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ノー・チート・ライフ  作者: 山部 椿 
7/8

二つの決着

遅くなりました。仕事忙し過ぎてなかなか執筆できないでいます。

書く量減らして投稿しようかな。



 相手は自分の槍が僅かに踏み込まなければならない位置で構えていた。槍を相手にするには少し近すぎる間合いだがそれも仕方がないことだと男は考える。相手は武器を持っていない、ならば少しでも距離を詰めたいと考えるのは自然のことだ。


 自分にとっては有利な距離だが、相手からしたら攻撃を当てるために2足以上かかる遠い距離。男は驕りではなく純然たる事実から自分の有利を確信し、十分な余裕を持って敵の接近を待ち構える。


(来たか)


 仕掛けてきたのは相手から。鋭い踏み込みにより急速に接近してくる。これ程鋭い踏み込みは男の記憶にない程の速さである。しかし、来ると分かっているなら迎撃は容易い。男は槍を僅かに引き、槍を突く距離を空けタメをつくる。後は相手が2歩目を踏み、一瞬停滞する瞬間に槍を突きだせば男の勝利だ。


(焦ったな少年。2歩目で左右どちらかに飛び、私の槍を躱し飛び込むつもりなのだろうが、飛ぶ瞬間動きは止まる。2歩目を踏んだ瞬間がキミの敗北だ)


 だが、男は槍をなかなか放つことができない。予想を超えてニシの一歩が伸びてくる。


(なんと長い踏み込みだ!? しかし、コンパクトに突けば問題はな・・・まだ伸びるのか!)


 ニシの踏み込みは1mの距離を過ぎてもまだ止まることなく伸び続け、そしてただの一歩で男の眼前にまで達する。


 ‘‘ドッツ’’


 肉を打つ鈍い音が響く。男の顔面にニシの左拳が突き刺さり、男は衝撃により一歩、二歩と後ずさる。ニシは2m以上もあった距離をたったの一歩で踏破してみせたのだ。


 グウッ と唸り男は殴られた事実を確かめるように鈍い痛みを放つ自らの顎を触る。数回ほど顎をなでると視線をニシへと向ける。


「まさかあれ程の間合いを一足で潰されるとは思ってもみなかった。見事な技だったぞ少年」


「ありがとうございます。順突(じゅんづき)、左手での飛び込んで打ち込みは自分がずっと学んでいた武道の代名詞と言える技なので、通用したことにホットしています」


 順突、半身に構えた際に自然と前に出る方の手で繰り出す速度重視の突き。ボクシングで例えるならジャブに相当する空手の代名詞と言える技の一つ。純粋な速度はボクサーのジャブに劣るが、この空手独自の技には他には無い利点も存在する。とりわけ注視するならばやはりその有効射程の長さだろう。普通のパンチの有効距離は腕の長さ+踏みこんだ距離、通常の踏み込みはおおよそ肩幅程度の1mにも満たない距離に対し順突は通常の踏み込みが1mを超す非常に珍しいパンチと言える。


 男はニシから視線を外し、先ほどの踏み込みにより出来た足跡を見つけ、再度視線をニシへと戻す。


「2m半といったところか、これ程の距離を助走なしで飛ぶことがキミのそのブドウ? とやらでは普通なのか?」

「普通とは言えませんが、できる人を何人か知っています」


 その答えに、そうかと呟き突如男は頭を下げる。


「正直に言おう。先ほどまでキミのことを過小評価していた。不当な侮辱をしたことを許してほしい」


 濁りの無い、どこまでも真っすぐな謝罪を受けニシは狼狽する。明らかに自分よりも年上で体格も身長も比べるべくもない程に相手の方が勝っているのだ、ニシからしたら低い評価を受けることが当然と考えていた。


「頭を上げてください。 初見で低い評価を付けられるのはあなたからしたら当然だと思いますし、それに評価お見直していただけたのならそれで十分です。謝罪は不要ですよ」


 男はニシの言葉に頷き話を戻す。


「改めて、この勝負は君の勝ちだニシよ。それとキミは謝罪は不要と言ったが、もう一人の者には謝罪せねばなるまい」


 男の言葉にニシも思い出す。そいえば先輩の方はどうなったのかと。自分と違い相手は刃の部分に被せ物をしているわけではなく真剣を相手にしているのだ、自分などより遥かに危険な状態だったことを思い出す。


 忘れていた言い訳をするわけではないが、ニシも心配をしていなかったわけではないのだ。ただ何となくケンドウ先輩なら大丈夫だろうと思えてしまい、心配する気持ちが薄れていったのだ。信頼とは違うが、いつも飄々としている彼の人徳と言えば良いのだろうか?


