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海へ

 海へ行こう、というのが、近頃の子供達の合言葉だった。


 海へ行こう――


 とびきり湿った夏の潮風を掻き分け、波打際の流木を跳び越え、日中の熱にまだ火照る砂浜を駆け抜ける。大人には、内緒である。くすくすと笑いながら棘を持つ浜の蔦草の茂みを抜け、仄かに甘い香りのする大岩の後ろを迂回し、


 「しいっ、誰かいる!」

 「止まって!」

 「静かにだって」

 「しー」

 「あれ、だあれ?」


 薄暮の暗がりの中、漁人は網をたたんで帰るのだろう。低く鼻を鳴らしながら砂の上を去って行く。

 子供達は声を潜めてやり過ごした。


 「行くよ」

 「……ここきらい。て、つないで」

 「わかった、ほら」


 何故か海鳥の死骸が多く落ちる紫色の小花の群落を、注意深く、並んで子供達は踏み進む。

 月はまだ無かった。西の果てまで空は茜色に染まっていた。彼等の行く手に星が弱く浮いている。

 遠近(おちこち)の潮騒が、薄闇の底を賑わしていた。常より波が高いのは、昨日の時化(しけ)の名残である。漁人が船着場の目印にする沖合の背高の岩も、今はその半ばを波に没している。


 海へ行こう――


 しかし子供達は、波や砂浜と戯れる気は無いようだった。小さな行列は次第に潮騒に背を向け始めた。

 時化のすぐ後の海には近づくな、と大人達に戒められているからでは勿論ない。生まれた時から彼等にとっての世界の大部分は、広く、深く、底知れぬ力と恵みとを以て流動する、この大いなる水である。多少荒れているからと言って恐れる事はなかった。

 彼等には、目的地があるのだ。


 「ねえ、今日はさ」

 「ん?」

 「早めに、かえろうね」

 「ええ?」

 「だって……」

 「この間みたいに遅くならなかったら大丈夫だよ。この間は遅すぎたからさ」

 「大さわぎだったもんね」

 やがて一行は小高い丘に到着した。慣れた様子で斜面を登り、半ばの高さで後ろへ回る。

 「灯りは?」

 「……ぼくだ」

 「わあ、つめたい。きもちいい」

 「こら、まって、暗いよ。ころげ落ちちゃう!」


 子供達の宝物の、不思議な階段がそこにあった。

 宵空に浮いた雲の横から、半端に太った月が出た。派手な音を立てて灯火の芯が燃え上がる。

 丘の裏の草土は、巨大な凹凸を埋めつつあった。

 子供達の階段は丘の中腹から横を向いて生え、そのまま緩やかに地面に続いている。それは透き通った石で造られていて、異様に大きな物だった。一段一段が長く広く、大人二人が並んで寝そべることが楽に出来る。かなりの段差があり、丘が無ければ子供の昇降は難しいだろう。端に手摺りの跡らしい窪みが規則正しく並んでおり、全てに草が生えて、盛夏の装飾のように風に靡いていた。


 何時の物かは分からない。何の為の物かすら。


 一番下の段は、半ば丘の中だった。付近には、大木の切り株にも似た柱の基礎(もとい)の跡が、段の両端に二つ、離れた場所に三つ。段も基礎も多かれ少なかれ土を被り、幾年か経てば全て埋もれて失くなっているのではないか、という危惧を子供達に植え付けていた。それは露出しているというよりも、貪欲な丘にじわじわと喰われていると言った方が相応しかった。


 「こんな所にまで波が来たんだね」

 男の子の一人が、最上段の端から細い海藻を摘み上げた。半ば乾いたその先には、小さな黄緑色の蕾が付いている。指先でぱちんと潰して、子供はそれを下方の水溜りへ放り込んだ。

 どういう加減か、日中の暑気にも関わらず、辺りは潮臭く冷えて涼しい。階段にもまだ幾つかの水溜りが残っていて、沈んだ流藻をふやかしていた。子供達は大きく迂回する道を採って来たので一度海を離れたが、実際にはこの丘は漁網置き場と大して差異なく海に近い。立ち上がった子供は一瞬、背後の潮騒を振り返った。


