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其の十五 世界の終わりを見てみたい

 漆黒の炎が燃え上がるように、ヴェルレーヌの身体から殺気が沸き起こる。

 百妃は、笑みでその殺気に応えた。

 焔で炙られるような殺気を、百妃は身体で受け止める。

 無意識のうちに、骨喰藤四郎を正眼にかまえていた。

 本能的に、守りの構えをとってしまったということだ。

 そして百妃は、信じがたいものを見ることになる。

 ヴェルレーヌの姿が、一瞬にして消失した。

 あまりのことに、百妃の反応が遅れる。

 動いたのは、ティーガーであった。

 ティーガーは、百妃の前に立つ。

 左腕が、前面装甲となっている。

 その100ミリある前面装甲が轟音とともに、火花に包まれた。

 無数の細かな落雷を受けたかのように、100ミリの装甲は焔の花びらを散らしていく。

 ティーガーの装甲板はペイロードライフルの25ミリ徹甲弾を、受けている。

 一瞬だけ、ヴェルレーヌの残像が金色の影となって、前方を過ぎ去った。

 音速を越えた物体の巻き起こすソニックブームが、小さな嵐となって地上を蹂躙し、百妃の身体は風に持ち上げられ地面へ叩きつけられる。

 受け身をとって膝立ちとなった百妃を守るように、ティーガーが覆い被さった。

 時間加速装置。

 うわさは聞いていたが、まさか実現して実戦投入されているとは思いもよらなかった。

 おそらくヴェルレーヌはミリセコンドをミニットのように感じる世界に、移行している。


「主よ、バースト・モードだ」


 前面装甲を盾として百妃を守るティーガーが、語りかけた。

 百妃は、瞳を曇らせる。


「だめよ、それは」


 バースト・モードは、最後の手段である。

 一度使ってしまうと、ティーガーが回復するのに24時間以上はかかるであろう。

 まだ敵にはソロモン柱神団というやっかいな怪物が、残っている。

 今ここでバースト・モードを使ってしまえば、生き延びれる確率がかなり減ってしまう。

 ティーガーが、苛立ちの滲む声でいった。


「先のことを考えてるのだろうが、今バースト・モードを使わなければ死ぬぞ」


 もっともな話では、ある。

 もう一度、ティーガーの前面装甲が無数の落雷を受けたように、火花と轟音につつまれた。

 金色のゴーストとなったヴェルレーヌの影がとおりすぎ、ソニックブームが百妃の身体を鷲掴みにする。

 百妃はティーガーに獅噛ついて、風に吹き飛ばされないよう耐えた。

 ヴェルレーヌは、こちらを弄ぶように少しづつ命を削るつもりらしい。


「覚悟をきめろ、主よ。正念場だ」


 百妃は、迷いを捨てる。

 そして、叫んだ。


「バースト・モードだ、ティーガー!」


 ティーガーの全身が、黒い光に包まれる。

 そして、その黒い光は百妃をものみこんでいく。

 ヴェルレーヌは、黒い光の球体となってしまった百妃に対して一瞬ためらいを感じたように見えた。

 しかし、かまわずペイロードライフルを撃ち込んでくる。

 黒い光が消え去り、再びティーガーの前面装甲が火花を散らす。

 同じことの、くりかえしのようにみえる。

 ただ、違いはその装甲板を手にしているのがティーガーではなく百妃であるということだ。

 ヴェルレーヌは本能的に危機を感じ、距離をとめうとする。

 そのヴェルレーヌをみて、百妃は薄く笑った。


「無駄よ、マキーナ・トロープ。あなたのアドバンスは、失われた」


 ヴェルレーヌは、驚きとともに百妃を見つめる。

 百妃は、今自分と同じ時間流に存在してると認めざるおえない。

 百妃の左手が、黒い光に包まれた。

 その中から、鋼鉄の砲身が姿をあらわす。

 百妃の左手は8.8 cm Kwk 36戦車砲、アハト・アハトに変化していた。

