この日までが遠すぎて
あぁ、ついにこの日が来てしまった・・・
名門セントノワール家の令嬢、バネッサは自分を取り囲む全員を見渡し、目を閉じた。自分の婚約者であるフランソワーズは庶民出身だがハイスペックなヒロイン、アリサの肩を抱きこちらを睨みつけてくる。その周りにいた国の宰相の息子でメガネをかけたインテリクール男子エリオットや騎士見習いの強面系アイザック、遊び人の貴族ハリーメオもアリサを守るような立ち位置だ。
「ここに呼ばれた理由はわかっているな?」
もちろんだ。むしろここにいる誰よりもわかっている。なぜなら私は転生前にこの世界の元となったゲーム『めちゃきゅんっ☆るねっさーんす☆~悪役令嬢に打ち勝て~』というゲームをやり込んでいたのだから。
このゲームは平民出身の主人公アリサが超名門の高等学校に進学するところから始まる。クラスで無理やり学級委員に選ばれ、一人で仕事をこなしていると攻略対象のメンズ達がその姿に心を打たれ様々なイベントが発生していく。しかしそれを常に邪魔するライバルが現れる・・・それが私、バネッサだ。ゲームだとバネッサが嫌がらせをしてくる度にヒロインには様々な選択肢が現れ、正しい選択しを選ぶとバネッサを撃退できる。そして撃退ボルテージがマックスになると今日―――悪役令嬢断罪のイベントが発生する。攻略したキャラが自分を守りつつバネッサを断罪していくのだ。
自分がこのゲームをやっていたときはとてもバネッサが憎かった。かわいいかわいい主人公ちゃんが平民という出生の為だけにいじめられる。なんなんだ、邪魔すんなよバネッサさっさと退場しろバネッサ愛してるよフランソワーズたんと・・・
そしてバネッサとして人生を歩んで15年。入学式の日に転生前の記憶を取り戻したときはびっくりした。バネッサとしての自我と前世の自我が融合し、自分はフランソワーズたんと結ばれるべきじゃないと感じた。しかし、いざフランソワーズたんと話してみると好きと思う気持ちが強く、それならアリサを見て自分よりふさわしいと思うことで諦めようとした。―――――しかし、アリサは期待していたような清純キャラではなかった。
「はいはいっ、みんなやりたくないなら、アリサ学級委員やりますっ」
「えーっ、アリサ、みんなのノートなんて重くて持てないよ」
「でも頑張る。うんしょっ、うんしょっ。ふええ・・・重いよう。辛いよう」
なんだこのイラつく生き物は。こんなの私のアリサじゃない。いや、確かにアリサはこんなセリフを言うがゲームでアテレコしてる声優さんはもっと清純に、さわかやにアリサを演じてくれていた。こんなぶりっこ大根役者ではない。
呆れて絶句していると入学式初日のイベント、『王子と接近☆ずっきゅんっ』が始動してしまった。
「君、その量のノートを一人で持ってるの?誰か手伝ってくれなかったの?」
優しいフランソワーズ様は困っている新入生・・・アリサに声を掛けてあげる。
「いえ、これは学級委員の仕事だから・・・私一人でやるべきなんですっ!周りの人は悪くありませんっ」
「そんなことないよ。みんな見て見ぬふりなんてひどいね・・・でも、君は偉いね。僕が半分持つよ、一緒にいこう」
「ありがとうございます・・・あれ、なんか涙が出てきたっ。あれ?あれ?すみません、泣くつもりなんてなかったのに・・・」
「余程つらかったんだね。いいんだよ、思う存分泣きなよ。僕しか見てないから・・・」
なんだこの茶番は。確かゲームだとここでバネッサがアリサに嫉妬しぶつかっていく。その行為を見たフランソワーズは徐々にバネッサに不信感を募らせていくのだが、そんな嫉妬心も芽生えないくらい今の状況に呆れてしまっていた。
たったノート30冊を重がっていたアリサの態度はクラスメイトをどんびきさせていた。貴族でも持てるのに何故平民のお前が持てないんだという事実とずっとぶつぶつつぶやくアリサに近寄りたいと思う人がいないのは当たり前だろう。しかしフランソワーズたんは『女子は守ってあげるもの』というイメージが強すぎるのか、まるで違和感を感じていないらしい。くそっ、こんなことなら普段から女子はたくましい生き物だと教え込めばよかった。かわいこぶってティーポットも持てないふりをしたツケが回ってきた。
呆然と去っていく二人を見ていると、急にアリサがきょろきょろしだして私を見つけた。そして急に泣き出した。
「なんか、あの人さっきからこっちを睨んでますう・・・!」
「え、どれ?・・・バネッサ」
あ、なんか巻き込まれた。
それからというもの、イベントが発生する場所に何度も何度も出くわし茶番を見守っていると最後に難癖つけられるという苦痛の日々が始まった。くそ、なんで毎回その場に居合わせるんだ、ゲームの力怖え!
