其の十四 黄金に輝く、黙示録の天使
無限軌道が、アスファルトを砕きティーガーは前進をはじめた。
あたりは火焔と煙に満ち溢れ、相変わらず灰が降り続けている。
中世の宗教画に描かれた地獄の景色と、見紛うかのごとき有り様だ。
ティーガーは磁化された金属片の混じる煙幕の放出を、はじめた。
街の中にいるRBのロボットやマキーナ・トロープはクリアしたはずではあるが、まだ何があるかわからない。
百妃たちは、臨戦態勢のまま街の出口へと向かう。
爆炎と灰の向こうに、街の出口が見えてきた。
その瞬間、百妃は突然胸騒ぎに襲われる。
黒煙に被われた空の向こうに、一瞬金色の光が見えた気がした。
さながら凶事を告げる彗星が空を横切るのを見たかのように、不吉がこころに溢れる。
「止まれ、ティーガー」
百妃は、停止したティーガーのキューポラで骨喰藤四郎を抜く。
鋼の冷たい輝きが、赤黒い爆煙の渦巻く廃墟の中に解き放たれる。
後ろで、フリージアが叫んだ。
「高度4000メートルから、マキーナ・トロープが降下。真上よ!」
百妃は目を細め、頭上を見つめる。
空を覆う爆煙の向こうに、金色の凶悪な輝きが見える気がした。
そしてその禍々しい光は、強さを増していく。
マキーナ・トロープが、マキーナ・フェノメノンを形成しているらしい。
光の大きさから推定すると、おそらく隊長クラスのマキーナ・トロープだ。
百妃にしてみれば、RBを誘き出したつもりだったが、マキーナ・トロープからするとおそらく百妃たちを街からいぶり出したということなのか。
いずれにせよ、これが本当の決着ということだ。
頭上で、炎の花が咲き誇る。
真紅の凶暴な花は、ふたつだ。
フリージアが、再び叫ぶ。
「ジャベリン・ミサイルがくるわ、赤外線画像シーカーでロックオンされてる」
タンデム成形炸薬を使っているだろうと、百妃は思う。
なんにせよ、ティーガーの上面装甲が耐えられるはずがない。
百妃の左手が金色に輝き、獣毛が鬣のように渦巻く。
百妃は裂帛の気合を放ちながら、呪を頭上に向けて放つ。
骨喰藤四郎は、死神の鎌となり虚空に弓状の輝跡を描いた。
2発のミサイルは目標を見失い、左右へと散開していく。
廃墟の壁面に命中し、爆発がおこった。
爆風が、百妃たちを揺さぶる。
煙と焔が、再び地上を這い回った。
「ティーガー、変化しろ」
百妃の言葉に応じて、鋼鉄の巨大な獣は黒い光に包まれる。
マリィゴールドとローズは突然地上にほうりだされ、驚きの声をあげた。
上空から襲ってくるマキーナ・トロープに戦車の形態をとっていたのでは、的にされるだけである。
百妃は、上を見上げた。
爆煙の隙間から、金色に輝くマキーナ・トロープの姿が見える。
マキーナ・フェノメノンをとっているようであるが、完全な龍の姿にはなっていない。
人型に龍の翼を持ち、5メートルはありそうな長い尾をなびかせている。
百妃は、少し眉をひそめた。
ひとの姿を保っているということは、破壊衝動に駆り立てられた怪物ではなく、理性を持つ戦闘機械であるということだ。
それだけに、手強い相手であることが予想される。
金色に輝くマキーナ・トロープは、手にしていた発射済みのミサイル・ランチャーを投げ捨てた。
そして腰につけていた、アンチマテリアル・ライフルを手に取る。
百妃は、少し目を細めそれを見つめた。
XM109ペイロードのように、見える。
だとすれば、25ミリの徹甲弾を使用できるはずだ。
ティーガーの正面装甲は判らないが、上面装甲なら貫通するだろう。
百妃は、黒革のロングコート姿になったティーガーに地面を指差して叫ぶ。
「アハト・アハトだ、ティーガー」
人型となったティーガーの左手が、黒い光に包まれる。
百妃が、命じる。
「フォイア」
長大な鋼鉄の砲身が出現するとともに、轟音を放ち徹甲榴弾が地面に穴を穿つ。
焔と煙が這い回る地上に、地獄への入り口のような昏い穴が出現した。
「フリージア!」
百妃が叫ぶと同時に、フリージアたちは地面に開いた穴へ飛び込んでいく。
その下は、下水道坑がある。
意外にも、マキーナ・トロープはペイロード・ライフルを撃ってこなかった。
へたに降下しながら攻撃すると、百妃のカウンターアタックをうけることになると思っているのだろうか。
