繭
【微エロ注意】すみません。本当にすみません。清く正しい良い子は絶対に読んではいけませんよ!
夜着の帯を解いたのは男の方だった。
だが、互いを晒したまま動かなくなった男を暫し見つめ、寝台の天蓋紗を引き落として頭から被ったのは、娘の方であった。
娘の父である当主との間に結ばれた、貴族の女性への不可触の誓いを、男はどうやら破れずにいるらしい。娘は男の口接けと、剥き出しの情が欲しかった。
薄紗ごと転がり込んだ寝台はすぐに熱を帯びた。布越しの口接けは、もどかしいばかりだったが、押し付けあった舌の存外の固さは全身に火を点けた。普段は手袋越しに、壊れ物に触れるような慎重さで自分を扱う男の手が、手袋を脱ぎ捨てた今は嘘のように強く肉を掴むのを、娘は嬉しく受け入れた。薄紗を隔てていてもなお、男の手指は熱かった。
男は、娘の家に仕える家司の一人息子だった。幼い頃から傍にいる護衛を兼ねた侍従である。家司である父親共々、当主に大恩があるらしく、真摯な忠義は他家へも知られる程であった。
いつも自分を導き守ってくれる九才年上の男を、娘はすぐに好きになった。太陽の下で屈託なく宣言出来たその感情が、痛みを伴うようになったのは何時頃からであったか。かなり早い時期ではなかったかと娘は思う。
忠義の塊である朴訥な男がそれに気付いたのは随分と後だった。戸惑いに蒼褪めながらも、その焦茶の目が娘と同じ痛みを映し始めたのは、つい最近の事だ。男は幾分か窶れ、時折唇を噛むようになったが、娘に対する態度は変わらなかった。
崩れたのは先週、娘の婚約が決定してからだ。娘自身も覚悟していた幼馴染との順当な婚約だった。なんの問題も無く話は進み、先方より明日から教育係と侍女が来る予定になっている。婚ぐ家の慣習と内情を学んで結婚に備えるのだ。異性と二人きりになる機会は、もう存在しないだろう。
そして娘の輿入れと共に男は任を解かれ、この家に残って家司の見習いとして仕え続ける事になる。
朧げに揺らぐ光は月か。部屋の灯火が残っているのか。全身を包む薄紗の中で熱と汗に噎せながら、娘は男の重みを掻き抱く。濡れた布はじっとりと身体に張り付き、細雨のように縦に縫い込まれた銀糸が火照った肌を擽った。
幼い頃に男が読んでくれた絵本を、娘はぼんやり思い出した。気味の悪い虫が繭を作り、蛹になり、白い鱗翅の蝶となるのだ。内腿が意思とは別に痙攣するのを感じながら、自分は繭の中にいるのだ、と娘は考えた。溶けて、とけて、別の生き物になる為に籠っている。絵本の最後は大きな白蝶が晴空に舞い上がる絵であった。
その現象を羽化と呼ぶのだと、絵本の文をなぞりながら教えてくれた男を、娘は布越しに見上げた。表情はよく見えなかった。交わされるのは吐息と呻き声だけで、意味を持つ会話はない。それで良いのかもしれなかった。覚えていても、辛いだけだ。
娘も男も、領地経営に秀でた偉大な、愛すべき朗らかさを持つ当主を裏切ることは出来なかった。己の現状を脱ぎ去ることも。薄紗の中で娘は身を捩った。こんなに熱い、逞しい腕を持っているのに、薄布一枚剥ぐことも出来ない……男のその卑小な様が苛立たしく、律儀な忠誠がいじらしかった。無遠慮に触れるような男なら、娘はここまで惹かれなかっただろう。
男が苦しげな声を上げた。泣いているのかもしれなかった。弱い、誠実な、愛しい男。彼もここから出られない。
娘は身をすり寄せて、求める男を味わった。ほの明るかった視界が不意に暗くなる。溶ける。とける。苛立ちも熱も焦がれる情も、全て薄紗の内に溶け崩れ。
膨らみを、布ごと噛まれてのけ反った。
羽化の出来ない、繭が蠢く。




