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其の一 頭の中でナイフを振り回すもの

 地上の廃墟は、未だ炎をあげている。

 メインストリートは、破壊された車の残骸が煙をあげていた。

 その瓦礫で覆われた道に、ひとびとがうずくまり頭を抱えている。

 傷つき煤けた顔をしたひとびとは、性別、年齢ともまちまちであったが、ひとつだけ共通していることがあった。

 それは、瞳に宿った絶望の黒い色である。

 四足歩行ロボットが、ひとびとのまわりをせわしなく動き回っていた。

 時折、頭部に相当する部分に装着された自動ライフルから、7.62x51mm NATO弾を威嚇で発砲し動こうとするひとを牽制する。

 そして、そのひとびとの周りをカービン銃を構えた異形のおとこたちが、歩き回っていた。

 異形の、おとこたち。

 彼らは、皆金属の仮面を被っているように見えるが、よくみればそれが皮膚に一体化しているのが判った。


「ボス、こっちは片付いたぜ!」


 ひとりの異形が、声を発する。

 その声にこたえるように、ひとりのおとこが炎に包まれた廃墟から姿を現す。

 おとこは、顔の半分はおんなのような美貌であったが、その反対の半分は焼けただれ金属に覆われている。

 その背中からは、幾本もの金属アームが突き出しており、骨だけとなった翼のようであった。

 一際異形さが際立つそのおとこは、何かに酔ったように夢見心地の瞳で路上に立つ。

 その姿は、金属製のディアブロにも見えた。


「くそったれが」


 金属のディアブロは、吐き出すように言った。


「誰だ、おれの頭の中でナイフを振り回している野郎は」


 ディアブロは、腰から大きな拳銃を抜く。

 454カスールという、凶悪な銃弾を放つスーパーレッドホークである。

 その銃弾はかつて1トンはあるバッフを仕留めたとも、言われた。

 周りに立つ異形のおとこたちがにやにや笑いながら見守る中、おとこは唐突に自分の頭に向かってスーパーレッドホークを撃つ。

 454カスールは、金属のディアブロの頭を粉砕した。

 真っ赤な血の花が、灰色の廃墟を染めていく。

 金属片と血をまき散らしながら、ディアブロは数歩蹌踉めいた。

 しかし、金属のケーブルが粉砕された頭から放出され、再び頭部を再構築していく。

 ものの数秒で、天使の美貌と悪魔の異形が同居したディアブロの顔が復元された。


「ちくしょうめ、痛みはマグナムでぶち抜いても消えやしねぇ」


 ディアブロは、うずくまるおとこの前に立つと声をかける。


「てめぇは、誰だ」


 おとこは、憎しみに昏く光る瞳をディアブロに向けた。


「おれは、人類解放戦線の兵士だ。お前たち、マキーナ・トロープを決してゆるさない」


 ディアブロは、満足げに頷く。


「よく戦ったか、兵士よ」

「おれたちは、最後の血の一滴まで」


 凶暴な銃声が轟き、おとこの顔面を粉砕した。

 ディアブロは、壊れた死体を蹴りとばす。


「てめぇは、誰だ」


 まだ三歳程度の恐怖にかたまっている子供を抱いたおんなが、震えながらこたえる。


「わたしは、この娘の母親です。助けてください」


 ディアブロは、満足げに頷く。


「よく戦ったか、おんな」

「いいえ、わたしは」


 おんなは、銃口を顔面に突きつけられ、口を閉ざす。

 再び、銃声と共に真紅の花がさき、子供の悲鳴があがる。

 その悲鳴も、454カスールの銃声にかき消された。


「お前を知ってるぞ。マキーナ・トロープ」


 ひとりの老人が立ち上がり、叫んだ。

 ディアブロは、天使の美貌を持った片方の目を老人に向けた。


「お前もまた、人類解放戦線の兵士だった。名前は、ロバート。ロバート・ガランドックだ。恋人と共に、マキーナ・トロープに捕らえられ、お前自身はマキーナ・トロープに作り替えられた。恋人は、犯され殺された」