 先ほどケンドウが逃げ回っていた場所に振り返ると、そこには額から大量の血を流すケンドウが横たわっていた。



 時は少し前に戻る。それはニシ達が目を逸らした後に遡る。まさかのカエルジャンプと前転により距離が開いた二人はしばしの膠着状態となっていた。


「うお~怖え怖え」


 ワザとらしく両の腕を擦りながら立ち上がり女の出方を窺う。先ほどまで猪突猛進を地でいっていたが、今は少し落ち着いたのか、向こうもこちらの様子を窺っている。今なら会話が通じるかと試すことにした。


「なあ。今更なんだけど自己紹介しないか? まだあんたの名前も聞いていなかっただが」


 会話のきっかけとしてはベタだが、果たして自分に対しお怒り中の目の前の女が乗ってくれるだろうか? まあ、無理だとた思うが他に気の利いたセリフなんて思いつかない。


 しかし、意外にも答えが返される。


「ボア・アルフ族の10人長を任されている クライ・アファマニィ だ」


 低い声で明らかに不機嫌であることが窺える声であったが、自己紹介をしてくる女に意表を突かれ、思わず素で答えてしまう。


「え~と、ありがとう? ああ、オレはケンドウ ヤマキ。 ええっと、会計・・・金銭の管理係兼、料理係です」


 ちょっと自分でも何を言っているんだろうと思う発言をしていた。ニシが聞いていないことを切に祈りながら気まずさをごまかすように咳払いを入れ会話を続ける。


「あふまーにさん? 違うな、あふあふまにい? ・・・クライちゃんって呼んでいいかな?」


「殺す」


「すいませんでしたクライさん」


 名前の響きから和風ではなく洋風の様に名前が先に来ると推測して名前呼びを避けようとしたが、ファミリーネームをうまく聞き取れなかったので、名前呼び切り替えたがダメだったらしい。いや、ちゃん付けが悪かっただけなのだが。


「後でその舌は切り落とすとして一つ聞きたいことがある」


 ・・・調子に乗った発言の代償は余りに高くついたようだ。


「向こうの男は強いのかい? アグルウス隊長を相手に戦ってこれ程の時間立っていられる者はそういない。お前と違い向こうの男は強者なのか?」


 クライが視線でちょうど対峙している二人を指しながら、ニシが本当に強いのかと問いてくる。目の前のケンドウがとても強そうには見えない為、信じずらいのだろう。ケンドウは視線をクライから外し、ニシ達の方へと向ける。


「強いですよ、アイツは。なんたってうちの所属のなかで、僅か半年で七番手になった男です。あいつは本物の天才ですよ、羨ましいことに。すぐにオレなんかよりも強くなるだろうな」


 眩しいものを見るような目を向けていた先で、ちょうどニシが順突(じゅんづき)を決めていた。さて覚悟を決めるか・・・。


 視線をクライにへと戻し、ある提案をする。


「ねえ、クライさん。賭けをしませんか?」


「賭けだと? いきなり何を言い出すんだお前は」


 ケンドウの提案に胡散臭そう答える。今までのふざけた態度ばかり取っている相手から唐突に賭けの提案をされれば、普通はそう思う。そんな態度に対し、ケンドウは気にした様子もなく賭けの内容を話し始める。


「ルールは簡単。オレは次の攻撃を一歩も動かず、もっと言えば左手しか使わずに(しの)げたら俺の勝ち、(しの)げず倒されたら俺の負け。オレが負けたら一回だけ言うこと何でもきく、そんな感じでどうでしょうか?」


