巡査になりました Ⅰ
「おはようございます!」
朝六時三十分。煌めく日光が街を明るく彩る。そこへ、活力のある若い女性の響き渡った。芯が太く、それでいて澄みきった美しい声だ。
「おう、おはよう。えー、琴姫巡査だったか」
ここは、とある交番。
同じ若い男性の声がその挨拶に応える。警察の青い制服からでもわかる、身体つきの良い好青年といった印象を与える。
「とりあえず、制服に着替えて、話はそれからだな」
「はい、わかりました」
ハキハキと背筋を伸ばして返事をした。
――――ここが私の始まり。
「いよいよ私も警察官の一員か……」
琴姫優華。二十二歳女性。先月、九月まで警察学校という場所にいた。
警察学校というのは高校または大学卒業後に、前者なら十ヶ月、後者なら六ヶ月間警察について学ぶ場である。琴姫はそこをつい先日終了させ、ようやく仕事に就くことになったのだ。
――――本当に大変だったなあ…………
琴姫はしみじみと思い、心の中で呟いた。
というのも当然であった。一言で表すなら濃いのである。
六時起床で国家掲揚。そしてランニングを行った後朝食を取り、夕食の十七時まで授業に、二十三時消灯と普通なのだ。しかし、授業内容が六ヶ月で学ぶには濃いのだった。
まずは法学。これは刑法や地域に関する法律知識だ。
外国人にも対応出来るよう英語の試験やパソコンに関する知識の活用。また、逮捕術や拳銃の訓練。そのため柔道か剣道を選び初段を目指してやるのだ。
などなど学ぶことが多い。
琴姫は大学卒業後、その六ヶ月間を耐え、今警察として初めての仕事場にやってきたのだ。
「熊宮先輩」
正義感溢れる、蒼天を基調とした制服。きっちりとしたブレザーにネクタイ、膝までのタイトスカート。脚線美が光に照らされる。
また、濡烏の長髪を一本に束ね、その色が日本人の美しさを体現しているようだ。例えるなら大和撫子になるだろう。
そして、その青みがかった黒髪に帽子を被せる。
「準備してきました!」
琴姫は溌剌に言う。
「おう。勤務時間まで数分あるから、簡単に自己紹介しておくか」
少し砕けた喋り方をする青年はそう言うと紹介し始めた。
「俺の名前は熊宮雅刀だ。琴姫巡査の三年先輩に当たるな。まあ、先輩とは言ってもたった三年だし、未だ巡査部長だから特に権限あるわけじゃないし対等な関係でよろしくな」
「はい、よろしくお願いします!」
「威勢が良いな。えーと早速だが、ここがどんな場所か理解しているか?」
熊宮の質問に対して、琴姫は直ぐに返す。
「交番です」
「そう、俺たちは地域課の庶民係なわけだからな。じゃあここは何をするか分かっているか?」
そんなことは警察学校で既に教えられ知っていることだ。だから琴姫は不思議な質問をするなあ、と思いつつ答える。
「周辺のパトロールですよね?」
「要するに雑用みたいなもんだな」
「そんなことは…………」
仕事をする前にそんな事を聞きたくはなかったので、先輩であるが一言物申したいと琴姫は思った。しかし、熊宮は続けるので若干反応しづらそうにしつつ話を聞くことにした。
「イメージダウンさせたいがために言ったわけじゃなくてだな……。でもまあ雑用ってのは三分の二本当だが――――」
「それはほとんどではないですか⁉︎」
つい思っていたことが飛び出してしまった。ついでに身を乗り出していた。
「お、落ち着けって琴姫巡査」
琴姫は人一倍警察に憧憬の念を抱いているのだ。雑用などのマイナス要素には少々敏感なのである。
しかしここは大人の世界なので、目上の人に急に声を上げてしまったことを詫びる。
「あ、すみませんでした」
納得はいかないが反省することにした。
「えーと、言葉足らずだったな。まあ琴姫巡査は他とは違うが、悪い反応じゃない。むしろ、雑用だと思ってない方が仕事熱心で良いと思うぞ」
しかし、先ほどと言っていることが矛盾してはいないかと琴姫は思った。
「周囲のイメージとしては雑用なんだろうな。実際、この地域総務課から出世していくやつは珍しいからな」
だけどな、と言葉を紡ぐ。
「俺は妥協じゃなくこの課を選んだんだ。魅力がなかったら、そもそもここにはいなかっただろう。琴姫巡査もそうなんじゃないか?」
「そうです」
少しの沈黙の後、熊宮は口を開いて言った。
「つまり、この仕事に対してやる気があるかどうか試してみたかっただけだ」
そして、いたずらっぽく笑ってみせた。
――――い、いじわるです……
琴姫は不服そうに、少しだけ目を横に逸らした。