其の十 死と隣り合わせで生きる
蒼ざめた光の柱が、幾本も廃墟へ立ち並んでいる。
緑の蔦に覆われ垂直に聳える森となった建物の間に、光の柱が降りてきていた。
相変わらず曇天の灰色をした光学迷彩ドームが、頭上を覆っている。
しかし、百妃はその向こうに夜明けの空があることを知っていた。
彼女はシャイアン・マウンテンに向けての脱出を、夜明けとともに行うことにしている。
様々なセンサーをもちいて探査ができるマキーナ・トロープにとって、夜の闇は意味をもたない。
それならば、白昼に移動した方がよいと判断した。
つまり、RBの包囲を強行突破するということだ。
うんざりするような思いがわきおこる判断ではあるが、バクヤ・コーネリウスがRBの戦力を削ってくれていることを祈るしかない。
ティーガーは既に、鋼鉄の獣である戦車へ変化していた。
フリージアとツバキには、サイドカーを与えている。
ハンドルを握るのは、フリージアだ。
ローズとマリィゴールドが、ティーガーに乗ることになる。
56トンもある鋼鉄の虎は、V型12気筒700馬力のマイバッハ・エンジンを暖気運転させていた。
ローズは、夜明けの輝きを宿す瞳でティーガーを見上げ感心したような吐息をもらす。
百妃は、マキーナ・トロープの少女たちと一晩をすごし、彼女たちは感情がないというもののまぎれもなく個性があることを感じていた。
おとこのマキーナ・トロープからは、戦うことに淫した獣性だけを感じとれるのと違い、少女たちはそれぞれが異なる感受性と思考の様式を持っていると思わせる。
年ごろの少女と思えばあたりまえだが、ナノマシンに感染したマキーナ・トロープだとすれば驚くべきことだと思う。
ローズは好奇心からなのか、瞳を輝かせながら百妃に問いかけてきた。
「ねえ、聞いてもいいかしら」
百妃は、少し笑みをうかべて頷く。
「ええ、なんでも聞いていいよ」
ローズは少しためらいがちに、くちをひらく。
「その、式神ってなんなのかしら」
百妃は、少し眉をよせる。
うまく説明できるような、気がしない。
「ティーガーは戦車の九十九神で、わたしと主従の契約を結んでいるの。術者と主従契約を結んだ九十九神は、式神と呼ばれるわね」
ローズは目をまるくし、くちをひらいて閉じる。
そしてまた、ためらいがちにくちをひらいた。
「九十九神って、なになのかしら」
「激しい感情を受けたものが転じて、怪異となる。ひとの思念が累積して呪となりものにとり憑いたとき、ものは怪異と転じるの」
ローズは、さらに目をまるくする。
「怪異って、なになのかしら」
「妖怪とも、いうわね」
「妖怪? ああ、ゴーストとかデーモンとかそんな感じなのね」
ローズは、首を傾げながらもうなずいてみせたが、あまり納得したようにみえない。
後ろからみかねたように、フリージアがくちをはさむ。
「コヒーレントな状態が閾値をを越えて負の可能性へ相転移すると、ディラックの海に沈むってきくからそういうのじゃないのかな」
百妃は、腕をくみ唸る。
呪とは、量子力学的な負のエネルギーを魔術的に説明したものとも聞く。
そうであれば説明としてはあってるのだろうが、さらに多くの疑問をうみそうだ。
「とにかくシャイアン・マウンテンにいけば、もっとうまく説明してくれるひとがいると思うわ」
一旦、質問会は打ち切ることにする。
そう、百妃は目で少女たちに伝えた。
そして百妃はティーガーのキューポラにのぼりそこに腰をおろすと、マキーナ・トロープの少女たちを見渡す。
「では、これから作戦の説明をするわ」
フリージアとは昨夜話し合いをして、概ね合意をとっている。
だから、これからする説明はローズとマリィゴールドに向けたものだ。
ツバキは戦闘には向かないらしく、作戦行動への参加予定はない。
そのため、彼女はフリージアのそばで静かに笑みを浮かべている。
ローズとマリィゴールドは、緊張を潜ませた瞳で百妃を見ていた。
「ここから50キロほど先のところに、地下回廊への入り口がある。そこからシャイアン・マウンテンまでは繋がっている。地下回廊には呪がかけられているから、RBが入り込むことはできない。わたしたちはその地下回廊の入り口へ、辿り着く必要があるの」
ここまでは、少女たちにも異論はなく黙って聞いている。
百妃は少し頷くと、言葉を続けた。
「けれど荒野に出てしまうと、遮蔽物がないので遠距離からミサイルで狙い撃たれる。近距離ならパウリ・エフェクトで撹乱できるけど、遠距離から狙われるのは気に入らない」
ローズとマリィゴールドの瞳に、少し不安の影が宿る。
百妃は、かまわず話を続けた。
「だからまず、ここの光学迷彩ドームを取り払いRBのセンサーにわたしたちを晒し、襲いかかってきたところを殲滅する」
ローズとマリィゴールドは、目をまるくした。
驚いた顔で、フリージアをみる。
フリージアは、落ち着き払った顔で頷いた。
マリィゴールドは、それで納得したようだがローズが手を躊躇いがちにあげる。
「質問、いいかしら」
百妃は頷いて、うながす。
「もし、RBの部隊がわたしたちの殲滅できる規模より大きかったら、どうなるの?」
百妃は、表情を動かさずにこたえる。
「ここの地下に潜って、こちらに人類解放戦線の増援がくるのを待つ」
百妃は、こころの中でため息をつく。
増援が間に合うなんて保証は、どこにもない。
そもそも、そんなにはやく増援がこれるなら今出発せず待つべきなのだ。
まあつまり、その時は死ぬというのを言い回しを変えていっただけである。
ローズは納得したのかわからないが、頷いた。
崩壊した世界で生きるということは、死と隣り合わせで生きるということだ。
最善手ではないにしろ、命を掛け金として差し出せる程度に勝算があるなら、いくしかない。
多分、ローズもそう思ったのであろうと思う。
黒い肌の少女は、琥珀色の瞳を少し光らせて頷いた。




