巡査になりました Ⅳ
「そういえばなんだがな……」
不意に熊宮が言葉を発した。
「いや、これ言っても大丈夫なのかどうか」
「どうしたんですか?」
「一般市民に聞かれちゃダメな話だから婉曲な言い回しになるが、琴姫巡査はここじゃないどこかについて考えたことあるか?」
「ここじゃないどこか……ですか?」
熊宮の質問に首を傾げる。
「いわゆる異世界ってやつだな」
「異世界⁉︎」
熊宮の方へ顔を瞬時に向けた。
「えっ?」
「あっいえなんでもありません」
琴姫は少し興奮気味になってしまったことを反省する。
「とある先輩から聞いただけだから詳しい事は知らないんだけどな」
「他にわかることはないのですか?」
興奮を抑えつつ琴姫は訊ねてみる。
「あることにはあるが、まだ絶対に一般市民に情報漏らしちゃダメなんだよ」
「まだ?」
「なんでも何年後かに公表されるらしいぞ」
それを聞いた琴姫はふむふむと頷いている。
「あ、お、俺はもう何も言わないからな」
誘導尋問にかかりそうになり慌てて口を閉じる。
「いいじゃありませんか。謎めいた言葉を投げかけられたら気になりますよ」
琴姫は熊宮に近づき問いただそうとする。
「と、とりあえず、俺にくっつくのをやめてくれないか? 多くはないが通りすがりの人に変な目を向けられてるから」
「後で聞いてもいいですか?」
熊宮の言うことは全く耳に入っておらずさらに追求しようとするので熊宮はやむなく返事をした。
「わ、わかったから。後でな」
それを聞いた琴姫はガッツポーズをして元いた場所に戻った。
それから昼食をとり、夕方と夜間のパトロールを終えた。午後七時。
「本来なら朝七時から次の朝七時までなんだが、今日は初日だからこれで勤務終了だ。明日の朝七時までは別のベテラン組がいるから大丈夫だ」
「ここは二つの係で交代制やってるんですね」
「そうだ。明後日からは本格的に仕事になるから明日ちゃんと休んどけよ」
「わかりました」
そう言い二人は私服に着替え、交番を出た。
それから数分後。
「なぜ、琴姫、お前がここにいるんだ?」
熊宮は帰宅途中で後ろに琴姫がいることに気がついていたが、家の方向が同じなのだろうと思っていた。しかし、――――住んでいるのはアパートで――――自分の部屋の前まで追ってくるのは些か変に思えた。
「先輩言ったではありませんか。わかったと」
「えーと、確かに言ったけども……」
「私に教えて下さい!」
琴姫は熱のある双眸を覗かせていた。
「教えて貰えませんか!」
「あーもうめんどくさいな。近所迷惑になられても困るし、仕方ないが入れるか」
念を押して言う琴姫に折れて口では入室を許可する。
「ちょっと待ってろ。部屋を片してくるから。てことでドアを閉めるぞ」
琴姫が入ってくる前にドアを閉め逃げようとしたが、ガンっと音がした。
ドアの隙間に脚を挟んでいたのだ。
「うん、わかってたが……はぁ、早く入れ。入ってもいいが玄関の所で待っててくれ」
「はい!」
早く異世界についての話を聞きたくてウズウズしていた。その間、熊宮は部屋の片づけに勤しんでいた。
――――絶対に何かあるよね。
琴姫優華という人間は異世界が好きである。好きを通り越して大好きのレベルまで達している。普段は正義感の塊のような性格なのだが、その一点に置いて変わり者と化す。ゆえに今も異世界と聞いて心を躍らせていた。