異世界と戦場1
“ズルズル” “ズルズル”
何だろう? 地面を何か重い物でも引きずっているような音が聞こえる。
“ズルズルズル” “ズルルル”
音は断続的に聞こえてくる。まるで誰かが荷物を引きずって歩いているような、それと何か離れた場所からも音がするような。
ああ、クソ重い! こいつこんなに体重あったのか。めんどうくさい、いっそ蹴り起こすか?
何やら不吉な台詞が聞こえた気がする。なんだかこのままでは良く無いことが起きる予感がしたせいか、意識が急激に浮上する。目を開けるとそこには今にも振り落とされそうなそうな脚が映り、意識が完全に覚醒する。
「何をしようとしているんですか! 起きたのでその物騒な脚を止めてくれませんか、ケンドウ先輩?」
今にも顔に向かって脚を踏み落とそうとしている先輩に懇願に近い声で停止の申し出る。
「おっ? 起きたかニシ。起きた直後で悪いがこいつらを運ぶのを手伝ってくれ」
言い終わると、直ぐに走り出し4~5m離れた位置に倒れているサギハラの腕を抱えて引きずり始める。上半身を起き上がらせあたりを見わたすと、さらさらとした土の地面と大きな岩、それと自分と同じように部員たちが倒れていることに気が付く。
何でみんなが倒れているんだ!? いや、そもそもここはどこなんだ。
「ケンドウ先輩。なんでみんな倒れているんですか!? それにここはいったいどこなんですか」
ニシは普段なら先輩に対しこのような強い口調で詰め寄るような真似はしない、先輩に対し敬意を持って接する男であるが、気が付いたら見知らぬ場所にいて自分達以外みんな倒れているという、非日常な現状に混乱していた為、普段なら取らない態度をとってしまった。
「お前、ここに来るまでの事を覚えていないのか? いや今はいい、それよりこいつらをこの岩陰に運ぶのを手伝ってくれ。いいか、静かに速く移動させるんだ。説明はその後にしてやるから頼むぞ!」
そう言うと、こちらの返事を聞くよりも早く近くに倒れているメギジマ主将に駆け寄り、こいつは重すぎて運ぶの無理と呟き、顔を叩き起こそうとする。何が何だか分からず納得できないことが多いが、倒れているみんなを放っておくわけにもいかず言われた通りに部員達を運ぶ。
途中、文字通り叩き起こされた主将も運ぶ作業に加わり、3分ほどで全員を岩陰まで運び終え、ケンドウ先輩に改めて説明を求める。
「いいか、まずは落ち着いて話を聞いてくれ。そして話を聞く前に一つ約束して欲しい。絶対に大きな声を出すな。それを守ると約束したら話す」
やや抑えられた声量で、淡々と話す様子に不吉なものを感じつつ二人は素直に頷く。ケンドウはよしと頷き、後ろの岩に振り返り近寄ると岩の一部を指さす。
「こっちに来てここを覗いて見てくれ。そうしたら恐らくこの現状を理解できると思うぞ」
岩を・・・覗く?覗くって使い方がおかしくないか。そんなことを考えながら主将と共に岩に近づいていく。手が届くまで近寄ると、先に主将が指差された場所に顔を近づける。しばらくそこに何があるのか探している様子だったが、何かを見つけたのかジッと動かなくなる。
「ニシ。さっきから遠くで騒がしい音がしているのには気が付いているだろう? それを見れば答えが分かるぜ」
何やら意味深なセリフを言われた時、ちょうどメギジマ主将が岩から離れる。入れ替わるように今度は自分が岩に顔を寄せる。ここにいったい何があるっていうんだ。そんなことを考えながら岩の表目に目をやると岩に一部窪みができており、そこから光が漏れてことに気づく。窪みに目を近づけると、それは窪みではなく穴が開いていることが分かった。向こう側の景色を見ようと目を凝らす。すると段々、遠くの様子も見えてきて多くの影が動いている様子が見えてきた。
何が動いているのかより目を凝らして、その姿を見ようとする。焦点が合ってきたためか、ぼんやりとしていた姿の輪郭が次第にはっきりとしてくる。そうして、はっきりとした光景として眼が捉えたのは、人間によく似た生物の首が飛ぶ瞬間だった。
「ウワァァア?」
岩から飛びのき、手で口を押え悲鳴を押し留める。
なんだ、なんだよあれは!? 首が飛んで、し死んだ。殺されてた、人がひと・・・が? 人・・・だったのかあれは? 人にしか見えなかったのに人間じゃないように感じた。なんでそんなふうに思ったんだ?
