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僕の歌  作者: 花散里*
1.
2/19

#1

目を開けても暗かった。

鳥のさえずり…なんて聞こえるはずもなく、辺りには静寂が漂っている。


カーテンから漏れる外界からの光以外にこの部屋を照らす明かりは無い。カーテンに手を伸ばすより先に蛍光灯のスイッチを求めてしまう。指先を掠めた一瞬にありったけの力を込めてスイッチを押すが視界は暗いままである。


「そういえば電気……切れてたっけ」


仕方なくベッドから這い出してカーテンを開ける。求めていた以上の太陽の光量に目を細めたのは言うまでもない。目が光を受け付けるようになるまでしばらく瞼を閉じたままでいることにした。



朝は苦手だ。ついでに、夜も。

ずっと昼間が続けばいいのに。子供みたいだ、とよく咎められるが、実際その通りだと思う。



瞳が朝日と和解した頃、ゆっくりと瞼を開けるとそこには無機質な直方体が無数に整列していた。意外にも快晴というわけではなく、うっすらと曇っていた。軽い眩暈をおぼえて再びベッドに吸い込まれる。


「外、出たくないなぁ……」


とは言ってももうすぐ十時だ。今日は十一時から約束がある。とりあえず、シャワーを浴びないとどうしようもない。怠けたがる四肢に鞭打ってベッドから抜け出す。


浴室の前でシャツのボタンに指をかけると胸ポケットが妙に重たいことに気がつく。取り出してみると愛車の鍵が出てきた。


「もう少しで洗うところだったな」


洗濯機の中で暴れる鍵を想像してみたが、そんな想像をしている自分に呆れて自然と口元が緩む。それと同時に妙な違和感を覚える。


「……昨日車出したっけな?」


動きの鈍い脳を必死に働かせる。たしか昨日は特にすることもなく昼過ぎまで眠り続け、夕方になってから近くのコーヒーショップまで出かけたはずだ。コーヒーショップまでは徒歩で十分とない。わざわざ車を走らせる方が面倒だ。


「前にこれ着た時からずっと入ってたのかな」


どう考えてもそうとしか思えない。前に着た時……?これといって洋服にこだわりもないし、覚えているはずもなく、記憶を辿るという行為自体に嫌気がさしてすぐにやめた。洗濯機の中で洋服達と暴れ縺れ合わずに済んだ鍵の幸運を喜ぶことにしようと自分に言い聞かせ、残りのボタンを一つずつ外し、他の衣服も脱ぎ洗濯機に放り入れる。動作を止めるとまたすぐに怠惰が手をこまねきだすから無心で動き続ける。


シャワーは熱めにしてある。温いと体にお湯がねっとりと絡みつくようでちっとも心地よくないから。夏場は冷水の時もあるが、このような晩秋にそれは間違いなく風邪を誘発する。体は弱い方ではないが、体調管理には割と気を使っている。


シャワーを終え体を拭いていると携帯が鳴った。着信音は近頃の流行りの歌などではなくベートーヴェンの「運命」だ。別に好きなわけではないのだが変えるのも面倒だからそのままにしてある。どうせ大した用件を伝える連絡でもないのだろうからこんなに大仰に知らせてくれなくてもいいのにと常々思っている。


「はい」


「もしもし?まだ家?」


女にしては低めの声。変に構えずに済むからこの声が好きだ。


「あぁ。シャワー浴びてたところ。11時だろ?」


「うん。あのさ、その前に1回私の家に寄れる?」


家、と言ってもあいつの家は小さなバーを営んでいる。週に三回は通っており、毎度おばさんにプレッツェルをおまけしてもらう。ほのかな塩味と香ばしい香りが気に入っている。


「別に、いいけど」


「ありがとう。待ってる」


女にしては短い電話。用件だけを伝えてすぐに切れる。


トースターで食パンを焼き、そのまま口に運ぶ。バターも冷蔵庫を探せばどこかに眠っているはずだが今はそんなことをしている時間も惜しい。


今日は、目覚めてからの妙なアンニュイさといい、本調子とは言い難い。シャワーを浴びてからだいぶ気分は良くなったが。


ドアノブに手をかけて左へ捻る。外の空気は思っていたより冷たく、吸い込んだ冷気が体の中にまで染み込んでいく。街のノイズが心地よく馴染む。


「俺らしくないよなぁ」



呟いた言葉も一緒に閉じ込めるように鍵をかけてから一気に階段を駆け下りた。

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