其の十一 皆殺しの咆哮をあげる機械
くちをとざしたローズに変わって、マリィゴールドがくちをひらく。
「で、わたしたちは、どうしたらいいの? その九十九神となった戦車を操縦するのかしら」
百妃は、首をふる。
「マリィゴールド、あなたには戦車に乗ってもらうけれど、操縦の必要はない。ティーガーは自身の判断で、動くことができる」
マリィゴールドは、肩をすくめる。
「乗ってるだけなの」
百妃は、首をふった。
「前面の機銃座で、マウザー・ヴェルケMG34を撃ってもらう。機銃は、ひとが操ったほうが精度があがるの」
マリィゴールドは、頷いた。
百妃は、ローズのほうを向く。
そして、キューポラの上部のハッチへ手を差し込み、何かを取り出す。
それは、輪胴型弾倉を装備した大きなグレネード・ランチャーだった。
ローズは、それを見てすこし吐息をもらす。
「ダネルMGLね。そんなものがあるなんて、驚いた」
百妃は、頷くと銃口を自分の方へ向けストックをローズへ差し出す。
ローズは、そのドラム缶をライフルに取り付けたようなグレネードランチャーを受けとる。
弾倉部をスイングアウトして、装填されている弾薬を確認した。
40ミリ対人榴弾が、6発装填されているようだ。
百妃は、弾薬の入ったバッグをローズに渡す。
「ローズ、あなたには後方から来るマキーナ・トロープの相手をしてもらう」
ローズは、スイングアウトした弾倉をもとにもどし、頷く。
40ミリ対人榴弾であれば、不死身のマキーナ・トロープとはいえ修復できないほどに身体を破壊される。
百妃は、フリージアのほうへと目をむけた。
「フリージア、状況がはじまるとあなたたちを守れないかもしれない」
フリージアは、穏やかな笑みをうかべ傍らにうずくまっている二体の金属の獣へ目をむけた。
5.56ミリカービンを東部に装備した、ハウンド・クラスである。
フリージアは、そのハウンド・クラス内のナノマシンを停止させ、彼女たちを守るようにプログラミングし直していた。
「このこたちが、守ってくれるから大丈夫」
はたして二体のハウンド・クラス程度でどのくらいしのげるかは疑問であるが、百妃はうなずく。
ツバキは、多少なりともパウリ・エフェクトを発生させることができるときいた。
とりあえずは、それを信じるほかない。
「では、かかりましょう。状況を、開始する」
百妃の言葉にフリージアは頷き、手にした携帯端末を操作する。
それは、彼女らを覆っている光学迷彩ドームを解除する操作であった。
百妃は、頭上へと目をむける。
灰色の空が割れ、青く輝く晴天が剥き出しになっていった。
それはとても、荘厳な光景である。
色を失っていた世界に、色彩と輝きがもどっていく。
死と隣り合わせとなる状況へ突入していく行為でもあるのだが、少女たちは吐息を漏らしながら空を見上げていた。
不思議なことに、色彩とともに音も戻ってきたような気がする。
廃墟となった建物は緑なす草花に覆われ、その立ち上がった森の間を風が抜けていく。
さっきまで澱んだ空気が支配していた街の中を風が吹き抜け、それはフリーセッションの音楽を奏でていった。
風で草木が揺れる音、鳥の羽ばたく音、路地で風の渦巻く音、それらが一体となって色彩とともに少女たちの五感を刺激している。
マキーナ・トロープのセンサーに晒されていることを無視すれば、とても長閑な朝であるといえた。
ダネルMGLをかまえたローズは、薄く微笑んだ。
「思ったより、綺麗なところだったのね。ここ」
百妃は口にはださなかったが、同じ思いである。
惜しげなく降り注ぐ太陽の光は、緑なす廃墟を鮮やかに輝かせていた。
不吉な鋼鉄の獣であるティーガーの巨体も、不思議と穏やかな朝の景色に溶け込んでいる。
そのはじまりは、静かであったが確実に穏やかな景色に亀裂を生じさせた。
凶事を予兆する遠雷、遠くから響いたその音を少女たちはそんなふうに感じとる。
大きな音ではないが、少女たちのこころ奥底に死の不吉を確実に届けてきた。