 この丘は地元では『遺跡』とだけ呼ばれている。何故か年齢を経た者ほど、恐ろしい物であるかのように口にするのを嫌がった。こんな不思議で綺麗な物をなぜ疎むのか、子供達には皆目分からなかったが、それは当の大人達も同様であるらしい。ただこの階段の先にあるものを想うと、血液が冷えるような不安に取り憑かれるのだと言う。自然、禁足地とされていた。


 しかし子供はいつの世も、大人の思惑とは無縁である。彼等は各々、紐を編んだ腰帯の間から木片を取り出した。そして低くしゃがみ込む。一人が腕を伸ばして灯火を引き寄せた。

 冴えない炎の元でも、その辺りだけ階段の様子が違っているのが分かった。子供達は寄り集まり、常の作業に取り掛かった。

 木片で段にこびり着いた土を丁寧に削いでいく。海水による浸食を想起させない、切り出したばかりのように滑らかな段石は、他の石材とは比べ物にならない程に汚れを拒む。しかし長い時間に堆積して硬くなってしまっている箇所もあり、汚れ落としはかなりの根気と力のいる作業であった。硬化した古い土は水をかけても大して溶けないので、端から地道に突き崩すしかない。その後、水気の多い肉厚の草で磨いて艶を出す。

 一連の作業で段石は面白いほどに輝きと透度を増した。暫しその地味な作業に子供達は没頭した。


 夜の奥処(おく)、砂べり近く、盛り上がり、砕けては、引く。海は荒い呼吸を響かせて、絶え間なく真夏の空気を揺すっている。


 「ごめん、葉っぱある?」

 「やだ、わすれてきたの?」

 「あるよ、あるよ、ぼく今日は一杯持って来てるんだ。ほら」


 遺跡の下方からは時折、ぱち、ぱち、と儚い音がしていた。海藻や流木などに付く水棲の虫が、乾いて()ぜる音である。それに、からんと軽い響きが混じって消えた。先が潰れて使えなくなった木片を子供達が投げ捨てるのだ。数はいたって多く、明るくなれば、遺跡の麓に敷石のように散らばっているのが見えるだろう。見当もつかない程の歳月を経て凝固した土を崩すには木片は脆すぎる。

 それでも子供達は皆、木片を使うのだった。石や貝などを試したことも勿論あったが、すぐに()めた。硬く鋭い分、土を削るのには向いていたが、ひどい怖気に毎度身を竦める羽目になるのだ。段石自体を突いてしまうと、甲高い悲鳴のような音が辺りに響き渡る。耐えられたものではなかった。


 石の中の貝が痛がって叫ぶのだ。そう言ったのは子供達の内でも一番小柄な、妙に青ざめた女の子である。この石の中に透けて見える銀灰色の粒はみな小さな貝で、生きていて、石と一体になっているから泣くのだと、彼女は力説した。言われてみれば石の中に無数に漂う歪な小粒は、巻貝の形をしているように見えなくはない。思いつく限りの硬い物でどんなに叩いても決して欠けないので、取り出して確かめる術も無いが、……だからこその秘密だと、子供達は素直に理解していた。