最初は私のフランソワーズたんに悪者扱いされるのが悲しくて言い訳とかしてたけど段々茶番を見せられることに慣れてくるとフランソワーズたんへの恋心がすっと失せていった。さよなら私の初恋。そしてフランソワーズのことが好きではなくなるとどんどんイベントが楽しくなってきた。―――次はどんな茶番を繰り広げてくれるのかしら、誰がアリサを射止めるのかしら、わくわくしちゃう。そう、バネッサがゲーム通り動かないせいか発生するイベントやその結末が少しずつ変わってきているのだ。バネッサの友人関係も。
「今日はどんなことが起こるかしらね」
「バネッサはいつも楽しそうだな」
「ユージーン、あなただって楽しんでるじゃない」
同じクラスのユージーンは最近出来た友達だ。今まで一緒にいた友達には、「これ以上一緒にいると、あなたたちまでアリサたちに難癖つけられてしまうから離れていて。でも私たち、離れていてもお友達ですからね」といって離れていてもらっている。でも休日等はいまでも遊ぶほど仲良しだ。そんな仲近寄ってきたユージーンに「あなたも私の近くにいないほうがいいわよ」といったら、「君の近くが一番面白いんだ」と言ってきた。その発言も変わってるけど、もっと変わっているのは見た目だ。昔の人がかけていたようなやぼったい眼鏡にくしゃくしゃのくせ毛の黒髪はとても陰気に見える。しかし本人と話しているとそんな性格ではないことがわかる。
以前、何故そんな恰好をしているのかと聞いたら「楽だから」と言っていた。不思議だ。
それからというもの、ずっと一緒にイベントを見てきた。しかし見ているのにも飽きてきたのでつけられた難癖に対してノリノリで「アリサ、あなたがいけないんですよっ!私のフランソワーズ様に馴れ馴れしく近寄るからっ!」とか言ってみるとすごくアリサは喜んだ。なぞだ。そして横にいるユージーンはめちゃくちゃ笑ってた。いいわね、楽しそうで。
しかしその生活も半年もたってくると飽きてきた。もういい、だって茶番すぎてつまらない。何故こんなクソゲーを楽しいと思っていたのか、前世の私。
「あぁ、さっきのやりとりとかエリオットとアイザックがアリサを取り合うんじゃなくてフランソワーズを取り合ったらもっと笑えるのに」
「あぁ、それいいね。そしてそれを見たフランソワーズはアリサの素直さに惹かれていると勘違いしていたが、二人の熱い想いに徐々に惹かれていくとかどう?」
「気づいたらフランソワーズ・エリオット・アイザックの三角関係に入る隙間がなくなるのね。残ったハリーメオに徐々に依存していくけど、遊び人のハリーメオは自分に依存しているアリサに飽きて捨ててしまう」
「最後にアリサは一人になって、学校で勉強もまともにしてなくて、友達もいないことに気づく。無事卒業しても就職先も見つからず、落ちぶれていく」
「一方三角関係に変化が、まさかのライバルだったはずのエリオットとアイザックが結ばれ、フランソワーズも一人になってしまう・・・」
「そこにアリサがすり寄って、二人で慰め合う。しかし、そのときフランソワーズは既に男相手じゃないと反応しない体になっていた・・・」
「ぶっ!!!なにそれやめて腹痛いっ!あーっはっはっ!」
「二人は固い友情を結びましたとさ、なんてね。いやー俺たちめっちゃ名コンビ。一緒に小説家になる?」
「私がもし就職に困ったらそうさせてもらうわ。少なくても王子に嫁ぐよりは楽しそう」
「ちょっとバネッサ!聞いているのか!」
「あ、ごめんなさい、聞いていませんでしたわ」
「だから、君がこれまでアリサにしてきたことを白状しろと言っているんだ!」
エリオットの強い口調にイライラする。宰相の息子というだけでよくこれだけえらそうになれるわね。
「エリオット様、これまでに私がしてきたこととは?まるで身に覚えがありませんわ」
「ふざけるな!昨日、階段から突き落としただろう!」
「昨日は確かに現場にはいましたけど10メートルは離れていましたし、図書館帰りで本を両手に持っていましたから私に犯行は無理ですわ」
「なんだか固い衝撃だと思ったら、私、本で殴られて階段から落ちたのね・・・バネッサさん、怖い!」
「いやいや、私はあなたの被害妄想の方が怖いわ」
もうそろそろうんざりなのよね。こんな駄作なクソゲー、これ以上見てられないわ―――そういおうとしたら、ずっと黙っていたフランソワーズが口を開いた。