百妃が目を向けたときに、フリージアは手にした情報端末をみながら問いより前に答えを発する。
「巡航ミサイル、4機がエレファント・クラスから発射されたわ。距離3千、高度8千 垂直にくる。到着まであと二十秒」
百妃は、うなずく。
四方からくるのではなく、一方向からの攻撃なら十分対処できる。
百妃は、叫んだ。
「ティーガー、デコイを四機放出」
ティーガーの後部に装着されている擲弾筒から、四つの筒が放出された。
それらは、廃墟の向こうへと落下する。
百妃からは見えないが、それらがバルーンを展開しティーガーと同じ姿を持つデコイを展開することを百妃は知っていた。
百妃は、骨喰藤四郎を抜き空を仰ぐ。
「到着まで、あと十秒」
空には四つの凶星が輝き、皆殺しの咆哮をあげながら落下してくる。
百妃は、再び叫んだ。
「ティーガー、フレアと煙幕を同時に撃て!」
ティーガーの後部上面装甲に装着された擲弾筒から、四発のグレネードが同時に発射される。
二発は、上空に向かって放たれ左右に散開すると真夏の太陽が持つ輝きを炸裂しながら発した。
もう二発は地上近くで炸裂し、黒煙を撒き散らす。
磁気を帯びた金属片の混じる煙幕が、ティーガーと少女たちを覆っていく。
これでマキーナ・トロープのセンサーは狂い、ミサイルの赤外線センサーと携帯認識センサーも騙せたはずだ。
問題は、エレファント・クラスからの遠隔操作である。
百妃のふるう骨喰藤四郎が、流星の輝きを放ち煙幕の闇に光の切れ目をいれた。
冷たい光が空へ放たれ、目に見えぬ何かを斬る。
百妃の放った呪はパウリ・エフェクトを展開し、ミサイルに取りついていたナノマシンを殺していた。
ミサイルは、制御と視覚を失い盲目的にティーガーの放ったフレアを追って、二発づつ左右に展開していく。
深紅の軌跡が青い空を切り裂いていく様は、美しいとさえ思える。
起動をねじ曲げられたミサイルは、それぞれティーガーから百メートルほど離れた地点で爆発した。
先に放出したデコイに、命中したようだ。
轟音と閃光が、鋼鉄の獣と少女たちを打つ。
その後に、爆風が少女たちを揺さぶった。
邪悪な悪霊たちが解き放たれたように、黒煙が廃墟を侵してゆく。
紅蓮の炎が廃墟の建物を飲み込み、地獄の景色が出現する。
黒煙が青い空を覆い隠し、灰が白い花びらとなり舞い散りはじめた。
ある意味馴染みの光景となり、百妃は無意識のうちに口許へ笑みを浮かべる。
ローズがそれをみて、少し眉をひそめる。
炎と煙で赤と黒のマーブルに染められた景色の中で、爆音を貫きフリージアの声が響いた。
「二十秒後、次弾がくるわよ」
百妃は、薄く笑った。
「距離三千なら、アハト・アハトの射程ないだわ」
ローズが呆れたように、呟く。
「まさか、いくらなんでも」
百妃は、花のように微笑むと、骨喰藤四郎をアハト・アハトの砲口へ向けた。
黒い輝きが、そこに出現する。
ティーガーは、ディラックの海を越えて砲弾を目標に届かせることができた。
無論距離には限界があるが、四千メートル以内であれば余裕である。
「フリージア、目標の位置を」
百妃の叫びに応えて、フリージアは緯度と経度を読み上げる。
その声は、ティーガーにも届いているはずだ。
百妃は、骨喰藤四郎を前方に向けたまま叫ぶ。
「ティーガー、アハト・アハトだ、目標、エレファント・クラス!」
56口径8.8 cm弾は既に、薬室へ装填されていた。
「フォイア!」
百妃の叫びと共に爆音が鋼鉄の獣を震わせ、徹甲榴弾が放たれる。
闇を切り裂く紅蓮の輝きが、砲口の先に浮かぶ漆黒の光へと吸い込まれた。
撃ち殺されるように、発射の轟音も黒い光に吸いとられる。
灰が雪片となり降り注ぐ廃墟を、沈黙がとおりすぎた。
遠雷のような響きが、その沈黙を打ち破る。
百妃は、満足げに笑った。
フリージアの声が、響く。
「エレファント・クラス、撃破を確認」
ローズが喚声をあげ、拳をそらへ突きだす。
百妃は、頷いた。
「さて、お次は空挺部隊かしら」