 「ねえ」

 一人が声を低めて手を止めた。

 「これ、何のにおい?」

 「あぶら」

 「って、灯りの?」

 「そう」

 「こんなにくさいの?」

 「そう」

 「何の油を使ってるんだ?」

 「このまえの、大きなあらしのときに打ちあげられてた……」

 「あのさかな? やだあ」

 「それってみんなで砂にうめた魚の? 本当に油とったの? ほり返して?」

 「そう」

 「あれたしか、とっても悪い病気だって……」

 「うん。全部生きてて跳ねたりもするのに」

 「どろどろに、くさってたよね」

 「やだあ」

 「やめてよ」

 「でも、べつに食べるわけじゃないから」

 「あんたの家って……たまに変よね」

 「あたしいやよ。このにおいきらい」

 「じゃあ消す?」

 「いじわる! こんなくさいのもってくるほうが」

 「しっ、だまって。――何かきこえた」

 「ええっ! どこ、なに?」

 「あっちの方? 月読草のぼんやり黄色いあたり」

 「本当だ、聞こえる。笑い声みたいだ」

 「やだ、……かえろうよ。きっとここのぬしさまが、あたしたちのことしかりにきたのよ。ころされちゃうよ、にげようよ」

 「――こっちに来る」

 「やめて!」


 ――しるべせよ!


 枯れきった大声に、子供達は息を呑んだ。


 ――跡なき波の 宛て無き舟の

   行方惑わす 潮風(かぜ)さし貫き

   真理の帆を張れ! 標せよ!


 「おばさん、おばさん、それ何の歌?」

 女の子の声が問うた。仲間内の声ではないことに子供達は顔を見合わせる。年少の口調の割には響きが豊かで耳に心地よく、問う声の方がむしろ唄うようであった。

 「あたしが昔ちょっと都にいた時に流行ってた歌だよ。学生さんがたの間でね。まあ、あたしは学問なんて縁もゆかりも無かったんだけど、今回養子の手続きをしてくれた方はその時の知り合いなのさ。……あんたは、学校に行けるようにしてやるからね。頭が良いと色んな事が思い通りになるんだ」

 答えた声は枯れて入るが、なお生気に満ちていた。

 「いい所だよね、ここは。潮風が優しい。海はさあ、嫌な事みんな忘れちゃうね。……おや灯りだ。見てご覧」

 「灯り?」

 「そう、ほらあそこ。丘のお腹あたり」


 子供達はぎくりと体を強張らせた。一人が素早く灯火に息を吹く。が、油のせいか横にそれるだけで、火はなかなか消えなかった。

 「なあに? 誰かいるの?」

 丘の麓に着いた声が、中腹に向かって放られた。

 「いるのなら一緒にお祝いして! 下りてきてよ! 私もう家に帰らなくてもよくなったの。ずっとよ。おばさんの養い子にしてもらったんだから!」

 (かもめ)のように柔らかな裏声で先程の歌の冒頭を囀ると、急に女の子は笑い出す。鈍い土の音がした。階段上の子供達は一瞬身を竦める。再度の笑い声に、背の高い男の子がそっと下を覗き込んだ。首を傾げる。

 女の子は石段の根元の地面に尻をつき、上体を反らせてひたすらに笑っていた。その様子は陽気というよりは、むしろ狂躁と呼んだようが正しい。

 「ああ、しあわせ!」


 静かな古い秘密に満ちた時間を破られて、階段の子供達は呆然とそれを聞いた。

 「帰ろうか……」

 と一人が呟く。

 だが、その言葉に皆が頷くより先に、下方から制止が飛んだ。

 「帰らないで! ねえ、おめでとうって言って。それだけで良いの。お願い、降りてきてよ」

 そう言いながら丘をよじ登り、たちまち二段上の石段に腰掛ける。

 「こ、こら、お待ち、危ないよ! やっぱり、さっきあんた、あたしのお酒かすめて飲んだだろ。酔ってるね!」

 「酔ってませえん!」

 「こないで!」

 血色の悪い頬を震わせて、小さな女の子が喚いた。

 「きちゃだめ! みないで! ひみつなんだから……みんな、なにしてるの、はやく、はやくかくさなきゃ。ほら、ここも」

 「まって、そっちは危ない。あまり端には――」

 「きゃっ」

 「うわ」

 「ちょっと、だいじょうぶ?」

 「落ちたの?」

 「いや、滑っただけみたい。怪我は?」

 「ここと、ここ……ちがでてるよ。いたあい」

 「ああ、すりむけてるね。他には?」


 「大丈夫よ、怪我なんて、ちょっとくらい」

 下方から気楽な言葉がかけられる。台詞の内容はともかく声はまろやかで、本当に尋常の発声器官から出ているのかと不審に思われるほど、余人のそれとは質が違った。夜空の月のように、特別だった。