「どうやら見えたみたいだな」
声に振り返るとそこには、さっきは気が付かなかったが顔色が青ざめている主将と、普段と変わらいように見えるケンドウ先輩が自分を見ていた。
「目視でおおよそ200m先で、今この異世界の住人が戦争・・・殺し合いをしている。そんな危険な場所におれ達はいるんだ」
異世界。・・・そうだオレ達は確か女神に会ってふざけた話を聞かされて、そして気を失ったんだ。ここが異世界?
「本当はもっとゆっくりと話をしたいが、いつあの連中がこっちに来るかもしれない。気を失っている奴らを、とりあえずは岩場に隠したが、早いうちに起こしてここを離れるべきだ。ちょうど戦場の反対に小さな森がある、とりあえずはあそこに隠れよう」
「ああそうだな。こんな状況では落ち着いて話もできん。全員を起こし現状の最低限の説明だけしてすぐに離れよう」
先輩たちの会話にニシも異存はなく、手分けをしてまだ目を覚まさないメンバーを起こして回る。無論、起こすときは余計な音をたてずに、目を覚ました人間には静かにするよう言い聞かせる。肩を二、三回揺らせばだいたいの人が目を覚ますが、最後の一人がなかなか目を覚まそうとしない。
「おい、サギハラ。サギハラ、起きろって。いっそケンドウ先輩の様に顔を叩いてみるか?」
ニシが右手を持ち上げ、平手をつくり叩くか叩かないか、サギハラの右頬と自分の手を交互に見やり悩んでいると、横から手が伸びる。
「どいてろ。この手の鈍い奴は、やさしく起こす必要はない」
振り向くといつの間にかメギジマ主将が隣に立っており、その太く厚みのある手がサギハラの頭を鷲掴みにすると、掴んでいた手を頭ごと一瞬で左右に細かく振るう。見た目には大したことの無いように映るが、腕力の強い人間があれをやると頭が、正確には脳が激しく揺れて、かなりのダメージが入る。下手をするとそれだけで少しの間真っすぐに立てなくなる。流石にそこまで強くはかけていないだろうが、それなりにダメージは入ったらしく、一発で目を覚まさせた。
ちょっとサギハラに同情しそうになったニシだが、思い返せば自分は起きていなかったら踏みつけられていた事を思い出し、自業自得だと思い直す。
ようやく全員が目を覚ました所で、現状すぐ近くにある危険の説明が始まる。当然の様に直ぐには信じてもらえなかったが、岩に空いた穴から向こうの様子を見せられれば、信じる他になかった。気を失う前に女神と接触するという異常な体験も遭って、ある程度の異常は受け入れやすくなっていたのだろう。
「全員、少しは落ち着いたか? まだ落ち着けないものもいると思うが今は時間がない。パニックにならずこれから言うとおりに行動して欲しい」
主将の言葉に、仕方がないことだがやはり困惑して何か言いたそうにしている人もいる。中でも特に混乱のためか挙動不審になっている部員にケンドウ先輩がなれなれしく首に腕をかける。
「イナバ。あんまり不安そうにすんなって。向こうの奴らとはまだ距離があるし、念の為にもっと離れて隠れやすそうな場所に移動するだけだぜ? 今は静かに素早く向こうの森まで歩く、それだけを考えればいいんだよ。むしろそれ以外は考えるな」
イアナバ先輩の様子が少しだが落ち着いて行くのが見て取れた。それだけでなく周囲の張り詰めていた空気も幾分和らいでいる。そういえば道場でも場の空気を引き締めるのが主将で、それを張り詰め過ぎないように緩めるのはケンドウ先輩だった。
「よし、準備はいいな。先頭は俺とミナズキ、最後尾にケンドウとニシ。それ以外のメンバーは2列になって左右の警戒をしながら進む。もし近づいてくる生物がいたらすぐに知らせるように。では行くぞ」
号令と共に歩き始める。目指す森は目算でおおよそ500m程だろう。周りを警戒しつつ早歩き程度の速度で進む。オレとケンドウ先輩は隊列から10m程離れて進んでいる。何故わざわざ離れているのか疑問に思っていると隣から話しかけられる。
「すまないなニシ。最後尾は万が一追っ手に追いつかれた時に足止めをする一番危険な配置だ。そこに一年のお前を付き合わせてしまって」
そうか、もし向こうで戦闘をしている集団の誰かに見つかり追いかけられたら、オレ達が足止めをしなければならないのか。だけどそれならオレよりも強い先輩のほうがよかったんじゃないか?