「もうやめるんだ、バネッサ。君が僕を好きでいてくれてて、アリサのことが気に入らないのはわかるけど、もうこれ以上僕を失望させないでくれ。もう君には愛想が尽きたよ。婚約は破棄させてもらう」
「あら、何を馬鹿なことおっしゃってるの?」
「僕は本気だよ。君みたいな子ではなく、僕はアリサと結婚する」
「まぁっ、フランソワーズ様、うれし―――」
「だから、何を寝言のようなことをいつまでも言っているんです。もう婚約なんてとっくにこちらから破棄しました」
「「「「「えっ・・・・!?」」」」」
横にいるユージーンにも言ってなかったのに知っていた顔でにやにやしているあたり曲者だ。
「ここ最近のあなたにはほとほと愛想が尽きていたので、陛下と王妃様に直接お願いしましたの。あなたよりも私はお二人との交流が多かったので残念ですと伝えたら、かんかんに怒って王位継承権を剥奪するとかおっしゃってましたけど・・・何も聞いていないのですか?」
「え・・・・?う、嘘だ!僕は何も聞いてないぞ!」
「きっと弟のフランシス様の教育に頭が向かっていて、あなたのことどころではないんじゃないですか?あと、別に私あなたのことはもう好きでもなんでもないので勝手にアリサと結婚してください」
完全に動揺しきっているフランソワーズ、何かきょろきょろしているアリサ、一瞬プロポーズしたフランソワーズに対し嬉しいと笑顔で返したアリサに対し失恋したと落ち込む他三人。もう帰っていいかしら。
「ま・・・待て。婚約破棄の話はともかく、君はまだアリサに謝っていない」
「あーあー、めんどくせー野郎共だな」
ずっと横でにやにやしていたユージーンが初めて口を開いた。今までどんなに傍でイベントを見てきても、私以外の前では一度も声を発したことがなかったので少し驚いた。そして私よりもっと驚いていたのは―――アリサだった。
「そんな・・・嘘・・・まさか・・・ユージーン様?」
ユージーン様?何故様付け?
「ユージーンって・・・あの大賢者の?」
「え、このやぼったいバネッサのパシリはユージーンさま、だと・・・?」
え、ユージーンが大賢者?そんな馬鹿な。
「そんなに本当のことが知りたいなら、見せてやるよ」
そう言いながらユージーンが眼鏡をはずし前髪をかき上げると、そこにはワイルド系イケメンがいた。あっ、そういえば大賢者って設定の隠しキャラがいたっけ。
ユージーンがぶつぶつと何か呪文をつぶやくと目が赤く発光した。そして全員の真ん中に数々の場面が浮かび上がった。
そこには自分からバネッサに近づいていき、近くの階段でゆっくり落ちて自作自演しているアリサの姿が映っていた。
「違う、違うの・・・こんなの嘘よ!」
「これは昨日の映像をみんなに見せているだけだよ。もっと見る?」
「いや!!!見ないで!!!」
アリサの様子に全員誰が嘘をついていたのか察したようだった。そしてアリサがその場で泣き崩れたが、誰も手を貸さなかった。こうして断罪イベントは無事終了した。
「で、ユージーン様はなんで学生でもないのに学生のフリなんてしてたの?」
「え、だから最初っからいってるじゃん。バネッサの隣は面白いんだ」
「なによそれ、賢者様の気まぐれ?」
「違うよ、賢者様初めての本気」
なによそれ、ともう一度聞こうとしたら目の前には花束があった。
「俺の横にずっといてくれないか?」
「なによそれ。・・・私のこと退屈させないなら、考えてあげるわ」
「それはずるい。毎日お互いを笑わせる勝負をしようよ」
「それは楽しそうね」
この国に住む大賢者様は少し変わっている。奥さんと毎日お互いを笑わせる為にあらゆるところを旅して大道芸を身につけ続けている。その奥さんも変わっている。大賢者を笑わせる為に男同士の恋愛小説を書いている。二人の周りにはいつも人と笑顔があふれて、生涯幸せに暮らしましたとさ。
本文には書きませんでしたが、アリサも転生者(前世の記憶もち)です。なのでうまく全員攻略対象を攻略していきます。ただ、アリサの本当の目的はユージーンです。
また、バネッサは前世の知識を総動員しBL作家になり、それが爆発的にヒットします。その中には例の三人の三角関係のストーリーもあるとか・・・それはまた別の話で書けたらな、と思います。