 ヴェルレーヌは理解できない出来事に、身を翻して距離をとろうとする。

 そのヴェルレーヌを追うように、アハト・アハトが鋼鉄の咆哮をあげる。

 砲弾の巻き起こす衝撃派が、転身しようとするヴェルレーヌを揺さぶった。

 巨人の拳となった爆風が、ヴェルレーヌの全身を容赦なく撃つ。

 アクロバティックな回避運動で、ヴェルレーヌは辛うじて失速を免れた。

 姿勢をたてなおすヴェルレーヌを、二発目の56口径8.8 cm徹甲榴弾が襲いかかる。

 ヴェルレーヌは、驚愕の叫びをあげた。

 かわしきれず、ヴェルレーヌは金色の翼に被弾する。

 翼は刃を突き立てられたように引き裂かれ、ヴェルレーヌはバランスを崩した。

 揺れる視界の端に、ヴェルレーヌは百妃の姿をとらえる。

 セーラー服を着た少女は、爆炎を吐き出しているアハト・アハトの砲口を自分に向けていた。

 世界を切り裂き揺さぶる轟音が、三度放たれる。

 追い討ちをかけるように、もう一弾徹甲榴弾が放たれた。

 真紅の剣となった火焔が、砲口からヴェルレーヌに向かって突きだされる。

 生身のひとであればアハト・アハトの反動には耐えることはできないが、百妃は両足でアスファルトを砕きながら数メートル後退し反動を受け流す。

 回避運動どころか姿勢制御もままならないヴェルレーヌは、逆側の翼に被弾すると落下していく。

 ヴェルレーヌは、地面に叩きつけられながら左手をアハト・アハトに変えた百妃を見る。

 術者が式神と一体化するなどという情報は、見たことがなかった。

 アハト・アハトの反動を受け止めているのであれば、百妃の身体は見た目と異なり鋼鉄の固まりとなっているはずだ。

 さらに、式神と一体化した術者は高速の時間流で動いているようだ。

 信じがたいと、ヴェルレーヌは思う。

 翼は回復していないが、確かめるためにヴェルレーヌは動く。

 地上を音速を越えて、移動する。

 ソニックブームで地上を這い回っていた煙が、切り刻まれた。

 ヴェルレーヌは、百妃の側面へと回り込む。

 ペイロードライフルを百妃に向けようとした瞬間、ヴェルレーヌは目の前に冷徹な光を放つ鋼の砲身があることに、気がつく。

 ヴェルレーヌは、死の昏さを持つ砲口を見つめた。

 狙いは彼の眉間に、合わせられている。

 ヴェルレーヌは、無意識のうちに笑みを浮かべていた。

 術者は、彼よりもはやく動き間合いをつめていたのだ。

 百妃は、不思議なものをみるようにヴェルレーヌを見ている。


「一応儀礼的に聞くけど、怒ってもいいよ」


 百妃は、うんざりするようにいった。


「降伏する?」


 ヴェルレーヌは、無言のまま後ろにさがりながら、ペイロードライフルを構える。

 最後に聞いたのは、地獄の門をこじ開ける轟音であった。

 ヴェルレーヌの意識は、闇にのまれる。

 百妃は、金色の巨人が爆炎に包まれ大地に沈むのをみた。

 その左手は黒い光につつまれ、その中から醒めた輝きを骨喰藤四郎が姿を現す。

 百妃は地面に横たわる巨人の胸に、その剣を突き立てた。

 一瞬、マキーナ・トロープは身体を震わせると、やがて崩壊をはじめる。 

 塵となって爆炎の中に、溶け込んでいった。

 百妃は、バースト・モードを解除しながら深いため息をつく。

 勝利したという感覚は、ない。

 むしろ、敗北感がこころを蝕んでいく。

 あきらかに彼女は、ここで使うべきではないカードをきらされてしまった。

 バースト・モードは術者と式神が一体化する術である。

 元々術者と式神は、量子リンクで繋がっていた。

 ただ、思考を共有していても、思わぬ暴走をしてしまう可能性がある。

 ある意味安全装置として、音声による命令を術者は使う。

 けれど、術者と式神は元来ひとつのものでもあるので、式神の装備を術者は直接使うことも可能だ。