まあ実際のところマキーナ・トロープが百妃を攻撃してくれば、そのカウンターで百妃の放つ心の一方がマキーナ・トロープを撃ち落とせた可能性はある。
忌々しいまでに、用心深い相手だ。
フリージアたちが、地下へ避難しおえたのを見届けた直後に、マキーナ・トロープはゆっくりと降下しはじめる。
百妃は、苛立ちとともに唇を噛んだ。
金色のマキーナ・トロープは、あえてパウリ・エフェクトの射程内にはいろうとしている。
百妃と一対一であれば、負けることはないと思っているのか。
空から降りてくるマキーナ・トロープは龍の翼を持つ悪魔の姿であるが、なぜか金色に輝く身体を見て百妃は天使のようだと思ってしまう。
地上に死と破滅をもたらす、黙示録の大天使。
金色のマキーナ・トロープは、それほどに残酷で美しい姿を持っている。
近くで見ると4メートル近くの身長がありそうだが、身体は均整がとれており歪んだところがない。
端正に整った顔は詩人のように冷徹さと物憂げな表情が、混在している。
手に提げたペイロード・ライフルは、天使が死と破滅を地上に告げるための喇叭のようだ。
マキーナ・トロープは着地せず、地上から3メートルほどのところで降下を停止していた。
百妃とマキーナ・トロープとの距離は、10メートルほどになっている。
十分に、斬れる距離だ。
しかし、百妃は躊躇ってしまう。
金色のマキーナ・トロープの、手の内がよめない。
こんなマキーナ・トロープを見たのは、はじめてだ。
フリージアが、隣にいればと思う。
そのとき、マキーナ・トロープの口許に笑みが浮かぶ。
「ごきげんよう、人類解放戦線の術者。我が名はヴェルレーヌという」
百妃は、そのひとを喰ったような言葉に、軽く舌打ちをする。
こちらの手の内を見透かしているかのように、余裕を誇示していた。
「名乗ってはくれまいか、術者よ。たとえ死ぬのがわたしだとしても、敵の名を知っておきたいと思うほうでね」
百妃はそのふざけたものいいに、すこし苦笑を浮かべた。
「我が名は百妃、式神はティーガー。これでいいかしら」
ヴェルレーヌは空中で優雅に、礼をとってみせる。
「光栄だな、百妃。君の名は、我々の間ではそれなりに有名だ」
迷惑なはなしだと、百妃は眉間に皺をよせる。
マキーナ・トロープは、少し困ったような笑みを浮かべながらいった。
「これは儀礼的なものだから、怒らずに聞いてほしいのだが」
らしくない。
百妃は、苦々しく思う。
このマキーナ・トロープは、マキーナ・トロープらしくない。
百妃の知るマキーナ・トロープ、特にマキーナ・フェノメノンをとったそいつらは、残虐で破壊衝動に憑かれている怪物だ。
しかし目の前のヴェルレーヌは、英国紳士じみた慇懃な礼儀ただしさを持っている。
ある意味滑稽ですらあるが、不気味でもあった。
「なんでも言えばいいよ、怒ったりしないから」
百妃の言葉に、微笑を浮かべてヴェルレーヌは頷いた。
「降伏することを勧める、百妃。あなたに、勝ち目はない」
百妃は、失笑する。
そしてその笑いはやがて、哄笑に変わっていった。
「驚いたわね。まさか、ユーモア感覚を持ったマキーナ・トロープがいるなんて」
ヴェルレーヌは、少し不思議そうに百妃をみる。
百妃は、真っ直ぐに眼差しを返した。
「いつから、わたしたちは戦争をしていたというの」
百妃の瞳は、強い光を放つ。
「人類は、宣戦布告を受けてはいない。戦時協定も、存在しない。捕虜の取扱いについての条約も、存在しない。いいかしら、これは戦争ではない。殺し合いなの。だから、どちらかが死滅するまで続けるしかない。殺し合いに、降伏はないの。殺すか、殺されるか。ただ、それだけ」
ヴェルレーヌは、控えめに肩をすくめる。
「殺し合いでもかまわないが、結果がわかっているのなら無駄なことはせずに結果にたどりつけばいいのではないかな。少なくとも、合理的とはいえる」
百妃の瞳から、迷いは消えていた。
闘争心がいま、百妃のこころから未知のマキーナ・トロープに対する不安を吹き飛ばしている。
「わかってないわね、教えてあげる。ひとは、不合理なものなの。そうでなければ、それはもうひととは言えない」
ヴェルレーヌは、慇懃に頷いてみせる。
「よかろう。それでは、はじめようではないか」
ヴェルレーヌは、ようやくマキーナ・トロープらしい凶悪な殺気を放った。
「殺し合いというやつを」




