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僕の歌  作者: 花散里*
3.
18/19

#17

店内を進み、姉貴の隣の椅子を引く。


「隣いいか?」


「俺、帰りますね」


ベースは立ち上がり、椅子に掛けていたコートに手をかけた。


「あ、おい、ちょっと待てよ」


俺の呼びかけを無視し、そのまま出ていこうとする。ヘッドフォンをしようとしたから、もう一度声をかけようとすると、先に


「待ちなさいよ」


姉貴の落ち着いた声が響いた。ベースはびくっと体を縮め、少し経ってから不服そうな顔をして戻ってきた。


「小僧はフルーツビールでいいわね?ベースももう一杯水入れてあげるから待ってなさい」


おばさんの姿は見えなかった。姉貴は裏へ入ってしまって俺らは二人きりになった。


「飲めないのか?」


「うるさい。どうせガキだって言いたいんだろ」


「そんなこと言ってないだろ。姉貴には言われたのか?」


「……意外だって」


「ほら、誰も思ってないだろ」


冗談めかして言ったつもりが、ベースは黙ってしまった。でも今までで、とは言ってもほとんど初めてに近いが、一番長く会話が続いた気がする。

こいつ、意外と、何て言うか……普通じゃないか。


「そうやって……」


「ん?」


小さく何か言ったような気がして聞き返す。


「……そうやって、今までずっと余裕もって生きてきたんだろうなお前は!自分が正しくて、それが分からないやつのことは知らん顔して生きてきたんだろ!強いなぁ、お前」


小さい声のまま、たしかにそう言った。たまに上擦ったように震えていた。


「強い……?何言ってんだよ、何のことだよ」


俺の声も震えそうになる。

大丈夫だ、いつも通り普通に、普通。


ベースの顔を伺うと、唇をきつく噛んで俯いていた。

急激に謝りたい衝動に駆られる。

何に対してかは、分からないが。



「お前に、お前にわかるか?前の日まで…その日の朝までいつも通りだったのに、あっけなく過去形で告げられるんだよ、「もう限界だった」って。気づいてやれなかった…何にも…。一番側で見ていたんだよ、毎日毎日笑ってる人だった。でも心の中ではずっと戦ってたんだ。それなのに俺は…。わかるか…?この怒り、この恨み、この悲しみ苦しみ憎しみ!…わからないだろう?わかられてたまるか。お前なんかに、わかられてたまるか!」



好きなだけ、言わせておこうと思った。俺には、それくらいしかしてやれない。

してやれないなんて偉そうなこと言えるような立場でもないが。



「あの人はな、背負わなくていい責任まで背負って、それでも大丈夫、って笑う人なんだよ」


うっすら笑みのようなものを浮かべながらベースはそう付け加えた。




「お待たせ」


 姉貴が戻ってきた。グラスを俺の前に置き、ベースの前にも置く。からん、と氷がぶつかる音がした。


「……やっぱり、帰ります」


 ベースはもう立ち上がっていた。今度は姉貴が呼んでも振り返らなかった。外の冷たい空気が足元に流れ込んできて、すぐに消えた。

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