 「本当に大丈夫よ」

 上段からの非難の気配を打ち消すように軽やかに笑う。

 「擦りむいたんでしょう? そのくらいの怪我、何ともないわ。お腹をどすって刺されたって、私死ななかったもの」

 「おなか?!」

 驚いた男の子が階段から身を乗り出した。

 「ええそうよ、父さんにね。将来母さんみたいに、ええと、ふしだら?……な事をして別の男の赤ちゃんなんて産まないように、って!」

 不意に、波濤がひときわ強く響いた。

 「まったく、何だってあんたみたいな良い子が」

 枯れた声の女が、気遣わしげに女の子を見遣り、空を仰いだ。潮が満ちるのはこれからである。

 「あんたみたいな良い子に、初めて会ったんだ、あたしは。本当だよ。子供は大抵お星様みたいに高い所に居るもんだけど、あんたは特別だ」


 「ええ? そうなの? 私……お祖母さんに、私みたいに心が汚い子は見たことがない、って言われたわ。少し傷つけられたくらいで実の父親を棄てて、ただぬくぬくと甘やかしてくれるだけの遠縁を選ぶのか、ってすごく怒られたの」

 女の子はそう言うと、星天を向いて笑った。

 「愛されるよりも愛してあげる方が尊いだろうって、そんな事を言うのよ! 莫迦みたい! 心が通い合わなければ、どちらも辛いものなのに。母さんが言ってた通りだわ」

 「あの婆はこちこちの分からず屋で自分の息子が大切過ぎるんだ。あんたの父親の為なら人殺しでも喜んでやりかねない阿呆だよ。碌なことは言わない。……あんな阿呆の事は忘れて、ほら、降りておいで。よろよろしてないで、ここにお座り。危ないよ」

 「待って、おばさん。あの子達やっぱり降りてきてくれないのかなあ」

 「駄目だろうね。何か有るらしい。諦めな」

 「何してるのかな」

 「そうだね、よく考えると、こんな夜のこんな所に、子供だけでいるのは可怪しいね」


 「いわないで! だれにも!」

 「そうよ、また怒られちゃう。もう帰るから!」

 真剣な表情で口々に喚く子供達を見上げて、女の子は微笑んだ。その顔は、非の打ち所もない美貌と呼ぶには程遠い。だが不思議と人の気を誑かすような魅力に満ちていた。目元、鼻筋、心を縛る頬の輪郭かたち。段上の子供達が息を呑む。

