねえ、これはソロモン柱神団のしたことなの?」


 百妃は、ローズの問いには答えず前方を指差して言った。


「くるわよ」


 突然襲いかかってきた轟音と閃光に、ローズは思わず頭を両腕でかかえる。

 爆風が全身を揺さぶり、足元で地面が揺れるような気がした。


「これは、ソロモン柱神団の、魔神がしかけてきた攻撃」


 百妃は振り向いて、ローズたちにその顔を見せる。

 驚いたことに、その顔には薄い笑みがはりついている。


「でも、まだ大丈夫。魔神は、わたしたちの位置を正確にはつかんでいない」


 確かに、爆発がおこり爆煙の上がっている場所は、100メートルほど離れているように見えた。

 再び、爆音と閃光が霧を貫き、ローズたちの身体を揺さぶる。

 今度の爆煙が上がっている位置は、先程より10メートルほど近づいたように見えた。


「まだ、ね。わたしたちの位置が把握されるのは、時間の問題じゃあないの」


 フリージアはとても落ち着いた口調で、悲観的な見通しを語る。

 百妃は、素直にうなずいた。


「もって10分程度かな。その間に、反撃をするわよ」


 ローズは、目を丸くして問いかける。


「ねえ、そもそも魔神てなんなの。あなたの式神とは、またちがうの? 戦ったりできる相手なの?」


 百妃は、ほとんど表情を変えずに、答えた。


「まあ、RBが式神を模倣して作ったのが魔神なんだけど。魔神は、式神とちがって本体はディラックの海にあって、負の存在確率を保持したまま攻撃をしかけてくる」


 ローズは、眉間にシワをよせた。


「じゃあ、反撃なんてむりじゃん」


 百妃は、薄く笑う。


「ディラックの海からの攻撃は、正確さを欠く。それに、こちらに攻撃ができるということは、正の存在確率を持っているパーソナル・モデルが通常空間に存在するわ。そいつを叩けば、攻撃できなくなる」


 ローズは、腕組みをする。


「何にしても、その魔神のところまでたどりつかないといけないわけね」


 百妃は、頷いた。

 その少し困ったような顔を見ていると、ことはそう簡単ではないことが判る。

 でも、百妃はそれ以上のことをしゃべる気はないらしい。

 まあ、時間がないのだから当然か。

 まるで彼女たちを急かすように、もう一度爆音が轟く。

 爆風は身体をなぎ倒そうとするけれど衝撃に多少なれたせいか、こころを揺さぶられるような感じは少ない。

 距離もまだ、直接的な影響がでるほど近くではなかった。

 けれど、確実に近づいていることも間違いない。

 百妃は、ツバキのほうへ眼差しを向けた。


「あなたの式神を、貸してもらえないかしら」


 ツバキは少し、フリージアのほうを見る。

 フリージアは、無言で頷きツバキは矢を取り出すと前方に向けて投げた。

 BMW・R75をこえて道路の前方へと飛んでいく矢にむかって、百妃は叫ぶ。


「ヤクⅠ、我が前に顕現せよ」


 黒い光が現れ、オリーブドラブの翼を持つレシプロ戦闘機が姿を現す。

 百妃は笑みを浮かべると、ローズたちに手をふる。


「ここで待っていて。攻撃が止まなければ、来た道を戻って人類解放戦線の助けをまって」

「ちょっと待ってよ」


 ローズは百妃に声をかけ、背中に翼をイメージする。

 ローズの背中に、銀灰色の金属でできた猛禽の翼が姿を現す。

 マリィゴールドも、背中に翼を出現させていた。

 こちらは、夜のように漆黒の翼だ。

 不完全ではあるが、彼女たちなりのマキーナ・フェノメノンである。

 その形態をとるのは、危険な行為でもあったが、ローズは座して死を待つよりはましだとおもう。


「わたしたちも、一緒にいくから」


 百妃は眉間に皺をよせると、なにか言おうとして口をひらく。

 しかし、すぐに閉ざした。

 今議論するのは、有益ではないと思ったらしい。

 何かを言うかわりに百妃は、ローズの額に霊符を貼る。

 そして、マリィゴールドにも同じようにした。


「これであなたたちに、呪をかけた。量子通信で、わたしと会話できるようになるから」


 ローズとマリィゴールドは、顔を見合わせ頷く。

 百妃は、眉間を曇らせたまま問いかける。


「どのくらい、その形態を維持できるの?」

「10分を越えたら、あたまがナノマシンに犯されて狂いはじめる」


 平然と言い放ったローズに向かって、百妃はため息をつく。


「約束して。10分たったら必ず戦線を離脱して、その形態をとくのよ」


 ローズとマリィゴールドが頷くのを見ると、百妃はヤクⅠに向かって駆け出す。

 ダネルMGLを手にしたマリィゴールドは、翼の下面を輝かしながら宙に浮く。

 M4カービンを手にとって後に続こうとするローズに、フリージアが声をかける。


「これを、持っていきなさい」


 フリージアは、ペイロード・ライフルを、ローズに向かって放り投げた。

 ローズは全長が1.5メートル近くある長大なアンチマテリアル・ライフルを軽々と受け止める。

 マキーナ・フェノメノンをとれば筋力が飛躍的に強化されるため、14キロほどはありそうなそのライフルも拳銃程度の手軽さに感じた。

 まあ、何にしてもソロモン柱神団には役に立たないんだろうけれど、気休めとしては悪くない。


「ありがとう!」


 ローズは、フリージアに笑みを見せ宙に舞い上がる。


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