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The CAT

作者: 雪季

◇起こされる

 俺の前にネコが現れた。確かに猫の姿をしているが、その出会いからして普通の猫ではなかった。


にゃー


 目を開けると自室の天井。どうやら少し寝ていたらしい。大きく伸びをしてから起き上がる。枕元にネコが一匹。さっき聞こえたのはこいつの声だったらしい。猫、猫か・・・

「・・・猫?!」

声がひっくり返るのも気にせずできるだけネコから距離をとった。この家で猫は飼われていない。冬だから窓は閉めてあるし、ドアも閉めてある。つまり目の前に猫がいるなんてありえない。目の前の光景が信じられない。寝ぼけているのか。試しに瞬きをしてみた。頬をつねってみた。目を閉じて3、2、1

「入るよ」

ノックもなしにいきなりドアを開けたのは妹だった。この状況はまずい。なんで家に猫がいるのか説明できない。部屋のどの位置からも見えるベッドの上、ネコは呑気に丸くなっている。おい、一番困るのはお前だぞ。

「・・・ベッドに何か隠してんの?」

見えていないのか?挙動不審な俺を見る目が痛いが一安心。だがこのネコの謎が増えた。

「どうでもいいけど、晩御飯出来たってさ。」

伝えることだけ伝えて妹は出ていき、部屋には俺と謎多きネコだけが残された。

「・・・お前一体何なんだ?」

ベッドの横にしゃがんで目線を合わせてみたがネコはただ、にゃーと鳴き、その瞳に困った顔の俺を映すだけだった。


◇承認(証人)は一人

 ネコが来て三日。いくつかわかったことがある。このネコは俺にしか見えない。ほかの人間は誰もこのネコの鳴き声は聞こえないし、触ることもできない。物は触れるようだがこの部屋で爪とぎなどはせず、ネコが何をしようとも毛は一本も落とさないため、ネコがこの部屋にいたという痕跡はほとんどない。そして、晩御飯が終わる頃には消えている。昼間は学校があるためわからないが、夕方自分の部屋にいるとベッドの下や机の上部屋の様々なところから出てきてはにゃーにゃーと鳴き、撫でられると嬉しそうに目を細める。嬉しそうな顔が遠くへ行ってしまった人物を思い出させた。


◇転がって行く

 ネコが現れない。

 ネコはいつも多少のズレはあっても大体同じ時間に来ていたが、今日は一時間たってもネコが来ない。ネコが来るようになって二週間。会っていくうちにあのネコのすべてがアイツに重なってきて俺の中ではネコとアイツがイコールで結ばれていた。まさかあいつに何かあったのか?確かめたいが今はまだ6時。せめて7時までは待たなければ。大きな時差が互いの距離を象徴しているようだ。ジリジリと時間が過ぎていく。やっと7時になった。コールボタンを押す手が少し震えている。1コール、2コール・・・。勢いで電話してみたが電話なんて久しぶりなんだ。どう切りだそうか、焦り出したところでコールが切れた。


◇何度だって結ばれるもの

 ハロー。・・・ミカちゃん?!ひさしぶり、どうかしたの?

 ん?最近変わったこと?特にないよ。まだまだ苦労するところもあるけどなんとかやってる。そっちは?そっか、変わりないなら何より

 ・・・あの、えーっと、たいしたことじゃないんだけどさ、最近毎日同じ夢を見るんだ。ネコになってる夢。ネコになってミカちゃんのそばにいるの。…変だよねごめん。

 え?今日はどうだったかって?実は今日テストで、寝てないんだ。だから夢は見てない。

 …ごめんなさい次からはちゃんと勉強します。で、ちゃんと寝ます。

 ありがと。がんばるよ。そっちもそろそろ寒くなるだろうから風邪ひいたりしないように気を付けてね。うん、またね。




 電話を切ってほっと息を吐いた。家の事情で海を渡って三ヶ月。こちらでの生活に慣れていくにつれて、これまでの人間関係が薄くなっていくような気がして怖くなった。こちらを気遣ってか、この三か月誰からも連絡はなかった。今まで毎日会っていた人に会えないことがこんなに辛いなんて知らなかった。高校生にとっての三か月は長くて短い。きっと私がいなくなったことなんてもう薄れて普通の日常を過ごしているだろう。そう思うと何かと理由をつけて自分から連絡することを避けた。

 突然夢を見るようになった。夢の中で私はネコだった。最初は前の家やその周辺を歩いた。次は学校へ行ってみた。夢の中目の前にあったのは日常だった。私がいなくても何も変わらない。誰にも見えはしないのに下を向いて歪んだ廊下を歩いた。目的もなく歩いた先にいたのはつまらなそうな顔をした少女だった。高校で一番仲が良かった、私の親友。ミカちゃん、名前を呼ぼうとしても自分の口から出るのはにゃーという鳴き声だけ。たとえ夢であったとしても、私の願望だったとしても、私はどうにかして彼女に笑ってほしかった。

 次の日から私は彼女の家へ行くようになった。驚いたことに今まで誰にも見えてなかったのに、彼女には見えるようになったらしい。なんて都合がいい夢なんだろう。

 ミカちゃんから電話が来たとき正直驚いた。夢の事を言ってしまったのは多分しゃべれることが嬉しかったからだろう。いくら夢で逢っても現実で逢えなければ意味がないとやっと気づいた。

 きっと待っているだけじゃだめだ。欲しいものは、掴みたいものは自分から手を伸ばさなきゃいけない。ほどけかけた糸は結びなおせばいい。

 あれからネコの夢は見なくなった。代わりにメールや電話をするようになった。もうすぐ長期休みに入る。向こうに帰ったら逢えなかった分たくさん話したい。ネコにはできないことをめいっぱいやってやるのだ。

 END


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