 「……あんたは、母親に似たんだねえ」

 「本当? 私、母さんに似てる?」

 「ああ、似てるね。綺麗な茶緑の瞳なんてそのままだ。それにその声。名前を呼ばれて接吻の一つでもされれば、大抵の男は言うことを聞くだろうさ」

 「あはは、なあにそれ?」

 「心配してるんだよ。あんたはもう、あたしの娘なんだからね。……上の子たち、心配しなくていい。大人には言わないよ。あたしは子供の味方なんだから!」

 「おばさん素敵!」


 「ありがとう!」

 小さな体が石段から身を乗り出した。脇にいた男の子が慌てて手を差し出す。

 「また滑るよ!」

 「へいきよ! さっきだってへいきだったのよ! わたし、よわむしじゃないんだから」

 差し出された手を払い除けて、小さな女の子は遠慮なく話し出した。

 「ねえ、おばちゃん、あなたいいひとね。どうして、わるいひとだっていわれてるの? かおもこえもこわいし、すぐおこってどなるし」

 「――こら、駄目!」

 「わるいことして、にげてきたのかもって、みんないってた。つれてきたこも、うちからでてこない。ぶきみだって」

 「もう、黙って!」

 「どうして? このおばちゃんたち、ぜんぜんこわくないじゃない」

 「ひどい言われようねえ! おばさん」

 ばしばしと平手で石段を叩いて、当の不気味な女の子は屈託なく笑う。下方の女から渋い顔を向けられて流石に一呼吸分、笑声を呑み込んだが、すぐに吹き漏らしてしまった。


 「まあ、かなり本当の事ではあるけどね」

 波音と絡んで踊り回る軽快な笑い声に、女は肩を竦めた。

 「あんたも居るし、今後は気をつけるよ。降りておいで、もう帰ろう。月がまた隠れてしまわないうちに」

 「はあい、……あら?」

 女の子は、ちょうど叩いていた辺りを見遣った。

 「何かしら、これ。ここだけ出っ張って……」

 その箇所を覆っている干涸びた海藻を風に放ると、女の子は体重をかける姿勢で、矢庭にそこを横に押した。


 凄まじい響きが周辺を圧し潰した。音というより、それは絶叫だった。生き物を縦に引き裂いたような、誰かが痛みではち切れたような。聞いた者は皆、悲鳴をあげて耳を塞いだが、余波にすら抗うことは出来なかった。俯き、背を丸め、暫くは痺れたように動けない。


 「な、何なんだい、これは。何の音? あんた怪我なんてしていないだろうね」

 「……うん、全然。……おばさんどうしよう。私、壊しちゃったみたい。もしかしたら少し動くかな、って思っただけなのよ」


 石段の一角が、ぱかりと口を開いたように見えた。そこは今や子供の頭部が入ろうかという幅の、縦長の四角い穴になっている。穴幅の分の段石は真横にずれ、段の端からはみ出ていた。

 穴の中は深い闇に満ちていた。女の子は手を差し入れ、すぐに抜いた。外気とは似ても似つかぬ、冷たく凝った、古い潮の臭気が吹き上がる。低い空気音と共に。強弱が有るのは風か波の反響だろうか。巻貝の殻に耳を当てた時の音によく似ていた。


 「これ最初からここだけ蓋みたいになってたのかしら。何か溝がある……」

 「本当⁈」

 「すごい!」

 言い終わらない内に、子供達が一斉に転げ降りて来た。穴の周りを取り巻いて、各々の額を集める。

 「まっくら」

 「灯りは?」

 「消えちゃうんじゃない? 風がけっこうあるよ、冷たいし」

 「すずしいよ」

 「――どこから来るのかな」

 「え?」

 「この風の音」

 暫し全員が口を噤む。波の引く長い余韻を挟んで、柔らかな声が告げた。

 「……きっと、この穴の繋がっている先から来るのよ。巻貝の故郷の音がするわ」

 「そうよ!」

 膝を打って一人が声を張り上げる。

 「ここはひみつのいりぐちなの! ぬしさまがつくったのよ。なかで、あえるかもしれない!」

 子供達は期待に輝く表情を見合わせた。


 「……でも待って! もう夜遅いよ。明日もっと灯りを用意して、また来よう」

 「えええ」

 「おそくなったら、また怒られて外に行けなくなっちゃうよ」

 「明日はあたしが箱灯もってくるわ。はこぶの手伝ってね」

 「じゃあ、あぶら……」

 「あ、あ、油も家から持ってくるから!」

 「そう?」


 「……あなたも、こない?」

 「私?」

 心底驚いたように、目を丸くして女の子は皆を見た。

 「いいの?」

 「もちろん!良いよ」

 「うん。いちばんさいしょに、みつけたんだもん」

 「――ありがとう! ねえ、おばさん。私行ってもいい?」

 「そんな顔されたんじゃ、嫌とは言えないね。……正直、この遺跡ってやつは深入りしない方がいい気がするんだけど……まあ、あんたなら上手くやるか。怪我しない程度に遊ぶんだよ」

 「はあい!」


 潮騒がかなり近い。穴からの低い風音が、その脈動に応じていた。真夏の夜気がさざめき、星が二つ、明るい緑色の尾をひいて流れ落ちる。

 「やくそくね、あしたよ」

 青白い小さな手が差し出された。

 「うん、約束」


 海へ行こう――






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