 ディアブロは、金属の翼を広げ、異形の瞳と天使の瞳で老人を眺める。

 その口元には、嘲るような薄笑いが浮かんでいた。


「マキーナ・トロープ。お前の頭でナイフを振り回しているのは、お前自身だ。ロバートが、お前の頭をナイフで切り刻んでいる」


 哄笑があがり、銃口が老人に向けられる。

 老人は、地面に崩れるように座った。

 しかし、銃声は響かない。

 静寂が、降りてきている。

 ディアブロは、不機嫌そうに目にしかめた。

 あたりを歩き回っていた、四足ロボットたちはいつの間にか地面に倒れ伏している。

 ロボットたちは、死んだように動きを止めていた。


「ボス、こいつはパウリ・エフェクトだ。電子機器が停止している」


 ディアブロは、少し面白がっているように口を歪めた。


「術者か」


 ディアブロは、背後に顔を向ける。

 瓦礫を乗り越えるように、ひとりのおとこがこちらに向かって歩いていた。

 そのおとこは、巨人である。

 2メートルは、ゆうに越えているだろう。

 巨人は、ウシャーンカをかぶりファーが襟についたコートを纏っている。

 そして、その肩にはひとりの少女が腰かけていた。

 セーラー服を着た、少女である。

 崩壊前の街中でみかければ、女子高生と思うであろう姿だ。

 異形のおとこたちは、巨人に向かって走った。

 群狼が、獲物に向かうようである。

 おとこたちはカービン銃を、巨人めがけて撃ち込む。

 巨人の身体は、カービン銃の銃弾を浴びて火花をあげるが、全く傷いた様子はない。

 巨人は、鋼鉄の塊であるかのようだ。

 その巨人の背から、少女が跳躍し宙を飛ぶ。

 少女は背負っていた刀を抜き、降下しながら間近のマキーナ・トロープと呼ばれる異形を切る。

 蒼ざめた鋼鉄の輝きが、死の風となって走り抜けていく。

 血と金属片をまき散らして、マキーナ・トロープは両断された。

 不死身のはずである異形たちは、少女の剣で斬られた傷を修復できないようだ。

 破壊された異形たちは虫のように、地べたで蠢くばかりである。


「童子切りは、ようきれるわ」


 少女は、凶悪な笑みをこぼれさす。

 巨人の左手は、DP28軽機関銃に変形する。

 武骨な機関銃は、金属と火薬の雄叫びをあげ7.62x54mmR弾をまき散らした。

 マキーナ・トロープたちは、身体を破壊され地面に沈んでいく。

 異形の亜人たちは、容赦ない銃弾の前に殺戮されていくばかりだ。

 捕食者であったはずの彼らは、今や屠殺場の家畜となっている。

 突如現れた少女と巨人は、絶対的狩人として、殺戮の野に君臨していた。

 ディアブロは、多少憮然とした表情となりふたりを見ている。


「てめぇは、術者か?」


 ディアブロの問いに、少女は嘲るような笑みを浮かべ答える。


「陰陽師やけど、本業は女子校生。まあ、これはバイトやね。で、こっちは」


 少女は背後の巨人を、指差す。


「街道上の怪物、カーヴェー・ドゥヴァーの付喪神。まあ、妖怪でうちの式神や」


 ディアブロは、頷く。

 少し不機嫌な笑みを、うかべる。

 それはやがて、狂気じみた哄笑へと変わっていった。

 獣が咆哮するように笑うディアブロの身体から、火花が散るように金属のケーブルが放出されていく。

 その金属のケーブルは、大きなオブジェを形成していった。

 それは、金属の大きな塊となる。

 やがて、その塊は巨大な龍へと変形していった。

 身体は金属の龍だが、顔はディアブロのままである。

 天使の美貌と歪んだ悪魔の顔をあわせもつ金属の龍が、廃墟に巨大な姿を聳えさせた。


「カーヴェー・ドゥヴァー、変化して本来の姿を現せ」


 巨人は、漆黒の光につつまれる。

 暗黒星雲が地上に出現したかのようだ。

 やがて、夜が夜明けに駆逐されていくように、漆黒の光が消えていく。

 黒い光が消えた後に、戦車が出現した。

 巨大な砲塔を持ち、152mm榴弾砲という規格はずれの凶悪な砲を装備した異形の戦車である。

 街道上の怪物という名に恥じぬ、巨大な金属の巨人を思わせる戦車であった。

 少女は、通常の戦車より高く聳える砲塔に腰かける。

 どこか邪悪な笑みを、浮かべていた。

 醒めた瞳で、目の前にいる異形を眺める。

 龍となったディアブロは、炎を吐いた。

 紅蓮の輝きが溢れだし、金属の巨人へとふりかかる。

 少女は、砲塔の後ろへ下がり死の紅蓮から身体を遠ざけた。

 戦車は炎に包まれるが、意に介さず前進を続ける。

 金属の無限起動は、焔をさえ踏み潰し蹂躙した。

 焔を切り裂いて、戦車は龍の前へとでる。

 再び砲塔の上に立った少女は、童子切りを龍に向けた。

