#5
「あの」
かろうじて彼の耳に俺の声は届いたようだった。
「よろしく……な?えっと、うちのバンドじゃあだ名が定番だから……とりあえず、ベースくん、でいいか。よろしく」
ヘッドフォンから手を離して彼はゆっくり振り返った。
ふわふわ漂ってなかなか捕まえられなかった彼の視線が突然俺の瞳の奥を捉えた。
彼の鋭い目力は俺の目から脳の深くまで貫いて感情も思考も記憶も全部全部かき混ぜて壊してしまうのではないかと感じた。何故か呼吸が浅く速くなっていくのを自覚してパニックに陥る。
「ひとつ聞きたいんですけど」
聞きたいこと?ちょっと待ってくれ……。動悸が速くなっていくのが嫌でもわかる。
床が、天井が、壁が、窓が、人が、世界が、彼の目を中心に回りだす。
なんで、こんなことになってるんだ、俺。
「小僧、少し横になろっか、ね」
しびれて力の入らない手足をなんとか動かして椅子があったであろう方向を目指した。この数メートルが、遠い。
「大丈夫っすか?」
「つかまっていいっすよ」
双子が両肩を支えてくれる。
「おい、ちゃんと息吸え、はやく!」
「馬鹿、焦らせてどうするの!小僧、ゆっくりでいいのよ、落ち着いて呼吸してごらん」
皆の声が遠くに聞こえた。いよいよ立っていられなくなり、双子も巻き込んで崩れ落ちた。
するとはっきり、彼の声が耳に届いた。
「あなたなんですよね?」
目の前が真っ赤に染まってじわじわと黒ずんでいく。
「あの人のこと、殺したの」
……そして視界は完全にブラックアウトした。