「私をなめているのかい? ああ、そういえば最初からふざけていたんだったね」


 底冷えするような声から、怒りの強さを感じる!それも当然なのでケンドウは内心で予想通りと嗤っていたが表情には出さない。


 腕どころか胴体すら真っ二つにできそうな程の剛腕の持ち主に対し、生身の腕一本で防いでみせると宣言したのだ。それは侮辱されたと思われても仕方が無い。


「いいよ。もし生き残れたら私も何でも好きな願いを聞いてやろうじゃないか」


「今の言葉、二言は無いですね。ではさっさとやりますか」


 なんの気負いも見受けられない様子でケンドウは歩み寄り、クライの目の前で立ち止まり、いつでもどうぞと相手に声をかけ、賭けの開始を促す。


 ケンドウは両腕をぶらりと下げたまま半身に構えを取っていた。一見すると構えていないよう見える立ち姿に、クライの怒りが爆発した。


「ふざけたまま死んで後悔してろ!」


 防御にまわすだろう相手の左腕ごと頭をたたき割る為に、勢いよく振り上げた右手を真っすぐに振り下ろす。そう誘導された行動とは(つい)ぞ疑いを持つことはなかった。


 誘導した通りに相手は近すぎる距離のまま怒りに任せて攻撃に着手してきた。上手く相手が思惑に乗ってくれたことに一安心し、振り下りてくるククリナイフとの距離に注視する。ただしナイフが頭に届くまでの距離ではなく、どれくらい離れれば当たらないか、つまり体との直線距離を測っていた。


  “ザシュッ”


 切られたケンドウの顔から鮮血が飛び散る。振り落とされた斬撃はケンドウのこめかみから頬にかけて鋭い切創を負わせていた。切られた衝撃で無意識に後退りそうになる足に力を入れ何とかその場に踏みとどませる。ここで一歩でも動いてしまったら勝負はケンドウの負けになってしまう。何とか踏みとどまることに成功したケンドウは、そのまま顔の傷に恐る恐る手を触れ、傷の具合を確認する。真っ先に、鋭い痛みにより閉じられた左目を確認することにした。


 実は斬撃を防いだ際に、目に傷を負う可能性があったことを失念していた為、気を失いそうなほどの恐怖を感じていたのだ。まずは瞼に触れ傷がない事を確かめ、次にどこに傷があるのかを確かめていく。傷口が目じりを通っていたので目まで傷が達していないか恐怖で目を開けることに躊躇したが、瞼の隙間から血のせいか赤い光が視界に映ったことに心から安堵する。異世界初日に片眼を失うなど本当にシャレにならない。


 他にも、腕や体に怪我がないか確認し顔の切創以外のケガがない事を確かめてからようやく目の前の相手に視線を向ける。


「なんとか一歩も動かずに耐えれたし、オレの勝ちでいいかな?」


 視線の先には私不満ですと主張した表情を浮かべたクライが、ケンドウを睨んでいた。ただしクライは勝負に負けたことが不満なのではなく、一歩も動かずに自分の剣戟を防がれた方法に対して不満を覚えていた。


 そうなるのも仕方がない事ではある。ケンドウが剣戟を凌いだ方法というのが、ナイフを振り下ろすクライの事をただ押しただけなのだ。ナイフが届かない距離まで引き離すように、腕を振り上げられたことにより無防備を晒していた脇を左手で突き放しただけ。そんな子供騙しの様な手段で負けた事実とそんな間抜けな敗北をした己の不甲斐なさやケンドウに対する不快感など様々な感情が混ざり合い今の表情となっている。


 クライはあんな方法の敗北を認めたくなかったが、ここで敗北を認めないことは己をより惨めにすることを知っていた故に、


「・・・・・・・・・・・・・私の負けだ」

「すっごい間があったんですけど!?」


 ケンドウの突っ込みは特に反応せずむしろ視線すら合わせずにスルーされてしまう。そんなクライの様子に一度ため息をつき、そしてそのままゆっくりと地面に向かって倒れていった。そのまま地面に両手を広げ寝転み、大きく息を吐いた。


「クソッ、予定より傷が深いな」


 小さく呟いたその声は、本人は誰にも聞かれないようにしたつもりだったが、筋力どころか視力や嗅覚そして聴覚も人間より高性能な彼女には聞き取られていた。



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