 醒めた金属の輝きが、異形の龍を撃つ。


「おまえの痛み、おまえのむくわれぬ愛、おまえの悲しみを終わらせてやる」


 夜空に輝くシリウスの光を放つ剣を掲げた少女は、歌うように咆哮する。

 少女の叫びと共に、地を揺るがす轟音が響く。

 カーヴェー・ドゥヴァーの放つ152mm榴弾が、ディアブロの顔面を粉砕した。

 天使にして悪魔、機械にしてひとであるディアブロは地面に崩れ落ちる。

 しかし、それは一瞬のことであった。

 火花を放つように金属のケーブルが龍の頭部を、無数に覆う。

 金属の渦から、再び異形のかんばせが現れた。

 少女は、楽しげな笑い声をあげる。


「いいな、いいで、マキーナ・トロープ。あがってきたわ」


 ディアブロは、金属が軋みをあげるように凶悪な咆哮を放ち、少女へと襲いかかる。


「撃て、カーヴェー・ドゥヴァー」


 少女の叫びを受けて、再び巨人は怒号をあげ、152mm榴弾を放つ。

 呵責なき榴弾が、天使と悪魔が隣り合わせに並ぶ顔を再び粉砕する。

 爆炎と轟音が龍を包み、大地を震わせた。

 瞬く間に異形の頭部は、再生される。

 ディアブロは、嘲るような笑い声で荒野を切り裂く。


「術者、おまえ馬鹿か? そんなもの、いくら撃ったっておれは」


 ディアブロが、いい終える前にカーヴェー・ドゥヴァーは次弾を撃つ。

 さっきより発射間隔は、短い。

 龍を包む爆炎は凶悪に輝き、少女の邪悪な笑みを紅く歪める。


「おい、」


 再生されたディアブロの口が、呆れたように呟こうとするのをさらに152mm榴弾が粉砕する。

 カーヴェー・ドゥヴァーは機関銃を撃つような勢いで、152mm榴弾を撃ち込んでいく。

 巨大な鋼鉄の砲身が、熱で歪めれた空気のなかで紅く輝きはじめる。

 それにも構わず、鋼鉄の巨人は破壊の種を撒き続けた。

 紅蓮の焔と、死の漆黒を纏った爆煙が渦を巻いて、地獄の入り口のような様相を見せる。

 龍の身体は再生が追い付かず、地獄の入り口に咲いた金属の花となっていく。

 死と破壊の混沌が渦となり、少女の前で運命の輪を描いた。

 それは黒い恐怖を形にした、メエルシュトロームである。

 轟音と爆煙を吹き上げ続ける渦の底から、なにかが浮かび上がってくるのを少女は見た。

 おんなのように美しい相貌をもつ、おとこ。

 ディアブロのもつ二つの顔のうち、天使の側の顔であった。

 夢見るように望洋としたその顔は、薔薇色の唇を蠢かす。

 少女は片手をあげ、鋼鉄の巨人があげる咆哮を止めた。

 地獄の入り口から浮かび上がってきた顔が、呟く声を聞き取れるようになる。

 少女は突然落ちてきた静寂の中で、そっと耳をすませた。

 薔薇色の唇から、こぼれていく言葉をひろう。


「オレ ヲ キレ」


 漆黒の恐怖が描く渦の底から浮かび上がった花びらのような唇は、繰り返しその言葉を呟いた。


「オレ ヲ キレ」


 少女は、笑みをうかべる。

 この世のすべてを喰らい尽くすヨルムンガルドのように邪悪な笑みが、少女の顔を支配した。

 そして、手にした暁の輝きを宿す剣を構える。

 少女は、カーヴェー・ドゥヴァーの砲塔から跳躍した。

 小鳥のように、灰色の空を横切って少女は宙を舞う。

 手にした剣は、闇を切り裂く彗星のように輝きながら金属の龍へと向かった。

 漆黒の火焔となった闇を、無慈悲な夜の女王である月の輝きを持った童子切りが駆逐していく。

 そして、少女は闇の中心にある天使のかんばせへ剣を突き立てる。

 その瞬間、天使の顔に憎しみ、怒りの表情が去来した。

 そして、最後にはいいようのない哀しみを湛えた表情が浮かび上がる。

 少女は、さらに深く剣をつきたて呪を注ぎ込んでいく。

 龍は、微かに吐息をもらしどこか笑みにも似た形に唇を歪ませた。

 童子切りに込められた呪は、龍の体内へ酸を注ぎ込んだように金色の身体を崩壊させていく。

 黄金色の龍は、無色の火焔によって焼き殺されていくかのようだ。

 少女は、金属の瓦礫となった龍の身体から、ふわりとスカートを風でふくらませながら地上へとおりたつ。

 未だ灰が雪のように降り注いでいる廃墟の中で、ひとびとが呆然と立ち上がりはじめるのを少女は満足げに眺める。

 少女の背後には、再び戦車から巨人の姿へと変化したカーヴェー・ドゥヴァーが立っていた。

 華が咲きこぼれるような笑みを少女は浮かべると、巨人の肩へとひらりとのぼる。


「さて、もうすこしやっかいなのを相手にしないとあかんのやったな」


 巨人は頷くと、少女を肩にのせたまま廃墟の中を歩みはじめた。


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