「あの、なんで自分が最後尾に選ばれたんですか?足止めする役割は重要のはずです。それなら自分より相応しい先輩がいると思うのですが」
先輩はその言葉に少し困ったような顔になる。するといきなり頭をポンポンと叩かれた。
「確かに戦闘力で選ぶならメギジマやカマタ、ミナズキの方が適任だ。そもそもそれを言ったら俺だって相応しくないんだがな。まあ森の中だって安全とは限らない、危険な生物がいるかもしれないからメギジマ達には先頭にいてもらわないと困る」
「先輩は十分相応しいですよ」
その言葉に困りながらも嬉しそうに笑う。
「アハハ。ニシに言われるとお世辞に聞こえないから凄いな。」
? お世辞もなにも、ケンドウ先輩も5人の正レギュラーの一人ではないか。お世辞の入る余地がないと思うのですが?
「話を戻すが、ニシが適任だと判断したから選んだんだ。最後尾の役割は足止めをして味方の逃げる時間を稼ぐこと。それも武器を持った相手に対して足止めして、自身も無事に逃げ切らなければならない。空手家のニシだったら対武器の心得ぐらいあると踏んだのと、鈍足が多いうちの部活で足が早いのはニシとイナバとオレぐらいなんだよ」
「確かに足は早い方ですが、武器を相手に実際に戦ったことなんてありませんよ」
確かに短刀を想定した護身術ぐらいは学んだことはあるが、実際にそれが必要になる機会があるとは思っておらず、嗜む程度にしか習ってこなかった。
「そう不安そうにするな。追いかけて来たのが強そうなら皆と一緒に逃げればいいんだ。勝てない相手と戦っても死ぬだけだ。無理そうだと判断したら迷わすに逃げろよ? そうじゃないと俺も逃げれないからな」
顔に出ていたのか、不安を悟られていたようだ。他には質問はあるかと聞かれ、初めから疑問に思っていたことを聞くことにした。
「なんで岩陰に隠れていずに、発見される危険が高くなる森への非難を選んだのですか? あのまま隠れて、やり過ごす選択もあったはずなのに」
森への移動をすると言われた時から疑問に思っていた。先ほどまで身を隠していた岩の幅はおよそ5~6m。数十メートルも進めば、向こうからもこちらの姿は丸見えになる。500mもの距離を見つからずに進むのはほとんど不可能だと思われる。そんなことは発案した先輩も当然分かっているだろう。なら何故発見されるリスクを冒してまで、移動に踏み切ったのか、その理由が聞きたかった。
「・・・・・オレがここに来てからお前たちが来るまでにどれくらい時間がかかったと思う?」
質問とはまるで関係のない話を振られ、戸惑うが移動を選択した理由と関係がある話かもしれないと考え直し答えを待つことにする。
「およそ2時間だ」
「2・・・時間? ちょっと待って下さい。ケンドウ先輩が女神に消されてから、自分たちがこっちに送られるまで長くても10分しか経っていなかったはずです」
「理由はわからないが、腕時計で時間は確認したから間違いない」
それが本当なら、ケンドウ先輩は一人でこんなところで2時間も過ごしていたのか。すぐ近くで殺し合いが行われているような場所で?
