第二話 いざ学校へ
「あのクソアマ...誰が畑に放り出せ言うたんや。
21年関西のど真ん中で過ごしてきた人間は田舎のいの字もわからへん、それぐらい想像できるやろ」
ぼやいていても仕方がないので、とぼとぼと人がいそうな処へと足を進めることにした。目に見える範囲に人家はないが、耳をすませてみれば歩いている方角から微かに声が聞こえる。
ひとまず人に会って、都市部を目指すこととしよう。
「あ、せや!荷物確認せな...アイツ性格悪いし、俺の言うたもんちゃんと入ってへんかもしれんわ」
この世界に来てからいつの間にか背負っていたリュックサックを地面に降ろし、中身を見るとそこには愛用しているノートPCと筆箱、十数枚の金貨が入っていた。金貨については、これだけの初期費用で仕事を見つけてなんとかやっていけという事らしい。勝手に想像しただけだが。
現金の感触を軽く確かめた後、荷物を再び鞄にしまい込んで音のする方向へと歩き始めた。
しばらく歩いていると、いくつかの民家と人影が見えてきた。
農作業をしている若い男性、河で衣服を洗う女性など。予想通りといえば予想通りの光景だったが、実際に見るのは初めてだった。
気安く話しかけて図体のでかいおっさんに殴られるのも嫌なので、一番近くにいた女性に声をかけることとした。
「すんまへーん、ちょっと迷子なってしもたんすけど...地図とかあります?」
「え!?あ...はい、ありますが...」
良かった、まともな人だ。
正直に"異世界からやってきましたテライマコトでーすどうぞよろしく"と打ち明ける手もあったが、無駄に相手が混乱するだけなのは目に見えていたし話を長くするのは嫌いなので軽い嘘をつくことにした。
「これ...地図です。
えーと、どこへ行かれるんですか...?」
「あー、この国初めてなんで...できるだけ都会のほう行きたいです。なんか商店街とか、そういうとこって近くにありますかね?」
「外国人の方なんですね。
じゃあ...首都のセスナを目指してください。この村からはそんなに離れてないですね、大体20分も歩けば着くかな...?
あなたが来た方向をそのまままっすぐで大丈夫なはずです。迷ったらその辺の人に聞いてください、この辺りは治安が良いので割と誰でも答えてくれるはずです。」
「おー、なるほどなるほど。ありがとうございます。ほな行ってきますわ」
「あ、ちょっと待ってください。お名前をお聞きしてよろしいですか...?
もしあなたが再び迷子になったときでも探しやすいでしょうし...」
「あぁ、はいはい、そういうことね。
寺井です。寺井真。これで大丈夫ですか?」
「テライさんですね、わかりました。
それではお気をつけて」
地図を見ながら歩く。距離や配置を見るに、この村スティルは首都から働き手が直接来ているらしい。大方、商人になり損ねた奴が生計を立てに来ているのだろう。俺も仕事がうまくいかなければ農業に従事させられる様子だが、奴隷よりは全然マシだ。
できれば、首都にある学校か何かに入って数学をするのが理想なのだが。
再びしばらく歩くこと、13分。
八百屋をやっている若い男性から声を掛けられた。どうやら完全に商店街に入ってしまったらしい。
「よう兄ちゃん、レタス安いぜ。買ってかねぇか」
「おぉ、食いもんは向こうと一緒なんやな...
まぁ今はええわ、来る前飯食ったばっかりやったし。腹減ったらまた来るわ、おっさん」
「おう、待ってるぜ」
二度と来えへんわボケ、と意味のない毒を吐きながら再び歩き始める。周囲は完全に都会で、人の往来もたくさんある。中世らしい建物が立ち並び人々の服装も時代に合ったものだが、獣人などはいない様子だ。また、剣を腰に携えた制服姿の若者もちらほらいる。警察のようなものだろうか。
とりあえず学校に向かいたいので、一番確実そうな警察に声をかける。
「あのー、警察の方ですかね?」
「そうだ。何か用か?」
いきなり威圧感のある口調で返された。怖くはないが、警察がそれでいいのかとは思う。
「この辺に大学とかってあります?できるだけでかいとこ」
「大学とはなんだ?冒険者用のギルドのことか?」
「あー全然ちゃいます。えーと、なんて言うたらええかな...
...やばいどうしよ、言葉出てけえへん」
「恰好からして外国人だろう、ならどうせ冒険者志望だ。
ほら、ギルドは真正面だ。とっとと行ってこい」
「は!?え、ちょ何やねん!俺冒険者なりとうて...ってえぇ!?」
喋る間もなく無理やり首を掴まれてギルドとかいう建物の中に放り込まれた。扱いが雑にもほどがある。
あれで警察をよく名乗れたものだ、この国には法律というものがないんではないか。
「えーと...まぁ警察に頼らんかったらええ話や、ここの受付にでも聞いたらええやろ。
すんませーん、この周辺で大学...やなかった、勉強できるとこ探してるんですけどどのへんですかね?」
冒険者用ということだったので嫌な顔をされるかと思ったが、受付にいた青年は笑顔で答えてくれた。
「勉強できるところ...でしたら、専門学校がこの近くにありますね。
すいません、僕はギルド職員なので何を取り扱っているかまでは存じ上げませんが...とりあえず学問についてのことでしたらそちらへお行き頂ければ」
「ははー、なるほどな。大学ないけど専門学校はあるんや。
OKOK、わかりました。ありがとうございます」
「お気をつけていってらっしゃい」
大学が存在しないという事は、この世界でのいわゆる「最先端研究」はすべてその専門学校で行われているのだろう。スティルの村でもらった地図を見ると、確かにそれらしい記述がある。
ひとまずそこへ行って、働けるかどうか確かめてから住まいをとることにしよう。
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専門学校の門は意外と緩かった。
「数学を学びたくて来た」と一言いうと簡単にそれらしい研究室のリストを見せられ、どこへ入りたいか選ぶこととなった。どうも、自分が好きな分野の部屋を選んでそこにいる同期や先生と意見交換をしながら勉強する形らしい。一部屋当たり大体40人で、多いところは100人ぐらいになるとのこと。俺は整数論が好きなのでその部屋を選んだ。
部屋の戸を叩くと、出てきたのは一人の若い女性だった。
「なんだテメエ。冷やかしか?ならとっとと帰れ、邪魔だ」
歓迎されるかと思えば割と散々な言葉を掛けられた。これでも口喧嘩には慣れているので、臆することなく言い返す。
「なんや、扉叩いただけで何でそこまで言われなあかんねん。俺は数論好きやからここに勉強しに来ただけや」
「数論好き?笑わせるな。この国で整数にのめり込んでるのなんざ私以外にいる訳ねえだろうが」
「は........?
この研究室、お前しかいてへんのか?」
「驚くことか?整数論なんて誰も興味を持ちやしねえ、当たり前のことだ。それでも誰かが進めないと学問は廃れる。だから私がこの部屋を建てたんだろうが」
俺は言葉を失った。
彼女が言ったことが本当だとしたら。
この国での整数論の研究者が、本当に彼女しかいないのだとしたら。
場合によっちゃあ、俺は相当な金持ちになれるんじゃないのか。