 だが、そうすると式神の量子的ユニタリティが崩れることになる。

 式神の、量式的ユニタリティとは何か。

 式神は、戦闘で傷ついたとしても、ディラックの海に沈んで量子状態になれば初期状態になることができる。

 かつて、ナチスドイツのロンメル将軍が北アフリカ戦線で、呪術師から偶然手に入れることとなった天使の化石。

 それは、ナチスの物理学者であるハイゼンベルグ博士の手にわたる。

 ハイゼンベルグ博士は、天使の化石が放射線を浴びせると負のエネルギーを発することを知った。

 そして負のエネルギーを物質にあてると、その物質は量子状態となりディラックの海に沈むことを発見する。

 そうしてかつてナチスドイツは、負のエネルギーを戦車に浴びせることで式神を造り上げたのだ。

 ディラックの海に沈んだ式神は、量子的ユニタリティによって量子化する前の状態を情報として保持している。

 しかし、術者が式神の装備を直接使うとその量子的ユニタリティに歪みが生じてしまう。

 その歪みは時間が立てば元に戻るのだが、時間が必要であった。

 だから、バースト・モードを使ってしまうと式神を呼び出せなくなる。

 バースト・モードを使うということは可塑的に式神を使うことであり、それを長時間行えば式神は永遠に失われてしまう。

 まだ、ティーガーが失われたわけではないが、最低24時間は戦うことができない。

 今、百妃の手には一枚の霊符がある。

 式神であるティーガーは一時的にその霊符に封じられていた。

 そこから解き放つには、24時間かかる。

 それがティーガーの、量子的ユニタリティを回復するために必要な時間であった。

 百妃は、いつのまにか四人の少女たちがそばにいることに気がつく。

 マキーナ・トロープであるとともに、にんげんのおんなのこでもあるという矛盾をかかえた少女たち。

 とても過酷な運命をかせられているように思えるが、今は百妃のことを思いやるような目で見ている。

 驚きだ。

 百妃は、すこし苦笑した。

 自分は、生きる屍となった少女たちに気をつかわせるほどにくらい顔をしていたのか。

 そう思うと、なぜか笑みがこぼれる。

 自分は、悪くしても死ぬだけだ。

 それなのに、自分より苛烈な状況の少女たちに気遣われている。

 まあ、情けなくはあるが、それでも、ひとりではないというのは悪いことではないと思えた。

 冷静になれば、それほど悪い状況ではない。

 間違いをおかさなければ、生きのびられるはずだ。

 百妃は多少無理矢理にではあったが、笑みを浮かべることに成功する。

 今度はマキーナ・トロープの少女たちが、苦笑を浮かべる番であった。

 やけくそじみた笑みに見えたかもしれないが、ほんの僅かでも少女たちを安心させられたかもしれない。

 百妃は、そう思っておくことにした。

 百妃は、こころのなかで生き延びるための術を組み立てながら、ぼんやりと思う。

 自分がソロモン柱神団の魔神に殺され、マキーナ・トロープの少女たちが死んだとして、まあ不幸なことではあるが人類はなにを失うのか。

 それほど、大きなことではない。

 でも、世の中には、そんなに大きなことなんて滅多にあるものではないなと思う。

 ただひとつ、そう、ただひとつ惜しむらくは。

 百妃は、フリージアのほうへ目を向ける。

 フリージアは、端正な少女人形のようにクールな美貌で百妃を見つめ返す。

 どこか、すべてを見透かすような笑みをうかべながら。


「世界の終わりを見てみたいわ、わたしも」


 フリージアは、静かに頷いた。


「シャイアンマウンテンで」


 百妃も、頷きかえす。


「ええ、シャイアンマウンテンへ行きましょう」


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