「それでここからが本題なんだが、黙っていたが俺が召喚された場所はさっきまでいた岩陰でなく戦場のすぐ近くで呼び出されたんだ。マジでビビったよ、いきなり目の前で殺し合いが行われていたんだからな。数秒我を忘れていたけど、すぐに我に返って回れ右して走って逃げ出したよ。そしてちょうど逃げ出した先にあった、あの岩の後ろに隠れていたんだ」
あまりの内容に口が動こうとしない。軽い口調で話してはいるが、この人はあの戦場の中にいきなり呼び出されたのだ。命の危険を感じないはずがない。なのにこの人は普段通りの振る舞いでいる。それはどれ程の偉業なのだろうか。
「それでこれが本題になるが、オレはあの岩に隠れる姿をあそこにいる連中に見られているんだ。正直いつ何が来てもおかしくない。だから危険を犯しても逃げ場のないあそこから離れなければならなかたんだ」
「そうだったんですね。先輩の考えは正しいと思います。すでに発見されていたのなら、あの場所に留まり続けるの危険でしかないと思います」
「悪いな、俺のせいでみんなを危険にさらしている。本当はすぐに説明をするべきだったが、急いであの場所を離れる必要があったし、あの時点で話しをしたらパニックになると思って黙っていた」
ケンドウの考えを知りニシは驚いていた。どちらかというとお調子者といった印象を持っていた先輩が自分が考えていたよりずっと思慮深い人なのだと知って。
「そうだったんですね。意外とケンドウ先輩って・・・・・・先輩?」
先ほどまでと違い見た時のない程鋭い目つきになっていたケンドウの様子に何かあったのかと考えそうになるが、今の状況で注視する理由など一つしかないことに気づきすぐに自分もケンドウの視線の先を追う。視線を向けた先には岩の向こうからこちらに近づいててくる人影が見えた。
「ッ!? 先輩!」
「ああ、分かってる」
ニシの呼び変えにノータイムでケンドウは答え、すぐに前にいる部員達の位置を確認する。
「先頭は森まで100m弱か。走れば十分に間に合う距離だ。 ニシ! バラバラにならないように気を付けながら全力で森の中まで走るようにメギジマに伝えろ!」
「先輩は!?」
「オレは遅れてはぐれるやつが出ないようこのまま後ろで離れたままついて行く。 お前は伝えたらそのまま先頭に合流しろ」
後ろを向いたまま虫でも払うように手を振り、早く先頭に伝えに行くように促される。その仕草に引っ掛かりを覚えるも、すぐに接近を知らせなければならないのも事実の為、後ろ髪を引かれながらニシは先頭へと駆ける。
先頭にすぐに追い付き、メギジマ主将にケンドウ先輩の言葉を伝えると全員に隣の人間とはぐれないよう注意しながら、できる限り早く走るように指示を出し自らを先頭のまま走り出した。ここでパニックが起こることを恐れていたが、メギジマ主将は部の長としての統率力を発揮し、スムーズに全員を移動させる。
これなら大丈夫そうだと、緊張で張り詰められていた糸を少し緩められたことを感じながら後ろを確認すると、自分たちを追ってきたものたちは先ほどまで400mは空いていた距離を残すところ50mも無いところまで詰められていることに気が付いた。
嘘だろ!? 俺が先頭に走り出してから30秒も経っていない。メギジマ主将の統率力のおかげでほとんどノータイムで走り出したんだぞ? 俺が見たときは少なくとも400m近く離れていたはずだ。
先ほどはよく見えなかったが、近づいてためその姿がハッキリと見えた。追手はまるで狼のような頭と見ためをした熊のような体の生き物に騎乗してい。このままだと森に入れてもすぐに追い付かれてしまう。
その時、なにか嫌な予感が首をもたげ最後尾にいるケンドウにへと目をやる。そこにはこちらに背を向け、立ち止まっているケンドウの後ろ姿をとらえる。
何をしているんだあの人は、まさか自分が囮になって自分達の逃げる時間を稼ぐつもりなのか。いくら先輩でも無理ですよ、相手は熊のように大きな獣に乗っているんですよ!? さっき無理そうなら一緒に逃げるって言っていたじゃないですか!?
「まさか初めから逃げるつもりはなかったのか!? ならなぜならなんで逃げるなんた嘘をついたんだ・・・オレが不安そうにしていたから?」
自分がオレが不安がっていて戦えないと判断されたから、先頭に逃がされた? そうだ、そもそも接近を知らせるのもわざわざ先頭に伝えに行かなくても後ろから呼びかければいい。逃がす口実として伝言に走らされたんだ。
そのことに気づいた瞬間、何かを考える前にニシはケンドウの元へ走り出していた。