其の十二 鋼鉄の獣が放つ咆哮が轟く
フリージアが、応える。
「ええ、ギガント・クラス一機が距離四千に接近しているわ。高度八百、二時の方角」
ギガント・クラスは、全翼式の巨大な三角形をした輸送機である。
翼長40メートルの、大きなジェット機であった。
百妃は、そらを見上げ二時の方角に巨大な三角形をした輸送機が接近しているのを、視界にとらえる。
その姿は地獄の空を遊弋する、漆黒の翼竜といったところか。
とても低い位置を、ゆっくりと飛んでいるように見えた。
ジェット・ノズルの向きを変え姿勢制御をするスラスト・ベクタリングを行って、低速の低空飛行でも安定した航行を行っているのだろう。
ギガント・クラスの搭載能力から考えればおそらく、一個中隊規模を載せているはず。
ハウンド・クラス20機、マキーナトロープ30体といったところか。
思ったより、少ない。
その倍以上が、動いているはずであった。
とすれば、バクヤ・コーネリウスと街道の怪物、カーヴェー・ドゥヴァーはちゃんと仕事をしているということである。
百妃は、一瞬だけにんまりと笑うと叫ぶ。
「ティーガー、アハト・アハト、目標、ギガント・クラス」
空を飛ぶ輸送機に戦車が攻撃するのは馬鹿げた話ではあるが、廃墟近くに部隊を降下させるのであればポイントは限られる。
ティーガーは、砲塔を旋回させアハト・アハトを降下ポイントへ向けた。
たとえギガント・クラスを墜とせても、部隊を降下させるのを阻止できるわけではない。
けれど、数体ぐらいは巻き添えで戦力を削れるかもしれなかった。
再び、廃墟に鋼鉄の獣が放つ咆哮が轟き、徹甲榴弾が放たれる。
衝撃波で、花散るように白い灰が舞い飛ばされた。
今度はディラックの海を介せず直接の攻撃なので、深紅の火矢は廃墟を越えギガント・クラスへ向かう。
あらかた部隊を降下させ終えていたギガント・クラスは深紅の火矢に貫かれ爆炎に包まれた。
漆黒の翼竜は紅蓮の炎に犯されながら、黒煙の海へと沈んでゆく。
竜は地上へ墜ち爆発音が、百妃たちの顔を打つ。
爆炎はさらに空の暗さをまし、粉雪となった灰が舞い散る量が増えていく。
どのくらい戦力を削れたかは判らないが、いやがらせ程度にはなったであろうと百妃は思う。
「これからが、本番よ」
百妃は、砲塔の後ろにたつローズと、ティーガー内のマリィゴールドに向かって言った。
ローズは少し蒼ざめた顔で頷くと、ダネルMGLを構えなおす。
マリィゴールドも、マウザー・ヴェルケMG34の銃身を軽く動かして了解の合図をおくってきた。
鋼鉄の虎が巨体を横たえるその場所の回りは、視界がとても悪い。
煙幕はまだティーガーを覆っており、その煙幕に混じる磁化された金属片と少女たちのパウリ・エフェクトによってマキーナ・トロープたちもセンサーを狂わされている。
条件は、五分のはずだ。
百妃は、目を閉じる。
この状況であれば、視覚よりも気配を信じたほうがいい。
骨喰藤四郎をもつ百妃の左手が、金色の光に包まれる。
百妃の左手で、金色の獣毛が鬣のように渦巻き輝く。
百妃の意識の底でマキーナ・トロープの気配が、感知されたようだ。
百妃は閉じた眼差しを、前方に向ける。
二体の四足歩行ロボットが、脳裏に浮かび上がった。
百妃が無意識のレベルで受け取った情報を、意識が映像の形に加工したものである。
脳裏に浮かび上がるその姿はエレファント・クラスよりは小さいが、ハウンド・クラスよりは遥かに大きい。
レオパルド・クラスと呼ばれる、戦闘ロボットであると百妃は判断した。
それはティーガーの半分くらいの大きさの、四足歩行ロボットだ。
タンデム成形炸薬弾頭をもった127ミリ対戦車ミサイルを、ミサイルキャニスターに四機装備している。
百妃は、目を開くと叫んだ。
「ティーガー、一時の方向、アハト・アハト、フォイア!」
ティーガーが巨体を轟音で揺るがせたのと、前方で真紅の閃光がはしったのはほぼ同時だ。
前方で爆発が起こり、一体のレオパルド・クラスが炎の中へと沈む。
しかし四機の127ミリ対戦車ミサイルは既に発射されており、輝く矢となりティーガーのほうへ向かっていた。
百妃は金色の光を放つ左手で掴んだ骨喰藤四郎で、空を斬る。
蠱毒で増幅された百妃の放つパウリ・エフェクトは、ミサイルの自律制御を行っているナノマシンを死滅させた。
制御を失ったミサイルは、ティーガーの上方を通り抜け、二方向に別れると左右の建物に命中し爆発する。
赤い火花と灰が花びらとなって舞い散り、黒煙は地上へと雪崩落ちてティーガーの煙幕と混ざって闇を深めた。
「ティーガー、アハト・アハトを、もう一発だ」
百妃の叫びに応え、ティーガーのキューポラが回転する。
残ったレオパルド・クラスは急速に接近しながらミサイルの照準を合わせようとしていた。
速度は、エレファント・クラスより遥に速い。
狙ってアハト・アハトを命中させるには、少し動きが速すぎるかもしれなかった。
百妃は、気配を感じ後ろを振り向く。
ツバキが短弓を手に、サイドカーに立ち上がっている。
矢はつがえていない短弓の弓を、ツバキは弾いた。
目に見えぬ呪が、レオパルト・クラスにあたり速度が落ちる。
覆い被せるように、百妃は骨喰藤四郎を振るった。
蠱毒を孕んだ金色の光が、闇を切り裂く。
レオパルト・クラスは身を傾げながら、動きを止める。
「撃て、ティーガー!」
百妃の言葉と同時に、鋼鉄の虎は徹甲榴弾を放つ。
破滅の轟音が、少女たちの身体をふるわせレオパルト・クラスを爆炎にのみこませた。
至近距離での着弾であったため、火の粉や灰だけではなく金属片も飛んでくる。
波涛のように黒煙が、ティーガーをのみこんで後方へ流れていった。
「余計なことだったかしら」
真紅の瞳を闇の中で輝かせるツバキの叫びに、百妃は首をふって答える。
「助かったわ。見事なものね」
闇の中でも薄く輝いているようにみえる白い髪をした少女は、花のように微笑んだ。
さすがに、これまで生き延びてきただけのことはあるようだ。
百妃はツバキに小さく頷き、身を翻す。
そして、ティーガーの砲塔に立ち叫ぶ。
「みんな、移動を開始するよ」




